第1131話、ジンさん増える


「前々から考えていることがあるんだ」


 俺はベルさんにそう告げた。


「俺はひとりしかいない」

「ん?」


 黒猫姿の相棒は、怪訝けげんな顔になる。


「お前はひとりしかいない、それは当たり前だろ。オレ様だってひとりだぜ?」

「その通りだ。だが、ふと思うわけだ。俺がもうひとりいたらいいのにってさ」

いそがし過ぎて、とうとう現実逃避か?」


 ベルさんは皮肉っぽく言った。


「ほら、言えよ。のんびりしたいって」

「のんびりしたいよ。だがそれは願望だ。現実は、それでも働かないといけない。タダ飯食らって生きるという図々しい人間にはなりたくないもんだ」

「ほーん。オレはタダ飯を食ってるぜ」

「何言ってるんだ。ベルさんは仕事しているし、それに相応しいものを食っているよ」


 戦場手当で酒を買ったり、好きなものを食べているのを知っている。


「何もない場所で、ご隠居生活すればのんびりできるっていうけどさ。別に俺は一日中ゴロゴロしていたいわけじゃないし、旨いもん食ったり、遊んだりしたい。退屈は人を殺すんだよ」

「なんの話をしているんだ?」

「ベルさんが『のんびりしたい』どうこう言ったからだよ」


 俺はにらめば、ベルさんは肩をすくめるような仕草をとった。


「そいつは悪かった。で、お前さんはひとりしかいない云々って話だったな。それがどうしたってんだ?」

「シェイプシフターは分身をする」

「そうだな。いまウィリディスには何体のシェイプシフターがいるんだっけか?

「3万体を超えたらしい。日々、数が増えているよ」

「杖ひとつから、どれだけ分身しているんだよ」

「塵も積もれば山となるってな。……また脱線してる。俺が言いたいのはだ、魔法を使って俺も分身か、あるいは物に俺の意識を定着させて、複数のタスクを同時にこなせるようになりたいって思ったわけだ」

「もうひとり自分がいたらいいのにって、そういうことか」


 ベルさんが納得したように頷いた。


「つまりアレだろ。戦艦のキャプテンシートに座っている一方で、分身をタイラントに乗せて戦ったり、あるいは戦闘機に乗せたり……」

「ベルさんって、妙なところでドンピシャなことを言うよな」

「フフン、オレ様とお前の仲だからな」


 得意げになる魔王様である。俺も苦笑する。


「南方領を抱えて、色々しなきゃいけないって時に、大帝国やスティグメ帝国の相手だろ。ひとりじゃとても足りない」


 これまでは各種コアやシェイプシフターに補ってもらっていたが、任せっきりというのもよろしくない。


「と、前々から考えていたんだが、今回、ちょっと別の理由で分身がしたい」

「……アンノウン・リージョンの調査か」

「そういうこと」


 俺は頷いた。

 入った者は二度と帰ってこなかった、というアンノウン・リージョン。そこがどうなっているのか、情報が欲しい。

 機械やシェイプシフター兵を送る手も考えたが、やはり帰ってこなかったら、何があるかわからないままだ。


 一番確かなのは、自分の目で見ることなのは間違いない。だが帰ってこられないかもしれないという問題は、ウィリディス軍、トキトモ領など抱えている以上、俺がアンノウン・リージョンに直接赴くことを周囲は許さないだろう。

 俺が国防を担っている点を考えても、エマン王も『行くな』と命令するに違いない。


 だから本体は行かず、分身を行かせれば、そこで何かあっても問題はないというわけだ。


「ということで……ブン・シン!」


 俺はイメージをする。魔力を集め、その形を変形させる。

 魔力の形は自由自在に変えられる。火や氷の魔法を使うように、実体の有無はもちろん、大きさや形、数もだ。


 その魔法を一段推し進める。いわゆる幻覚の魔法、変身の魔法、それらを重ね合わせる。魔法文明時代の上級吸血鬼は、魔力さえあれば体を自由に変えたり再生させたりできる。つまり、それを応用するわけだ。

 魔力の塊に、自分の姿を写し、魔力生成型使い魔の共有を追加すれば……。


「あら、不思議。ここに俺がもうひとりできましたー」

「ほう」


 ベルさんが目を丸くした。


「姿は、お前さんと瓜二つだな」


 そこには、俺と同じ姿の分身がいた。


「だがジンよ、これ、いわゆる幻影型の分身でもできるよな?」


 いわゆる戦闘で『残念、それは分身だ』という類いのそれと、どう違うのか、とベルさんは言ったのだ。


「使い魔を飛ばしている時と同じように、この分身の視野情報を共有できるし、こっちから操作ができるんだ」


 俺が分身に手を挙げるように考えを送ると、そのように分身の俺が動いた。魔力を乗せれば――


しゃべることもな」


 分身の俺が喋った。ベルさんは鼻をならす。


「なるほど。オレ様も後で試してみよう」

「そうかい。ま、ともあれ、これで俺の分身を、アンノウン・リージョン調査に送り込める」


 とはいうものの、この分身は俺のほうでコントロールが必要で、俺が目指している、もうひとりの俺とは違うのだが……。

 まあ、このあたりは追々詰めていくことにしよう。未開領域の調査は急務だから。


 さて、この分身の制御について、試運転をしておこう。ただ偵察するだけなら、魔力生成型使い魔を飛ばせばいいわけで、使い魔にできないことをやれるようでなければ意味がない。



  ・  ・  ・



 ウィリディス第二艦隊は、トキトモ領東部にあるアンノウン・リージョン上空を封鎖した。

 ギガントホルン山脈の間にぽっかりと存在する領域。山と、巨大クレバスに囲まれ、常に黒い魔力のきりが発生している密林である。


 大和級を含む戦艦6隻、空母6、巡洋艦9、駆逐艦18の艦隊である。これは再度のスティグメ艦隊出現に備えて、だ。

 で、未開領域の調査には、俺とベルさんの分身が行くことになる。


「この黒い霧の先はどうなっていると思う?」

「普通に考えたら、森って答えるんだけどな」


 黒騎士姿のベルさんは言った。


「この霧の中から、艦隊が出てきたのを知っているからな。それを踏まえると、この領域は森というより、地下につながっている巨大な穴があるんじゃねえか」


 空中艦隊をすべて隠せるほど領域が大きいわけではない。はてさて、どんな風になっているのか。箱を開けてのお楽しみというわけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る