第1116話、アイス・コフィン


 翌日、大帝国軍が進軍を再開した。

 第十五旅団を失い、エルフの里侵攻軍の戦力を削がれた大帝国陸軍だが、まだ勝負を捨ててないということだ。


 彼らは、一個旅団を失った森の中の沼を迂回して攻めてくるものかと思われたが、正面突破を図った。

 エルフ浮遊島ギルロンド司令部で、俺はその報告を受けた。


「……何? 冷気?」

「はっ、前線から、古代樹の森に強烈な寒波が襲来。周囲のものを凍らせております!」


 エルフ通信士の報告は続く。


「前線に配置されていたエルフ、ウィリディス兵に少なからず被害が出ています。正確には周囲の地形ごと氷漬けにされており、前線から兵が退却しています」

「……まあ、留まれば氷漬けだからな。独自の判断での撤退もやむなしか」

「ジン様! しかし――」


 エルフ側の女王側近である魔術師ヴォルが俺のそばにきた。


「前線が勝手に下がっているということは、敵にとって進撃の好機! このままでは戦線が崩壊ほうかいしてしまいます!」


 全面敗走となれば、もはや負けである。


「とはいえ、頑張れと言っても凍らされては、結局は同じだ」


 俺は腕を組んだ。


「観測機、上空からの映像を回せ」


 了解――司令部の戦術モニターに世界樹の周りにある広大な古代樹の森が表示される。エルフたちがどよめいた。


「なんだ、森の一部が白くなっている……!」

「あれが氷漬けのエリアか!?」


 ……うん、冷気の範囲は動いているな。

 俺は、原因に予想がついた。


「沼も凍らせたか。その上を敵部隊が進めば、迂回うかいしなくて済む」

「ジン様、だとすれば一大事ですぞ!」


 ヴォルが声を張り上げた。


「こちらの戦線に穴が開いているところから敵がくるなら、世界樹までやすやすと侵入を許すことになります!」

「まだ大丈夫。あの冷気のフィールドがもう少し収まらないと、大帝国兵といえども氷漬けだ」


 後続の帝国軍が押し寄せるのには、多少時間がある。


「まずは冷気のもとを断つのが先だ」


 しかし、おそらく近づけば、冷気にやられ氷漬けだ。部隊を派遣すればするほど、手も足も出ないまま被害だけが増えるだろう。


「ディーシー」


 俺は、テリトリーを監視しているディーシーに視線を向けた。


「地上を進んでいるのは、セア・ヒュドールか?」

「……ああ、単機で進んでいる。水の魔神機だ」


 S級の登場だ。魔法文明時代の魔神機を大帝国は前線に繰り出したのだ。

 水の魔神機セア・ヒュドール、その必殺技ともいうべき冷気フィールド『アイス・コフィン』が射程内のすべてを凍らせる。

 ……俺もあの時代に行った時、リムネに使わせたことがあるから、わかるのよね。


 あれ範囲内なら味方も凍ってしまうから、割と使い方に注意が必要だが、敵に回した上で、その冷気フィールドが発生してしまったら、ほぼお手上げなんだ。

 対抗するとしたら、T-Aのマギアブラスターくらいの大出力、無限放射で冷気を強引に突き抜けるくらいか。ただ射線のとおりにくい森の中という悪条件と、ヒュドール自体が身軽に回避してしまうことを考えると、上策とは言えなかった。

 まあ、手はすでに打ってあるんだがね。9900年以上前にね……。


「ディーシー、例の仕掛けを使おう」

「仕掛け……?」

「仕込んだだろう。精霊コアに乗っ取りプログラム」


 魔法文明時代、アミウール戦隊に配属された魔神機。まだリムネが味方か信用できるかわからない時、いざという時に彼女の魔神機を外部から乗っ取れるようにした。これは他の女神型魔神機も同様だ。


「アレを使うのだな、主」


 ディーシーは妖艶な笑みを浮かべた。


「こういう時のために仕掛けたんだ。やってくれ」

「承知した。テリトリーを介して、水の魔神機を乗っ取る!」


 俺の指示を受け、ディーシーはさっそく仕込みを発動させた。



  ・  ・  ・



 大帝国特殊部隊こと、シェード遊撃隊に所属する水の魔神機セア・ヒュドールは、エルフの森を凍らせながら、悠然ゆうぜんと歩を進めていた。


 古代樹もろとも、大地が、そこに住む生物が氷に閉じ込められていく。近づくことさえできない、冷気のフィールド。エルフ兵や、シーパングの兵どもが凍結し、無様な死体をさらす。


 セア・ヒュドールのコクピットにいた親衛隊のサフィールは、嬉々として魔神機を歩かせていた。

 かつての将軍も、二度にわたる特務の失敗の責任をとって降格。いまやマクティーラ・シェード将軍の部下となっている。


 正直思うところはあるのだが、魔神機を動かせる適性があったことが、自分の首の皮が繋がったとも言える。それがなければ最悪服役か、死刑もあり得た。


「見ていろ、ここでエルフの里を私が攻略すれば、また将軍に返り咲く!」


 このセア・ヒュドールがあれば、敵は近づくことさえできない。つまりは、無敵!


 そのまま森を進むセア・ヒュドール。

 しかし、サフィールの快進撃はそこまでだった。突然、セア・ヒュドールのモニター、そして操縦系統が切れ、電源が落ちたのだ。


「はあ!?」


 突然のことに、サフィールは普段出さない声が出た。

 まるで鉄の棺桶かんおけとなってしまったコクピット内。光は失われ、操縦桿も足のフットペダルも動かない。


「どうなっている!? まさか、故障したとでもいうのかっ!?」


 敵地のど真ん中で立ち往生など、これでは敵に狙ってくださいと言っているようなものだ。


「動け! 動け! 動けっ、セア・ヒュドールっ!」


 サフィールはさけんだ。しかし自分の声しか聞こえない。

 無音。

 美貌の魔法騎士は焦った。


「何故! 動かない!?」


 その時だった。コクピット内に光が戻り、モニターも甦った。サフィールは心から安堵した。


「何だ、驚かせて――」


 セア・ヒュドールは動いた。しかしサフィールの前進の意思に反して、機体は反転。元来た方向へと向いた。

 背部のジャンプスラスターを噴かし、セア・ヒュドールが跳躍ちょうやくした。サフィールは操縦桿を必死に動かす。


「何故、勝手に動く!? 私の言うことを聞け」


 戦闘放棄、敵前逃亡は重罪だ。即刻死刑の恐れがある。サフィールの恐怖をよそに、セア・ヒュドールは後方から進軍しはじめていた友軍部隊の先頭に到達した。


「……そんな! やめろーっ!!」


 サフィールの絶叫。セア・ヒュドールはパイロットの魔力を吸い上げ、再び冷気フィールドを発動させた。

 アイス・コフィン。死の冷気フィールドが、大帝国陸軍に襲いかかった。

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