真っ白の異分子ー④
「ご、ごめんなさい!」
「…………え?」
突然頭を下げた栗毛の少女を前に、私は困惑の表情を浮かべざるを得なかった。
「えっと……」
宿舎裏のスペースには別に何かあるわけではない。特に用事とかが無ければ、普通来ない場所だ。人目もつかない。 ……もし誰かがこの状況を見たら悪い方向に誤解されそう、と私は思った。
栗毛の少女にはさっさと頭を上げて欲しかったが、彼女はなかなかその姿勢を止めない。というか、なんで謝ったのだろうか? さっぱり検討がつかない。
「あの!」
「え、あ、うん」
「ご、ごめんなさい!」
「……さっき聞いた」
「あの、わたしその……あの時、守ることが出来なかったから……」
……? 要領を得ない。
「あの時、って?」
「その……が、合唱練習の時に……」
『そいつの髪と肌が変なことに孤児院は関係ねえよ! こいつだけがおかしいんだ! 俺たちと! こいつを! 一緒になんかしてんじゃねえよ!』
……頭の中に例の言葉がフラッシュバックした。見ると、栗毛の少女の顔は先ほどまでよりも青ざめている。
「ご、ごめんね? カ、カリュちゃん! ……い、いやなこと思い出させちゃって……」
……顔に出ていたらしい。ゴホンと一つ咳をする。
「別に、もう平気だよ」
表情を取り繕って言ったつもりだったが、栗毛の少女の顔は晴れなかった。
「……絶対、カ、カリュちゃん辛かったと思ったの。あんなの言われたら絶対傷つくから……でも、わたしは……何も出来なくて…………」
見ると、彼女の肩が小刻みに揺れていた。表情も辛そうだ。……私はそれを見て困惑が募る。
「あの……えっと、心配してくれてたの?」
「あ、当たり前だよ! 心配するよ……」
グイと少女が接近してくる。バッと私の両手がとられてしまった。
「ほんとに…………ごめんなさい。それが伝えたくて…………」
その場に崩れる栗毛の少女。顔は伏せられてしまったため表情は見て取れないが、私の両手を何か液体が伝う感覚が襲った。
「…………」
とてもじゃないが、演技だとは思えなかった。上辺で着飾っているとも思えなかった。彼女にそんな器用なことができるとも思えなかった。真剣に私のことを考えてくれたのじゃないかって。本気で私のことを心配してくれたんじゃないかって。そう考えてしまう。
もし、そうなら……そうであってくれるなら……
私はずっと強く噛み締めていた歯を緩めた。深く深呼吸をする。
「ほんとはね」
───本当にいいのか?
一瞬そんな言葉が頭を過った。大丈夫だよ、と自答した。
「ほんとは、平気なんかじゃないよ」
内面とか、そういうのを全部を見せるわけじゃない。完全に、心を許せるわけじゃない。
……ただ、本当に私のことを心配してくれているのならば、それに少しは応えないと……なんて思っただけだ。
さわさわと吹いた風に私の白髪が
─────────
その日の午後からは私も他の孤児院の子供たちと同じように生活をするようになった。
授業部屋に入ると女子の多くが私の元へと駆け寄ってきた。私の手を取り、「良かったね」「もう平気?」などと声をかけてくる。私は取り繕った笑みで、それらを流した。……女子特有のこういうのが嫌いだった。
授業自体には差し支えなくついていくことができた。栗毛の少女は板書していたというノートを見せてくれた。私なんかよりも綺麗にまとめられており見やすかった。
授業以外でも、ご飯の時や仕事の時間においても栗毛の少女は隣にいてくれた。そんなに頻繁に会話を交わす訳ではなかったが、特に気まずさとかそういうのは感じなかった。驚くことにその日は普通に終わった。何事もなく、平穏に。
「だ、大丈夫だった? カリュちゃん?」
就寝前の自由時間、栗毛の少女が私にそう尋ねてきた。
「うん」
短くそう返すと、彼女は大きく胸を撫で下ろした。
「よ、良かった…………」
それから今日の授業のこととか、ご飯のこととか話し合ったところで消灯時間を迎えた。
「じゃ、じゃあカリュちゃん。ま、また明日!」
