第1191話、貿易船が立ち寄ってくれたなら――
エール川を開放する――俺の言葉に、エマン王は
「今もあの川は双方
ヴェリラルド王国と隣国リヴィエル王国の間を南北に走るエール川。北はノルテ海、南はダヴィス湾に通じている。
「しかし、あの川は小型船は利用できますが、外洋向けの大型船は通行できません」
俺はストレージから用意していた地図を出して、机に広げた。
二国の間を流れるエール川の幅は、複数の船が行き来できるようになっているが、2カ所ほど、特に川幅が狭くなっている場所があった。
「こちらには両国を繋ぐ大橋が掛かっています。古い時代に作られた橋であり、非常に頑丈なのですが、高さがないため、帆船は特に通れなくなっています」
さらに――俺はエール川の中央辺りをなぞった。
「この辺りは浅瀬となっており、大型船は座礁の恐れがあります」
「ふむ。で、エール川を開放というのは、この大型船の通行のことを言っておるのか?」
「その通りです」
「しかし、通れないのだろう?」
橋と浅瀬のせいで。
そう、通れない。ノルテ海に魔力動力式水上艦艇を配備した時、有事にはエール川を通って南に出れないか俺は考えた。
調査の結果は、先の障害があって、川を使った戦艦、空母の移動は不可能とわかった。もちろん、これは水上艦の場合ではあり、空中を行く航空艦には関係のない話ではある。
「はい。ですが、もしこのエール川を大型船が通行できるようになれば、貿易船の航路が変わり、我がヴェリラルド王国は貿易拠点となります」
「詳しく」
エマン王は説明を求めた。俺はもう一枚、地図を見せた。オルドア大陸全体の見られる世界地図である。これには、クレバヤン町長が目を見開いた。ここまでの
「我が国は、北と南に海がありますが、双方とも入江のように奥まった場所であるため、大陸沿岸を移動する貿易船は、この地に積極的に入ってきませんでした」
この世界、基本的に船は陸地に近い場所を航路としていた。外洋は海の大型魔獣がいて非常に危険であり、帆船は浅い海である沿岸近くを移動した。
だが、入江状になっているノルテ海は、比較的短いその出入り口である海峡を横断することでショートカットする船も少なくない。
これは南のダヴィス湾も同じだ。少しでも外洋を避けたい船は来てくれるのだが、遠方の南方大陸を目指す船などは、日程の短縮やコスト削減を狙って、奥まった場所にあるヴェリラルド王国などには立ち寄らないのだ。
「しかし、エール川が大型貿易船でも通行可能となれば、このエール川を経由したルートこそ、ショートカットルートになり、多くの貿易船が利用するとなります」
ノルテ海、そしてダヴィス湾はほぼ内洋であり、大型の水棲生物も少ない。航路としてみれば比較的安全だ。
……以前、ノルテ海にクラーケンが迷い込んだのはイレギュラーだが、滅多にあることはなく、海賊問題は沿岸部移動ならどこにでも現れるから、ここだけ特別に多いとかそういうこともない。
「貿易船が立ち寄れば、補給や商売でお金を落とすようになります。外国からの輸入品も、直接買い付けの機会が増えれば、これまでよりも幾分か安く、多く入手できるでしょうし、こちらからも他国が求めるものを輸出できれば外貨の獲得にも繋がります」
大いなる国の発展。これまで関わらなかったものがやってきただけで、そこに商売のチャンスが生まれる。活発に人がやってきて利用するようになれば、その分だけ金も動く。
俺が地図の上で、大陸各地から出発して、遠方にいく際の航路を順番になぞっていく。ヴェリラルド王国より西にある国や北方の国々、南方大陸への航路は、エール川を経由したほうが断然早く移動できた。
日程の短縮は、乗組員の食料の節約にも繋がる。沿岸部移動は港に立ち寄りやすいが、回数が増えればその分、消費、そして調達する物資も増える。
だがその補給回数を減らすことができれば、その分のコストも浮く。これは商人にとってはありがたい話だ。
そしてエール川経由ルートでは、ほぼ必ずヴェリラルド王国沿岸部は補給拠点として利用される。必ず通るルートにあるのだから。
「おおっ、ではザントランクの港施設の拡張は――」
町長が声を
「このための布石でございますか!? 素晴らしい!」
この
エマン王はしかし慎重だった。
「実現すれば、我が国にとっても大いに利のある話だ。だが現実はどうか? 橋を取り壊すか、新たに作り直す必要がある。浅瀬の件もそうだが、何より、リヴィエルが黙っているとは思えぬが?」
「ご指摘はもっともです、陛下」
俺は頷いた。
「エール川はリヴィエルと我が国の国境でもあります。これまでも、双方の地に近づかないよう共に警戒していたと聞きます」
川魚の漁や小型船による運送など、双方ともにかなり神経を
「ですが、今リヴィエル王国は、ヴェリラルド王国と同盟を結んでおります」
大帝国という共通の敵に対抗するため、協調路線を取っている。さらに王族同士でも週に数度の食事会を開いたりと、エマン王とパッセ王も個人的に親しい関係となりつつある。
極めつけは――
「パッセ王は、私とアヴリル姫を婚約させようとしておりますし」
「ああ、あれな」
エマン王は渋顔になった。
俺の正妻はアーリィーということになるが、第二夫人という形でもよいので、とパッセ王は娘を俺と結婚させようとしている。
つまり、両国の王族はこれまでにないほど良好な関係だと言えるのだ。
将来的に、俺とアヴリル姫の間に息子が生まれれば、リヴィエル王国の王族と血縁となり、王位継承権が発生する。故にエマン王は、お隣にも間接的に介入できる可能性を考え、
ちら、とクレバヤン町長を見れば、俺たちに驚いているようだった。
「……リヴィエルとの話は、正式な発表があるまでは口外無用だ」
「しょ、承知いたしました、閣下」
動揺が隠せない町長。世間じゃ、俺はこの国の姫であるアーリィーと婚約しているからね。そこへ来てさらに別の国の姫とも婚約とくれば、ビックリしてしまうのも仕方ない。
それはそれとして――
「正直に言えば、エール川の開発や整備は、我がウィリディス勢が介入すれば実現はするでしょう。ただ、やはり両国間の関係――小競り合いやいがみ合いを続けてきた現地の人間に理解させるのは簡単ではないでしょう」
漁場の件や、相手国に乗り込んでの強奪や暴力、睨み合いなどなど……。
「さらに現地の工事も反対の声が上がるかもしれません。やれ伝統の橋だ、外国船舶の往来が増えるのは困る、とか」
「ふむ……」
「何よりエール川の大半は西方領。リッケン侯爵のテリトリーですからね。南方領も
リッケン侯爵は、前南方侯爵ほどではないが保守的な人物と知られている。とかく新しいことはあまり好まないだろう。
「調整が必要だな」
エマン王は頷いた。
「お前が可能であると言うのなら、私はそれに乗るだけだ。必要なものを言ってくれ。手配する」
国王陛下は俺の提案に乗り気のご様子だ。この後ろ盾は非常に大きい。
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