第1057話、幽霊空母


 ゲイルが違和感をおぼえる戦場の空。アポリト浮遊島をギリギリ視認できるか怪しい空域に、漂う雲海があった。

 無数の雲がある中、その艦艇は、飛行甲板から順次、艦載機を射出していた。


 全長250メートル、ウィリディス艦艇を思わす海上艦のような細長い中央船体を有しながら、艦の中央は左右に艦載機格納庫を内包した張り出しがあって、どこかSF映画などにみる宇宙艦艇のようである。


 非公式反乱軍空母、その艦名を『プネヴマ』と言う。

 ディーシーが、反乱軍にも知られない秘密拠点で建造した飛行型航空母艦である。


 魔力遮蔽しゃへい、光学式迷彩めいさいなどの各種ステルス装備を搭載した『姿を消す』ことができる空母であり、『プネヴマ』は僚艦りょうかん『タブシャ』と共に潜んでいた。


 アポリト浮遊島上空の航空戦の推移を見守りつつ、その戦闘を引き伸ばすべく、搭載艦載機を発艦させる。

 前線で戦う反乱軍パイロットの抱いた違和感の正体はこれである。

 味方も知らない友軍が、こっそり戦場に航空機を飛ばしていたのだ。


 搭載されているのは、ファルケやトロヴァオンといった反乱軍も使用する機体であり、ディーシーの秘密基地で製造されたものだ。

 そのパイロットたちは、ベテラン技量を有するシェイプシフターパイロットたちであり、魔力消滅装置の発動まで、戦線を支えるに足る援軍と言えた。


 空母『プネヴマ』艦橋――ディーシー型コピーコア、ディーシー3こと、ディースリーは、シェイプシフター管制官と作戦ボードを見つめていた。


「戦線は支えているが、問題は魔力消滅装置がいつ発動するか、だ」

『艦載機の数は、問題ありません』


 シェイプシフター管制官は淡々と告げた。


『アルファからラムダまでの各秘密拠点と繋いでありますから、いますぐ千機を寄越せと言われても対応は可能です』

「さすがに、それだけの数を送れ、とは言われないだろう」


 ディースリーは苦笑した。

 このステルス搭載の幽霊空母は、ディーシーによる転送装置を内外に装備している。


 本来の搭載数はおよそ五十機程度なのだが、内部は他の拠点の航空機格納庫と転送魔法陣で繋いであって、必要とあれば数百や千の艦載機を引き出し、発艦させることができるのだ。

 また、外部の転送装置は、発艦させた航空機を魔法陣で、任意の座標に転送させる。これにより、敵に察知されにくく、母艦を危機にさらすことなく艦載機を戦場に送ることができた。


「しかし、問題はあるぞ」


 ディースリーは表情を引き締めた。


「増援として送り出した機体はいいが、最初から戦っている反乱軍パイロットたちの機体の補給だ」


 反乱軍の最後の空母だった『メントル』は突撃に参加して撃沈されている。

 護衛艦をつける余裕がない、という理由もあったが、敵からの攻撃優先度が高いので、改造クルーザーを生かすためのおとりになるだろうと、最前線に突っ込んだが……。


 まあ、やられるだろうと思っていたら、実際にそうなった。

 つまり最初から飛んでいたパイロットたちは、帰るべき母艦がないのである。


「そろそろ、誘導機を出して、拾ってやるべきだと思う」

『よろしいのですか? 本艦を味方とはいえ、現地人にさらすのは』

「拾える者は拾ってやれ。それでなくても、この世界の人間は残り少ないのだ」


 ディースリーが作戦ボードに目を向ければ、通信士が振り返る。


『艦長、観測機より入電。地上支援用の航空機を求められています!』

「タロンを出せ」


 対地攻撃用の艦上爆撃機であるタロンなら、地上の求める精密爆撃も可能だ。多少、武器の搭載数は少なめなのがネックではあるが、魔法文明時代の三年を駆け抜けた改四仕様だったりする。


