第695話、トキトモ領アミナの森


 揚陸巡洋艦『ペガサス』以下、ウィリディス航空戦隊はヴェリラルド王国に帰還した。


 ちなみに、大帝国の捕虜たちは、ポータルで連合国の適当な国に送り込んだ。ダークエルフの民たちが殺気だっていたが、俺は島流しのほうを選んだ。生きて帰れるかは彼ら次第。はたして何人が本国の土を踏めるかな……?


 さて、トキトモ領へ移動する間も、保護したダークエルフたちの族長ルカー氏と打ち合わせを行った。

 領地の地理に詳しいサキリスを呼んで、ダークエルフたちの避難先の候補を選ぶ。


 ノイ・アーベントに避難する手もあったのだが、襲撃のショックを引きずるダークエルフたちを、人間の集落に住まわせるのはよろしくないという意見が出て却下となった。


 またダークエルフ側からは、できれば森がいい、という意見が出たので、ノイ・アーベントから南西にさほど離れていないアミナの森が選ばれた。

 サキリスは硬い表情で告げた。


「隕石の落下以後、このあたりは手つかずでした。元より魔獣の出没例があった森ですから、この半年近くで、元の環境に戻っている可能性が高い場所です」


 つまり、少々危険な土地だと、彼女は称した。これに対してルカー氏は――


「ニゲルの森も魔獣は多かった。その手の環境は、我ら一族を成長させる。むしろ歓迎だ」


 ……願わくば、このアミナの森が、ニゲルの森の以下であることを望む。想定以上にヤバイ土地だったら目も当てられない。

 これまでノイ・アーベントと街道整備を中心にしていて、それ以外はほぼ放置していたからな。


 さて、アコニトにポータルを設置して、ダークエルフたちに必要なものを避難先に運び出せるよう手配する。大帝国に襲われ、家財道具や私物などあまりないかもしれない。だが、離れる前に故郷にしばしの別れの時間も必要だろう。


「トキトモ侯爵殿の配慮、痛み入る」

「ポータルを繋ぐのは、あなた方がいずれ故郷に戻る時にも役に立つでしょう。あるいは、避難先から、ちまちまと故郷に戻って復興の準備をしたりとか」

「名案だ。ぜひ、そうさせていただく」


 ただし、ポータルの件は一族以外、他言無用に願うことは念を押しておく。秘密にしないのは、もう保護されたダークエルフたちはポータルを目にして移動しているからだ。大帝国の艦から一秒でも早く離れたいと言うので、ペガサスへ避難させた時にね。


「森の中で集落となりそうな場所があったら、そちらに任せるとして、それまでの天幕や必要な資材は、こちらが貸与します。必要なくなれば返却、もし以後も使用したいというのであれば、格安でお売りしましょう」

「先立つものは必要だからな。助かる」

「あと食料品については、我がウィリディスから必要分が確保されるまで提供。それとノイ・アーベントとの交易ができるように手配しておきます。こちらがあなた方に許可証を発行するので、ノイ・アーベントに出入りするのも自由だ――」


 俺が話の内容を忘れないように紙にペンを走らせていると、ルカー氏の反応がないことに気づいた。視線を向け、呆然とした目で俺を見る彼に言う。


「……ルカー族長?」

「ああ、いや。至れり尽くせり、というか、ここまでしていただけて、私も嬉しくあるのだが、困惑している」


 三〇〇歳のダークエルフさんが、そんなことを言った。


「我らはよそ者、それに種族も違う。だがこれでは、対等というか……優遇し過ぎて、何かあるのではないか、と不安になるのだ」

「……優遇というか、便宜は図っていますね。貧困による略奪とか、そういうのは勘弁願いたいですし、他の種族だからと暴力沙汰になるのもご免です。まあ、ノイ・アーベントとアミナの森で住む場所は分かれているので、そういった摩擦は最小で済むでしょう」


 難民を抱えすぎて、治安の悪化とか、信仰や生活の違いから誤解や衝突とか問題になることは多々ある。だが、そこまで大勢を抱えるわけではない。……そういえば、ノイ・アーベントの住人より、ダークエルフの民のほうが人数多いのか。


 ま、一時的なことだ。むしろトキトモ領は、春になって人々が活発に移動を始めた頃からのほうが大変だろう。


「まあ、お隣さんとは、なかよくやりたいじゃないですか」

「……そうだな。トキトモ侯爵殿とは、よい関係が築けると思う」


 ルカー氏はそこで小さく笑みを浮かべた。……この人、俺の前で初めて笑ったかもしれない。


「色々問題もあるかもしれないが、上手くやっていきたい」

「同感です」


 気分的には握手をして友好を深めたいところだが、ふとルカー氏が隻腕であるのを見て思い直す。そういえば机の上の飲み物をとる時、右肩が動くのを何度か見た。


「……腕、まだ慣れていないですか?」

「……うむ、どうにもまだ右腕があるような感覚があってな」


 ルカー氏は自嘲するような顔になる。


「大帝国の連中に切り落とされた。私だけではない、勇敢な働きをした戦士たちも、十数人ほどが同じように腕や足を切られた。奴らに逆らえないようにな」

「忌々しい話です」

「まったくだ。思い出しただけで腸が煮えくりかえる」


 険しい表情になるルカー氏。


「我らダークエルフの民は長寿だ。手足を失い、残りの長き人生を送る。私より若い者たちには、酷な話だ……」


 才能ある者たちが、それを発揮することができなくなった。彼、彼女らの生きる人生、目標、これまでの研鑽や経験、それらが活かされることなく絶たれてしまった者も多い。とても気の滅入る話だ。残る人生に絶望してしまう者もいるかもしれない。


 義手や義足――いわゆる義肢自体は、この世界にもある。もっとも現代のようなものではなく、器用に動かせたりはできない代物ではないが。


「……こちらで新式の義手と義足を提供しましょうか?」


 だから、俺は言ってしまうのだ。……腕を失い、打ちひしがれる冒険者を見たから。その辛さが他人事のように思えないから。


「まだ試作段階で、色々試さないといけないことも多いのですが、上手くいけば、手足を失う前とさほど変わらない程度で動けるようになると思います」

「そ、そんな義手や義足があるのか!?」


 ルカー氏は目を見開いた。だがそれも一瞬だった。


「……いや、大変興味深い申し出だが、そこまでする貴殿の真意は? さすがに善意だけではあるまい?」


 うま過ぎる話には裏がある――そう思われてしまったようだ。善意のつもりだったのだが、うん、まあ、その何だ、適当に理由をつけたほうがいいかな……。


「先ほど申し上げたとおり、試作段階で、まだ実際に試していないという話です。不謹慎な言い方をするなら、試してもらえる人材を探していた」

「……確かに愉快な発言ではないが、そのほうがまだ信用できる」


 ルカー氏は微苦笑した。


「危険はないだろうか? 実験動物になるつもりはないぞ」


 大帝国じゃあるまいし。そんなことはしないよ。


「痛くはないですし、身体に何か埋め込んだりはしません。まあ、試すかどうかは実物を見てから判断してください」

「そうさせてもらおう。……重ね重ねの好意的な申し出、改めて感謝する」

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