第761話、移動する砦なんかどうかね?


 トキトモ領にある北の砦の拡張の後は、南の砦へと移動する俺とディーシー。


 ノベルシオン国が大帝国に組み込まれた以上、その戦力がもっともやってくる可能性が高いのが、南側である。

 領の南部は西寄りが広大な荒野、東寄りが大森林となっている。両者の間にトキトモ領の南行き街道が走っている格好で、南の砦は荒野側にある。


 南の大森林は魔獣の宝庫であり、これに対する監視も砦の役割のひとつである。なお、この南の大森林の向こうは大クレバスが旧トレーム領との間に走っているので、空を飛ばない限り、通行はできない。


 ちなみに、東側ギガントホルン山脈に要塞を作ったため、特に手を加えなかった東の砦は、山脈と同時に、南の大森林を監視する任務も兼ねていたりする。……この東の砦も後日、手を加えたい。


 さて、南の砦であるが、北の砦と同様、城壁を拡張して敷地面積を増やし、収容人数、兵器を増強。周囲の景観を気にすることなく、堂々とプラズマカノン砲塔を設置して、街道沿いに侵攻してくる敵も、砦へ迫る敵も、大帝国の空中艦にも攻撃できるようにした。

 全方向に対して12.7センチ砲を三から四門向けられるように配置したので、空こそ飛ばないが、大帝国製コルベットのウィリディス改造艦並みの火力を発揮できる。

 城壁内にはバイカースカウト部隊の他、魔人機部隊も常駐、運用できるようにした。また外にも防衛用トーチカや銃座を配置し、かなり大規模な拡張となった。


 ディーシーさんの城壁作りは手早く、その工事も一日で終わった。


 この世界の大抵の国の軍隊の水準なら、難攻不落と称してもいいレベルの拠点となったが、やはり心配は大帝国レベルの軍の場合。ゴーレムや戦車を大群で押し立ててきた場合、敵に多大な出血を強いることはできても、最終的には物量に負ける恐れはあった。

 砦単体ではなく、航空隊や航空艦隊と相互に協力することで、初めて勝ちが拾えると思う。


 そう……。相互支援だ。ズィートヴェダ要塞のようにカバーしあえると強いのだが。かといってポコポコ砦を建てると、近隣の領からあまりよく思われないし、傍目からみても過剰ととられかねない。本当はそれくらい必要ではあるんだけどね……。


 戦時には必要、でも平時には不要。まるで軍隊の存在価値みたいだな。まあ、戦争がなくても軍隊があるということは、他国への抑止力となるから、平時であっても決して無価値ではなく、むしろ必要だ。


 ただ平時だろうと軍を維持するのに金を食うから、文句が出てしまうのは仕方のないことだ。だが、世の中には使わなくて済んだほうがいいこともある。


 そう考えると、今は戦時だから領境の強化は、咎められる率が低い。目の前に危険が迫っているという大義名分があるからだ。


 ただなぁ……。


 あれもこれも強化するには、いくらダンジョンコア工法がある俺たちウィリディスでも、さすがに手が足りない。魔力を投じた割に、成果が見込めるかと言われると疑問符がつく。砦に使う資材を戦闘機や艦船に回したら? という話である。


 動けない防衛拠点は迂回されたらおしまいだが、動ける機動兵力は、必要な場所へ移動することができる。


 移動……移動ね。


 俺は閃く。いっそ、砦を動かしたらどうか? 俺の元いた世界では、ファンタジーやSFなどの創作作品において、移動要塞とか陸上戦艦とか出てきた。


 この世界でも、かつての機械文明が浮遊島を空に浮かべていた。アリエス浮遊島は軍港だが、移動要塞の側面も持っている。


 普段は、東西南北にある砦に初動対応をさせ、援軍を兼ねた移動拠点を戦地に派遣。相互支援ができるようにすれば、砦単体よりも防衛力を強化できる!


 ふむふむ……。俺は『移動砦』案について考え、その構想を練るのだった。



  ・  ・  ・



 アリエス浮遊島軍港に、ファントム・アンガー艦隊が帰投した。

 俺がディーシーと拠点強化に乗り出している間、連合国戦線における、大帝国戦力の漸減ぜんげんは行われていた。


「お帰り、ベルさん」

「おう。ニーヴァランカの帝国陸軍に大打撃を与えてやったぞ」


 黒猫姿で現れたベルさんは上機嫌だった。戦争は飽き飽きと言いながらも、大帝国相手となると話は別。この元魔王様をして積極的に戦場に立たせるのだ。


 聞けば、ベルさんの魔人機ブラックナイトと、マッドハンターの率いるAS中隊が、移動中の帝国陸軍大隊を襲撃。敵魔人機とゴーレム『鉄鬼』部隊を完膚なきまでに粉砕したという。


「ニーヴァランカの西側は平坦な地形が多い」


 存分にブラックナイトで暴れまわったベルさんは、実に楽しそうだった。


「浮遊ユニットで、こっちは地上ながら敵さんよりも速度に勝る。飛び道具の数でも圧倒しているから、連中の周りをグルグル回るだけの簡単な仕事だった」

「航空隊は?」

「近くの敵拠点を潰していた。そうそう、マルカス坊やがドラケンに乗って参加したから、奴から聞くといい」


 そういえば、廉価版ドラケンの初実戦だったっけか。ジョン・クロワドゥ大先生の航空機という触れ込みを、現在、連合国と大帝国に流布中である。


「で、お前さん、また何か書いてるのか?」

「うん。陸上艦艇ないし移動要塞案」

「何?」


 ベルさんが俺が書いているそれを覗き込む。


「……これ、フューリアス級か?」


 魔人機母艦である強襲揚陸艦の名前が出てくる。それは俺が書いている案1である。


「ああ、こいつの周囲に城壁艦を取り付けて、移動する砦ってのを考えてみた」

「ほぉ……。またおかしなモン考えてんだな」

「おかしいかな?」

「城を動かそうってんだろ? ……あ、でもそれならアリエス浮遊島があるだろ? あれじゃ駄目なのか?」

「今は俺の管轄だけど、そのうち王国に取り上げられるかもしれないだろ? それにあれを振り回していると、他国や他の貴族から狙われるかもしれないから、あの島は人の目に触れない場所に飛ばしておきたい」

「なるほど。……アンバルとかディアマンテで空から艦砲射撃させれば事足りるだろうに、それをしないのも同じ理由か?」

「まあね。それに、大帝国の空中艦には、ディアマンテやテラ・フィデリティア艦を使うが、空の相手をしている間に陸上部隊が攻めてきた時のために、陸上艦を用意しようって思ったのさ」

「……ああ、ノベルシオン国な」


 ベルさんが察した。


「帝国野郎は、この国を迂回している」

「最悪なのは、全方位を帝国に押さえられた上での、一斉進撃」


 まあ、そうはさせないように動くつもりだけど。だが何かしらのトラブルがあって、帝国に包囲を許してしまったら、現状のウィリディス艦隊だけでは対応しきれない可能性もある。


「手札は多いほうがいい」

「そいつは同感だが……」


 ベルさんが小首を傾げた。


「これ、またエマンやジャル公が欲しがるんじゃねえか?」

「ああ、それを見越して、フューリアス級揚陸艦をベースにしてるんだ」


 帝国から鹵獲した輸送艦を改造した強襲揚陸艦なら、アンバルなどの古代機械文明時代の艦より配備しやすい。それに――


「魔人機母艦は、いずれジャルジーのところに送るつもりだったからね。そのおまけみたいなものさ」


 北方ケーニゲン領にも戦力が必要だ。移動する砦とか、あいつも気に入ると思うよ。

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