第1047話、本当に不死身なのか?


 魔法文明時代の終焉の時が迫っている。

 反乱軍と新生アポリト帝国との最終決戦が差し迫る中に、俺とベルさんは転移した。ディーシーと合流し、細部を確認した俺は、その最終決戦に参戦する。


「タイラントを出せ、主。この三年間で新たに考案した改良を施す」


 ダンジョンコアの少女は、俺の知らない月日をこの時代で過ごしている。帝国軍との戦いは、彼女の中で膨大な戦闘データを蓄積させたのだ。


「俺が、この三年間でタイラントを愛機にしていたのは聞いてる」

「エルフ兵からは凄く受けがよかったな」


 皮肉げにディーシーは笑みを浮かべる。旧アポリト帝国の人間至上主義から、エルフたちを解放した救世主――俺のタイラントはそう見られていたらしい。


「そういや、リダラ・ダーハをゴールティンに返してやればよかったのに」


 十二騎士団長専用の魔神機。アディスホーラーに上陸して、そこで機体を降りた。その後、ディーシーが回収したらしいが、あれだけの機体だ。元十二騎士団長であるゴールティンに使わせれば、強力な戦力になっただろう。


「そうしたいのは山々だったのだがな、主でも動かせるようにチューンした後だ。再調整が面倒なんで、そのままにした」


 さいですか。俺は一応、納得しておくことにした。

 格納庫で、タイラントがディーシーによる改造を受けている間、俺はそれを眺める。ベルさんがやってきたので世間話。


「結局、クルフの行方はわからずじまいだった」

「あの皇帝の若かりし頃か。……一度、見てみたかったぜ」

「写真くらいなら、ディーシーが記録している。後で見せてもらえば?」


 俺は顎に手を当て、考える。

 アディスホーラー戦直後、ディーシーでさえクルフには会っていないという。反乱軍の名簿にも、その名はなく、完全に消息不明者となっている。


 新生アポリト帝国やその軍でも、彼の名前は聞かない。……もっとも吸血鬼島と化しているアポリト本島の情報など、ほとんどないのだが。


「あの皇帝が、どこにいるかわからんのでは、ここで始末するのは不可能か」

「クルフを殺したら、か? それはどうだろうな」


 のちの歴史の教科書に乗るくらいの有名人になっているからなぁ。後年にもたらす影響が大きすぎる。


「それに、あいつは魔法文明時代の後も生きていくんだ。どこで、誰かに影響しているか皆目見当もつかない。割といいことをしていて、それが今に残っていたとしたら、クルフを討つことで、それも消えてしまうってこともあるだろう」


 親しい人間の一族の出生に関わっていたら大変だ。


「ま、消息がつかめないのは、ある意味いいことなのかもな。歴史のことを気にしなくて済む」

「あとは、わかっている範囲で歴史通りになるように動く、か」


 ベルさんが、やれやれとため息をついた。


「だがジンさんよ、気をつけろよ。女帝陛下とやらの話じゃ、お前さん、戦闘中にやられちまうってんだろう?」


 最終決戦中に俺は戦死する、らしい。


「歴史通りなら、そのタイミングも重要になってくるかな……」

「気をつけろよ、ジン。お前さんがそこでマジで戦死する可能性ってのもあるんだ。何せ元の時代に再び戻ったって確証はないんだからな」


 つまりは確定していない未来。ジン・アミウール、二度目の転移で死亡――という未来図もある……とベルさんは言いたいようだが。


「忘れたのかい、ベルさん。俺は不老不死だ」


 クルフ同様、アディスホーラー島で、不老不死薬を全身に浴びてしまった身だ。


「撃墜されても、俺自身は死なない」

「そういうことになってるが、本当かなぁ。ディグラートルが不死身なのは確認したが、お前さんはまだ本当にそうか確かめてないだろう?」

「……確かに」


 クルフが刺されて死んだり、元の時代で致命傷から回復するのは見たが、俺自身、本当に不死身になったのか、まだはっきりしていない。


「条件は同じはずだから、クルフが不死なら俺もそのはずだが」

「試してみよう」

「どうやって――うおっ!」


 いきなり、魔法で手首を切られた。ドクドクと血が流れ出る。


「いてぇ……いきなり何するんだ!?」

「傷つけるぞ、って心構えするより、さっさと終わらせたほうがいいと思ってな」


 まったく悪びれないベルさん。そりゃそうだけどさ……。


「おい、動脈切ったんじゃね、これ?」


 止血しないと出血多量で死ぬぞ。……ん?


「どうだ?」

「何か、モゾモゾしてきた」

「おい、主!」


 作業をしていたディーシーが俺の出血に気づいた。俺は押さえていた手を放して、彼女に手を振ってみせた。


「大丈夫だ。……たぶんね」

「手が真っ赤だぞ!?」

「血がついただけだ」


 切られた傷口からの出血が止まった。みるみるうちに傷口自体消えていく。


「どうやら、俺にもちゃんと影響していたらしい……」


 手を開いたり閉じたりを繰り返して、異常がないか確かめる。


「まあ、これでひとつ懸念は消えたかな?」

「そうだな。撃墜されても死なない」


 ベルさんは、澄ました顔で言った。


「それにしても、お前さんが撃墜されるって、それ演技かね? それとも、それだけの敵がいるってことか?」

「どうだろうな……」


 反乱軍が戦っている新生アポリト帝国の戦力。この三年間でどう変わったのか。

 転移してきた子供たちも、データを持ってきているわけではない。ディーシーの言うところ、敵が使う魔人機自体は、特に変わっていないらしい。むしろ、そちら方面の開発は停滞さえしていると言える。


 活発なのは吸血鬼勢の戦力なのだという。俺がガチで撃墜されるとしたら、そっち系のトンデモ性能のヤツがいるってことになるのか。


「……また難しいタイミングで離脱なのかなぁ」


 こればかりは証言が不確かなことが多くて判断しようがない。俺としては、状況を見届けてから帰還したい。

 演技で戦死。その後、別機体で戦いを見定めて必要なら手助けする……という形になるのでは、と思う。


随分ずいぶんとまどろっこしいな」


 ベルさんが鼻をならす。俺も同意した。


「歴史のことを考えなくていいなら、自由にやれるんだがね」


 ともあれ、反乱軍と新生アポリト帝国との決戦は、ついそこまで迫っている。

 ほんと、ちょっと転移の杖でお試ししただけなのに。……抜き打ちが過ぎるぞ、まったく。

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