第947話、ちょっと転移について試してみた
クローン製造装置。魔法文明時代、天上人は、自分たちの兵器や資源とするため亜人のクローンを作っていた。
四号島、七号島、それぞれの製造装置を確認した結果を、アレティが教えてくれた。
「四号島の装置は修理しないと使えない状態。七号島のものは、中を出して、また稼働状態にすれば亜人クローンの製造は可能です」
「完全に使えないようにしよう」
俺たちは亜人のクローンは必要ではないし、大帝国が手に入れたら使うのは目に見えている。
「しかし……」
「どうしました、お父さん?」
アレティはずっと『お父さん』呼びだが、ふと真顔になってしまう時がある俺である。彼女も、俺との距離感に悩んでいるのか、敬語だったりそうでなかったりしている。
それはそれとして――
「天上人は、亜人を作っていた。それはわかるが……今この世界に生きている亜人たちは、普通にそれぞれ顔や個性が違うわけだろう。大量生産されたクローンは、遺伝子情報は全部同じだと思うんだが……。おかしくないか?」
「それは軍用と一般用で違うからじゃないですか?」
「一般用?」
俺の疑問符に、アレティは答えた。
軍用の兵士は規格を統一したほうがよいため、基本同じクローン体をベースに作られている。役職や仕事の内容で、若干性能を変えられている部分もあるが、基本は同じ。
が、それ以外の用途の場合は、製造の際に容姿や能力、性別などに手を加えるらしい。
「従者や奴隷用の亜人などがいましたが、さすがに全部同じ顔だと不便だということで、ベース体も複数用意してあって、さらに持ち主が用途に合わせてカスタマイズしていました」
「なるほど」
そういうカスタマイズしたタイプが生き残って、現在に至るわけか。遺伝子いじって好みの子供を作ろうなんて、近未来SFで見たわ。
従者や奴隷用……プライベートな面がかなり見受けられるから、持ち主の好みが反映されたんだろうな。ロマンスグレーの執事がいいとか、巨乳系エルフメイドがいいとか……。
元の世界での、ゲームのキャラメイキングみたいなものだな。クローン云々は除外して考えるなら、かなり人気の出そうな仕様だ。
おそらくゲスな使い方をする奴もいたんだろうな。何気にエルフって美形揃いだし。……だからか、ひょっとしてエルフが美形なのは。
閑話休題。
四号浮遊島のクローン製造施設、制御室、転送陣を破壊する。爆薬を設置してこれらの施設を使えないようにして退避する。スクラップは残して、主な兵器は回収した。大帝国が世界樹を回収できるわけもなく、施設が利用できないなら、連中にくれてやってもいい。
SS兵らが爆破作業を進める中、俺たちは四号浮遊島から離れる。
途中、諜報部ならびに観測部隊から、大帝国の遺跡調査艦隊が、古代都市遺跡こと、ここに向かっていると報告を受けた。
今度はしっかり古代文明の戦艦を連れている艦隊だそうだが、こちらが増援を呼ぶこともなく、早々に退散するとしよう。
ポータルで七号浮遊島に戻ると、こちらの兵器回収作業は六割方、終了したとのことだった。
ダスカ氏とユナは居住区捜索をやっているようだが、アーリィーは手持ち無沙汰のようだった。
そこへ、リーレ&橿原組からの通信が入る。
『待たせたな、ジン。入り口らしき穴、見つけたぜ!』
「そいつは朗報だ。すぐに行くよ」
『場所は分かるか?』
「ああ、空にばらまいた偵察ポッドがトレースしてる」
浮遊石搭載の観測ポッドを無数に打ち上げ、その後も飛ばして数を増やした偵察網だ。SS諜報部の情報のほか、そちらでつかめなかった敵の動きを観測するために活用されている。
で、その観測ポッドからのレポートが来ていた。リーレたちが捜索していた遺跡方向に向けて、大帝国の小艦隊が移動しているようだ。まだ本国を出たばかりのようだが、調査と回収作業の時間なども考えると、もたもたしている暇はなさそうだ。
大帝国の艦隊が現地に到着した時に備え、アリエス浮遊島からも臨時編成艦隊を出しておく。
「ベルさん、アレティは、ポータルで直接ワンダラー号に向かってくれ。リーレたちに合流して捜索だ」
「わかりました、お父さん」
「了解だが、お前は? 来ないのか?」
「ちょっとした思いつきがあってね……。それを試そうと思う」
俺は、アーリィーを見た。
「アドヴェンチャー号に戻るが、操縦をお願いしていいかな?」
「もちろん」
アーリィーは微笑したが、すぐに眉をひそめた。
「で、いったい何を試そうっていうのかな?」
・ ・ ・
七号浮遊島の転送陣のある大フロアに、アドヴェンチャー号が置いてある。アリエス浮遊島とのポータルが繋がっていて、SS兵が警備と、小規模ながら即席のベースキャンプを作っている。
俺とアーリィーはアドヴェンチャー号に乗る。専属SSメイドのヴィオレッタ、ヴェルデが補助につく中、操縦席についたアーリィーが、船を浮遊させる。
「浮かせたけど、これからどうするの?」
「何もしなくていい。待機していてくれ」
俺はキャプテンシートのコンソールパネルを操作して、観測ポッド群の画像データを表示させる。
大陸中に飛ばした観測ポッドのうち、リーレたちのいる場所を見ているポッドのリアルタイム映像を呼び出す。
天候は晴れ。周りの地形がよく見える。
「これから転移魔法を使う」
「え……? ジン、何?」
「目標は、ワンダラー号が着陸している場所の上空、たぶん百メートルくらい」
困惑するアーリィーを余所に、俺は転移先の映像に意識を集中する。
転移魔法は、行ったことがある場所にしか使えない。何故なら、行ったことのない場所はイメージできないからだ。
転移先を明確に想像できなければ、転移はできない。だが逆にいえば、転移先の状況や景色がはっきりとわかるなら、転移できるということになる。
だが、ここで一つ問題が起こる。遠くへ転移する時、そこが今、どういう状況にあるかわからないということだ。
つまり転移した瞬間、何か障害物があったり、人や動物がいたら大惨事である。転移した先で何かに激突したり、埋まったりで、即死する可能性があるわけだ。
だから俺も、転移魔法は自分の見える範囲の短距離転移が主に使っていた。
しかし改めて考えてみれば、移動先を映像で補完すれば長距離転移も安全にこなせるのではないか。
ついでに、乗り物ごと一緒に転移できるか試してみる。対象範囲をアドヴェンチャー号すべてに広げる。普通に転移しても、身につけている装備や武具も一緒に飛べるのだから、範囲を広げればできるはずだ。
転移――
その瞬間、俺の周りのものすべてが一瞬透過した。だがすぐに元に戻り、しかし操縦室から見える景色が、遺跡内から青空に変わった。
「!?」
アーリィーが息を呑んだのがわかった。俺はすぐに観測ポッドの映像を睨む。そこには先ほどまで存在しなかったアドヴェンチャー号の姿が映し出されていた。
「成功だ。転移した」
観測ポッドと連動した長距離転移、これは使えるぞ!
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