第1177話、俺とクルフの関係


「あなたは魔法文明時代のこと知っている。あなたもかつての文明の生き残りなのですか?」


 ルンガー艦長の質問に、俺は苦笑した。


「当たらずとも遠からず。詳しい話ははぶきますが、私もあの時代に行ったことがある人間です。セラスやグレーニャ・エル、こちらのエルフのニムや、色々な人に会いました。……ついでに、あなたの国の皇帝であるクルフ・ディグラートルにもね」

「!?」

「皇帝陛下……!?」


 まさかの人物だったのだろう。それまでの驚きとは別格だった。……うん、その顔が見たかった。


「エル、俺に従騎士がいた頃があったろ?」

「ブル?」


 一瞬、胸の奥が痛んだ。


「いや、その前。クルフ・ラテース。あれが今のディグラートル皇帝だ」

「マジかよ!?」


 知らなかった、とグレーニャ・エルは言った。この娘がこの時代にどういう経緯でいるのかは知らないが、皇帝となったクルフと直接会っていないようだった。


「ジン・アミウール殿は皇帝陛下と面識があるのですか?」


 ルンガー艦長が聞いてきたので、俺は頷いた。


「あの時代でもこの時代でも」

「皇帝陛下が、その魔法文明時代の人間というのは……」

「あの頃は、アポリト帝国の騎士でした。十二騎士を目指す青年で、私があの時代で帝国の十二騎士の団長になった時、彼は同僚の十二騎士になった」


 任務はほぼ別行動だったけどね。


「つまり、アミウール殿は、魔法文明時代に陛下の上官だったと?」

「一応、そうなる。短い間だったが」


 ルンガー艦長がうなる。シェードも先ほどから黙り込んでいる。まあ、簡単に信じられないよな。ここまでくると、出来の悪い嘘のように思えるだろう。


 大帝国皇帝が、大昔に滅んだ魔法文明時代の生き残り? そして大帝国の宿敵と言われたジン・アミウールが、若き日の皇帝の上官だったとか……。到底信じられない話だ。事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものである。


「皇帝陛下は、ジン・アミウール殿と面識があると申された」


 シェードが考え深げに言った。


「そしてあなたも陛下と面識があると言う……。おそらく事実なのでしょう。……親しかったのですか?」

「プライベートな付き合いはあまりありませんでした。だが彼は自己をきたえることに躊躇なく、私の魔法も見て盗んでいった。性格は……とにかく真面目な男だと思いました。悪い仲ではなかった」


 俺は思った通りに言った。


「彼が何か困っていたら助けてやろうと思うくらいの友情はあったと思います」

「……」

「しかしあなたは現実には、陛下と対立していた」


 ルンガー艦長が口を挟んだ。

 連合国にいた二年ほど。大帝国の帝都まで進撃した英雄魔術師ジン・アミウール。そして今は、ウィリディス・シーパング軍を率いて大帝国と戦っている。


「友情を感じていたなら、何故……?」


 俺がクルフの味方であり続けたら、大帝国は今頃、大陸を支配していただろう。大帝国の旗のもとに統一された世界。大帝国の人間ならばディグラートル皇帝の理想が実現していたら、と思わずにいられないのだろうな……。


「込み入った話になるが……大雑把に言えば、俺がクルフ・ディグラートルをクルフ・ラテースであると知らなかった」


 ルンガー艦長はポカンとした。


「つまり、知らずに戦っていたと?」

「そういうことだ。むしろ、俺の名前を聞いて接触してこなかったクルフも悪い」


 大帝国にとって悪魔のごとく恐れられた英雄魔術師。その名を皇帝が聞かなかったはずがないのだ。

 ……ま、あの当時の俺に声をかけていたとしても、魔法文明時代に行ったのは最近だから、皇帝は何を言っているんだ状態だったけどね。


「ひとつ、聞いても?」


 シェードは言った。さっきから質問ばかりな気がする。


「皇帝陛下が魔法文明時代の人間なら、彼はどうしてこの時代に生きているのか? グレーニャ・エルら数名の魔法文明人は、遺跡から冬眠状態で発見されたと聞いているが……あなたも含めて、どうやって?」

「興味深い質問ですね」


 俺は意地の悪く笑みを浮かべた。


「正直に言いますが、俺と彼は魔法文明時代、吸血鬼どもの拠点へ攻め込んだ時に、ちょっとしたヘマをして不老不死になってしまったのです」

「……!」

「不老不死!?」

「マジか!?」


 ルンガー艦長、グレーニャ・エルが目を剥いた。


「大帝国の人間なら、かの皇帝が不死身ではないか、という噂くらいは聞いたことがあるのでは? 死んだと思われた戦いでも、ひょっこり帰ってくるという……」

「それは……確かに噂はありました」


 シェードは表情を曇らせる。


「しかし、陛下は先日――」

「戦死した……。いや私に言わせれば、あの男は死んでいませんよ。今もどこかに隠れて何かをやっているに違いない」


 これについては断言できる。不老不死である。死ぬわけがない。


「陛下は生きている……?」

「何故、表舞台に戻ってこないのか疑問ではありますがね」


 ディグラートルが生きている。大帝国人にとっては大変な情報だ。もっとも、俺の証言だけで物的な証拠は何一つないが。

 ただ、皇帝が生きているという事実は、そこにいる大帝国軍人の行動を大きく変えるだけの力になるだろう。


 本当は、こういう話はするべきではないのだが……俺は、この話を聞いて、名将と名高いシェード将軍がどうするのか、大変興味があった。

 そのシェードは、顔を上げて俺を睨んだ。


「……あなたは、今後我々をどうするおつもりですか?」


 唐突だな。いや、思い出話から、実際にどうすべきかの話に切り替わっただけだ。


「我々は大帝国の軍人です。内輪の問題で監禁されたところを連れ出されたが、実質捕虜ということになるのでしょうか?」

「先ほども言ったとおり、私はセラス――アリシャを大帝国から連れ出したかっただけです。それ以外のことはおまけです。あなた方が、大帝国への帰還を望まれるのであればそのようにしましょう。……ただし、アリシャは置いていってもらいますが」


 ルンガー艦長の視線がセラスに向く。そのセラスはシェードに心なしか近づいた。離れたくないという無言のアピールだろう。記憶のない二年間、彼女を守ってきたのは間違いなくシェードだ。


「復帰されるなら、大帝国のどこなのか興味はあります」


 議会派だとまた逮捕だろうか? 軍部や中立派? 魔神機のないシェードでは、その魅力もかなり薄れるだろう。貴族派は言うに及ばず、シェードを嫌っている者も少なくないという。


「大帝国に復帰する以外の道はありますか?」


 静かにシェードは言った。おや、と俺は思った。

 ひょっとしてひょっとすると、この歴戦の名将は……『疲れて』いるのか?

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