ひらひらと手を振る栗毛の少女。私も自身のお腹あたりで控えめに振り返した。
「……ありがとう」
離れていく少女の背中に、私はそう呟いた。ただの独り言だ。
───それから3日間は何事もなく経過した。ただただ、穏やかに。
そして迎えたのが、2回目の合唱練習の日だった。私は事前にヘレン先生から参加は強制しないと言う旨の話をされていた。行ってもいいし、行かなくてもいい。私には数日前と同じように、言葉の選択が迫られた。……自身の胸のうちに問いかけて、考えた結果、私の口は「行きます」と言ってみせたのだった。
栗毛の少女は、公民館に向かう道中で何度も私を心配する言葉を投げかけてきた。 ……あまりにも多いので、「本当に無理だったら行こうとするわけない」なんて言おうかな……という思惑が
やがて、公民館に辿り着いた。その入り口部分はちょっとした広場のようになっていて、既に学校の生徒が何人かいた。……彼らと目が合う。私の髪色が特徴的だからだろう、すぐに気づかれた。彼らのうちに何人か、顔に覚えがある子がいた。……どうしようもなく、私の身体は強張ってしまう。
その時、ギュッと手が握られた。横を見ると、そこには真剣な表情をした栗毛の少女。
「な、何かあったら今度こそ守るから! わたし」
震える声で栗毛の少女はそう言った。私の手に振動が伝わってくる。……きっと、かなりムリをしているのだろうな、なんて思う。でも…………
「うん、頼りにする」
自分よりも緊張した子を見ると私は安心することができた。ちょうどあの時と同じように。
───半分は身構えて、半分はリラックスして。みたいな心持ちで臨んだ合唱練習だったが、想像以上に拍子抜けに終わってしまった。
結論から言ってしまえば、そこは地獄のような空間だった。空気の張り詰め方が半端ではなかったのだ。怖い、ただただ怖い。全く別のトラウマを植え付けられてしまいそうだった。
「せ、先生たち……すごく怖かった……」
すっかり生気の抜けた表情をしながら栗毛の少女が孤児院のある丘を登っていく。その様子は
恐らくは私のせい……いや、それだと私だけが悪いようなのだが、とにかく以前の言い争いが原因で、先生たちはものの見事にご立腹だった。ヘレン先生も、フランソワ先生も……表面上は平然としていたのだが、語気が荒かったり、所作を急かしたり、言葉のトーンが低かったり。休憩時間には扉付近にずーっと先生たちがいた。いつ落ちても不思議ではない吊り橋の上を歩いた気分だった。
「……別の意味で合唱練習に行きたくなくなったよ」
「そ、そうだよね! ほんと。ハァ」
目を細めてため息を吐く栗毛の少女。その様子を見て私は少しだけ笑った。
「ど、どうしたの?」
「ちょっと顔が面白かったから。幽霊でも見たみたいな感じで」
私がそう言うと、栗毛の少女がその目を見開いた。
「お、驚いた……」
「え?」
「えっと……カ、カリュちゃんがそうやって冗談言うのちょっとだけ意外だったから……」
「……冗談のつもりはないんだけど」
「あ、そ、そうじゃなくって。えっと…………」
栗毛の少女が「うー」と唸り続けること数秒。
「あの……そうやって気持ちとか言ってくれたのちょっと意外だったから……。カ、カリュちゃんってあんまり、自分のこととか話さないから……だから、少し嬉しかったの」
栗毛の少女はそう言って笑みを浮かべてみせた。私はというと、先ほどの自身の言動を思い返してみたり。……確かに“外向きの自分”らしくはなかった気がする。迂闊だった、なんて思った。でもそれと同時に、まぁいいかとも思えた。彼女にだったらなんて。
自身の頬をポリポリと掻き、私は意味もなく「あー」と声を出してみた。泳ぐ目線……その先に月を見つけた。
「満月だ」
「あ、ほ、ほんとだね!」
夕暮れの丘の上。今日も変わらず空へ昇ろうとしている満月を、“私たち”は見上げた。
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