第1082話、式典とゲストたち


 時は流れ、いよいよ祝勝会ならびに観艦式の日がやってきた。

 俺は、侯爵用に仕立てられた正装をまとう。ウィリディスの紋章入りのマント。濃緑色なのは、緑がうちのカラーだから。


「こういう服は身が引き締まるな。……緊張する」

「あら、ジンでも緊張するんだね」


 ドレス姿のアーリィーが、俺の襟元を正してくれる。


「メイドさんにやってもらわなかったの?」

「君に直してほしくてね」

「わざとなの? 悪い人」

「綺麗だよ、アーリィー」


 俺は、彼女の頬に挨拶あいさつの口づけ。

 アーリィーはヴェリラルド王国のカラーである青のドレス。結構、胸元が開いているのは、ちょっと大胆じゃないかな。普段なら喜ぶのだが、ギャラリーが多い場所だと気になってしまう心理は、すっかり旦那気取りかもしれないな。


「もう、誤魔化ごまかしてもダメよ?」

「何を?」

「悪いニュースがあったんでしょ? 違う?」

「祝勝会とか、たくさんの貴族と会うというのが憂鬱ゆううつなんだよ。俺はこれでも元引きこもりなんだ」

「……ジン?」


 アーリィーは腰に手を当てて、俺を上目遣いで睨んだ。うん、細い腰。


「わかったよ……。アポリト本島の調査の件で最新のニュースがあってね」

「見つかったの? 確か、捜索が難航なんこうしていたんだよね?」

「そう、進展はあった。本島は消えた」

「消えた?」


 意味がわからないという顔になるアーリィー。俺は言った。


「つまり、何者かに云千年前に持ち出されていたってこと」


 こちらが調査するより遥か昔に、アポリト本島の場所にたどり着いた何者かが、あの巨大浮遊島を飛ばすなりして持ち去った、ということだ。


「何者かって?」

「それはわからない。ただ、あれを使って何かした、という文献や資料が見つかってないところからして、その持ち出した奴は、どこか別の場所に移動させて隠したんだと思う」

「隠した?」


 浮遊島を手に入れたら、己の野心に利用しようとするものだ。異世界からきて無難に生きていこうという思考の持ち主でもない限り、軍事的に使おうとするだろう。

 だがそういった事実が歴史で確認されていない以上、移動させて隠したと見るしかない。

 おそらくクルフ――ディグラートルが持ち出したのではないかと、俺は考えている。


「失礼します、ジン様、アーリィー様」


 メイドであるネルケが、俺たちを呼びにきた。


「会場へどうぞ。まもなく、観艦式が始まります」

「国王陛下より先にいないとマズイよな」


 俺はアーリィーにそっと手を伸ばした。


「では、行こうか」

「うん」


 アーリィーが俺の手を握り、連れ立っての移動。

 なお、会場はウィリディス軍巡洋戦艦『ディアマンテ』、その展望室である。これにはエマン王も乗艦されているので、日本流に言うなら『御召艦おめしかん』になるか。もっとも皇族ではなく、王族の場合は何て言うんだろう?


 大展望室には、王都に集結した貴族らが集まっていた。俺は顔見知りを探し――ジャルジー公爵、クレニエール侯爵を見つけた。他の貴族に声をかけられる前に、さっさと合流。いくつか視線がこちらに向いていたが、スルーした。ニシムラさんことヴェルガー伯爵に対しては会釈しておく。


「兄貴、遅かったじゃないか」


 ジャルジーが冗談めかした。


「中々似合っているじゃないか、それ」

「そうかい? 俺はここにいる誰よりも、こういう服は着慣れていないんだがね」


 成り上がりジョークに、クレニエール侯爵は微笑びしょうを浮かべた。


「トキトモ侯は謙虚けんきょだ。気をつけられよ。成り上がりを嫌う貴族も一定数いるものだ」


 先輩の助言は喜んで拝聴はいちょうしよう。対してジャルジーは鼻をならした。


「フン。その手の人間は、貴族というだけでふんぞりかえっている無能者だろう」


 実力至上主義者であるジャルジーらしいコメントである。

 その時、展望室に汽笛のような笛の音が鳴り響いた。


「エマン・ヴェリラルド陛下、ご入場!」


 近衛騎士長の声に、貴族たちは一斉に姿勢を正し、向き直った。

 ややしてエマン王が現れ、用意されている玉座へと移動した。そちらには王の友人枠であるベルさんと、各国のゲストという扱いで、ヴァリサ元女帝陛下、エルフのカレン女王、隣国リヴィエル王国のパッセ王、そして連合国枠から、エリザベート・クレマユー大侯爵令嬢がいた。


「……ヴァリサやエリーはともかく、よくカレン女王とパッセ王を招待したものだ」


 俺が小声でぼやくと、アーリィーがそっと身を寄せた。


「同盟国のよしみ――というか、お二人ともよくウィリディス屋敷に来ているからね」

「カレン女王が食事にウィリディス食堂に来るのは知っていたが、パッセ王も?」


 ヴェリラルド王国との同盟の締結の際、ウィリディスの白亜屋敷にも来ていたが……。


「あれから父上とちょくちょく会って、プライベートな雰囲気で会談をやっていたよ」


 アーリィーは素知らぬ顔を決め込みつつも、続けた。


「ノイ・アーベントも視察された。ヴァンドルディ様とアヴリル姫も一緒にね。大変気に入ってくれていたよ」

「王様が来ているのに、何で俺には知らせてくれなかったんだ?」


 領主の俺がお迎えしないなんて、失礼にもほどがある。


「だってジンは忙しかったからね。お父様が一緒だったから、まあ、なかよくやっていたよ」

「いつの間に……」


 次からはリヴィエル王国の情勢だけでなく、パッセ王ら王族のプライベートも報告するようにするか? いや、それはさすがによろしくないか。


「ちなみにだけど、アヴリル姫とボクは仲良しだ」

「そうなの?」

「うん。たぶん、ジンの第二夫人になると思うよ」


 え……? 俺、呆然ぼうぜん。アーリィーは笑い出したいのを必死にこらえるような顔をしている。俺の知らないところで、奥さん候補が増えていた……。マジかー。


「アーリィーはそれでいいの?」

「ボクを愛してくれている限りはね」


 お姫様の横顔はとても楽しそうだった。


「ジンも、きちんと貴族らしくなってきたと思うよ」


 側室を抱えることについて、だろう。


 でもいいのかね。アヴリル姫は隣国の王の娘なんだが……。そう考えて、ふと戦国時代に娘を他国の家に嫁がせて、同盟関係の強化や人質として使っていたのを思い出した。


 西洋でも他国の王族と婚約とかあったわけだし、こういうのも珍しくないのか。いやでもそれは正妻に限らないか? うーん、どうなんだろうな。

 ……まあ、双方の国でそれに納得しているなら、言っても仕方がないか。


「――まもなく、第一列が当艦、右舷側を航行いたします」


 ディアマンテのアナウンスが流れ、貴族たちはざわめいた。艦内スピーカーすら初めての者もいるだろうな。

 ヴェリラルド王国史上初の観艦式の幕が開いた。

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