『右舷発進口より、タロン小隊、発艦用意!』


 空母『プネヴマ』の艦中央の張り出し部分は格納庫がある。だが、これまでのウィリディス空母同様、発進口も備えられているため、中央の飛行甲板との同時発艦もこなせた。

 逆ガル翼に爆弾とミサイルを積んだタロン艦上爆撃機が、カタパルトによって射出される。その先には、戦場に固定された転移魔法陣が展開されていて、タロン艦爆は魔法陣に突入する格好だ。


「さて、島の地上戦も面倒になってきたな」


 ディースリーは、独りごちる。


「さっさと魔力消滅装置が動いてくれんと、本当によろしくないぞ」



  ・  ・  ・



 改造クルーザーの周囲は、ぐるりと新生アポリト軍に取り囲まれていた。

 反乱軍魔人機部隊が、それらを阻止すべく決死の反撃を行っている。

 白エルフのニムは、エルフ魔人機中隊を指揮して、改造クルーザーを死守していた。


「支配者の騎士など!」


 彼女の操る魔人機、リダラ・グラスカスタムは、ジンとディーシーが製作したスペシャル仕様だ。長距離索敵に優れ、武装もロングレンジライフルやマギアランチャーといった遠距離タイプとなっている。


 改造クルーザー『グラウクス』の甲板に乗ったリダラ・グラスカスタムは、マギアランチャーで、接近するアポリト軍のナイトをシールドごと撃ち抜いた。

 強力な火力! 沈黙しているクルーザーの主砲に代わり、艦に取り付こうとする敵を狙撃で排除する。


『ニム隊長! 敵はウジャウジャやってきます!』


 エルフパイロットのリダラ・グラス改がマギアライフルで、敵戦車と撃ち合いを演じている。四脚戦車の数が多く、次第に火力がクルーザーの艦体に被害を与えていく。


 ――クリエイトミサイル!


 ニムは、グラス・カスタムの肩部ミサイルポッドから、八発の小型ミサイルを発射する。それらは複数の敵戦車の頭を叩き、破壊した。


 ――インターバルは一分。


 このクリエイトミサイル・ポッドは、魔力によりミサイルを生成する、ディーシーお手製の装備だ。魔力と時間さえあれば、基本弾切れをしない。

 リダラ・グラスカスタムは魔力の吸収装置が高性能ゆえ、魔力の消費も比較的早く回復させることができる。パイロットの疲労を無視するなら、かなりの長時間戦闘が可能だ。


 ――それだけではない。ここが世界樹の近くだからというのもある……。


 クルーザーの墜落現場からでも見える浮遊島の世界樹。豊富な魔力を放出し、それが魔人機などの力を不足なく動かしている。


 ――同時に、吸血鬼どもにも力を与えている。


 新生アポリト軍の吸血鬼たちにとって、魔力は酸素のようなもので必要不可欠なもの。それが豊富な空間は、彼らの力を十二分に引き出す。

 改造クルーザーの魔力消滅装置が発動に時間がかかるなら、あの世界樹を折るなどして、一時的にでもこの辺りの魔力を制限させるべきではないか――


 ニムは思ったが、同時に懸念もある。

 あの巨木を切り倒せるようなものなど、この世に存在するのか、と。太さだけでも数十メートルクラスの、超巨大な木を破壊する威力など。


『ニム隊長!』


 エルフパイロットの声。


『マズいです。クルーザーの中に、吸血鬼兵が乗り込んで――』


 リダラ・グラス改のコクピットモニターから、そのエルフパイロットは見た。鎮座した改造クルーザーの陰にビッシリと虫のように吸血鬼の雑兵が取り付き、艦内へ入り込むのを。

 エルフパイロットは叫んだ。


『なんで、地面のそんなところに穴が開いてるんだ!』

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