第692話、敵艦、強襲
ウィリディス軍の『アンバル』が、大帝国艦『クナーヴ』を引きつけている間、高空より4艇のヴァイパー揚陸艇が降下しつつあった。
シェイプシフターパイロットが操縦する揚陸艇は、2機ずつに分かれる。それぞれクルーザーと輸送艦へ突撃型ポータルポッドを送りつけるためだ。
まず標的として最初に狙われたのは、輸送艦であった。
突然現れた正体不明の空中艦の襲撃にクナーヴ号が対応する中、機関速度を上げた輸送艦『クイグ・シェ』号であったが、より速度に勝るヴァイパー艇から逃げられなかった。
クイグ・シェに狙いを定めたヴァイパー揚陸艇は、二手に分かれ、標的の左右から挟み込む位置についた。
この頃になると、輸送艦の見張り員も、接近する点のような飛行物体に気づいた。胴体が細長く、フレキシブルブレードが薄く正面から視認しづらいせいで、帝国兵には本当に点のようにしか見えなかったのだ。
しかも始末が悪いのは、輸送艦には武装が一切なく、迎撃することができなかったことだろう。
悠々と接近したヴァイパー揚陸艇は、運んできた二機の突撃型ポータルポッドを切り離した。
コピーコア搭載の突撃ポッドは、ロケットエンジンを噴かす。目標と定めた輸送艦をロックオンし、突入位置へ砲弾の如く突進した。
切り離された飛翔体が体当たり同然に向かってくるのを見た輸送艦艦長は、わずかに反応が遅れたものの、艦の高度を下げて回避するように指示を出した。
しかし、コピーコアにより制御される突撃ポッドには、軌道修正が可能な範囲でしかなく、右と左、それぞれ二機ずつのポッドの突撃を許した。
激しい衝突音、そして振動。乗組員たちが未だ体験したことのない衝撃が襲い、しかしすぐに静寂が訪れた。
だが彼らにとっての地獄はそこから始まった。
突入したポータルポッドの先端が開き、中のポータルが露わになると、揚陸巡洋艦『ペガサス』に待機していたシェイプシフター強襲兵が、満を持して艦内通路に侵入した。
その姿は、通常のシェイプシフター兵と同様、黒でまとめられている。メイン武装は、二本のSSダガーとライトニングバレット・ピストルだ。
まるで止まったら死ぬかのように、強襲兵たちはダガーを両手に通路を駆けた。被弾箇所の確認にきた帝国兵と出くわすと、有無を言わさず体当たりするように前傾突進。そのまま二本のダガーで刺殺した。
家屋に浸水するように静かに、艦内に広がっていくシェイプシフター強襲兵。それが同時に四ヶ所から起これば、遭遇した乗組員たちは「敵!?」の声を発した次の瞬間には血祭りにあげられていった。
艦内にようやく非常事態の警報が流れた時には、すでに強襲兵たちは艦橋、そして機関室に踏み込み、乗員たちを殺害してまわっていた。
輸送艦クイグ・シェ号は、10分と経たずに制圧されたのだった。
・ ・ ・
大帝国空中巡洋艦『クナーヴ』号――
ルライザー艦長は苛立っていた。先ほどから光弾を撃ちながら逃げる敵艦に追いつけずにいたからだ。
幸い、敵の砲撃による被弾はない。上手いのか下手なのかわからない敵砲手の腕前はともかく、クナーヴ号の主砲である15センチ連装砲は、いまだ一発の砲弾も撃っていない。
理由は明白。敵艦が射程距離外にいるからだ。
大帝国巡洋艦の主砲である15センチ砲は、最大射程1万6000メートル。発射速度は人力装填により毎分3発から4発である。
元々、空中を飛行する目標との戦闘が考慮されていないため、砲の性能はもちろん、その照準装置に関してもかなり原始的だった。しかし残念なことに、大帝国の空中艦乗組員たちに、その実感はない。
なにせ誕生からさほど時間の経っていない空中艦と、火薬を使った大砲技術である。……いや、むしろ一年程度でここまで仕上げたのはチートといってもよい。そんな彼らだから、自分たちは世界の最先端を進んでいると思い込んでいた。
「くそう、あの空中艦はいったい何なんだ……!」
ルライザー艦長は双眼鏡を握りしめる。
細長い船体に砲の配置、塔のような艦橋と、大帝国クルーザーと類似点は見られる。しかしエンジンにプロペラはないし、武器も実弾ではなく魔法系のようだ。……もしや、伝説の古代文明の遺産ではないか?
「まったく追いつけん! これでは主砲を撃てないではないかっ!」
怒鳴り散らしたところでどうにかなるものではない。仮に撃てたとしても、高速で移動する飛行体に命中させられるか、という大問題があるのだが、ルライザーの脳裏にはまったく浮かんでいなかった。
艦長をはじめ、艦の見張り員たちの注意が正面の敵艦に集まっている間に、それはやってきた。
『艦長! こちら左舷見張り! 本艦に接近する飛行体2! 八時の方向!』
伝声管から野太い声が響いた。左舷――艦橋の乗組員の視線が一斉にそちらへと向く中、見張り員からの慌てた声が続く。
『距離3000……あ、今、飛行体が何か切り離しました……っ! 新たな飛行体4! 突っ込んでくる!』
「左舷、速射砲! 迎撃はじめ!」
ルライザー艦長が砲術部門の伝声管に叫んだ。それはただちに砲術長に伝わり、砲術長は担当の砲――今回は左舷に装備されている8センチ速射砲群に命令を飛ばした。
クルーザーⅡ型には艦中央部に対飛竜用の速射砲3基ずつを4グループ、計12門搭載している。
もっともこちらも直接照準のため、ほぼ近接防空用で、向かってくる敵には、主砲よりはマシ程度の命中精度しかない。
しかも艦中央の右舷上方、下方、左舷上方、下方に配置されている都合上、片舷に向けられる砲の最大数は6門までとなっていた。
一応、飛竜の撃退に成果はあったので、まったくの役立たずではないのだが、突入してくる飛行体――突撃型ポータルポッドは飛竜よりも狙いがつけにくく、また速かった。
『飛行体4、依然として本艦と衝突コース!』
「回避だ、くそ! 面舵いっぱーい!」
艦長は操舵手に指示を飛ばした。だが展開翼とレシプロエンジンによる方向転換は瞬時にとはいかず、とても間に合うものではなかった。
結果、クナーヴ号は、4機の突撃型ポータルポッドの体当たりを許した。その後、被弾箇所から浸水するが如く、艦内に敵兵が乗り込んできた。
『艦内に敵兵が侵入!』
伝声管を通しての報告。さらに艦内に警報が響き渡る。それぞれの配置について各々任務を果たしていた乗組員たちの混乱は大きかった。
空を飛ぶ船に、どうやって敵が上船してくるというのか? そもそも、大帝国の空中艦とまともに戦う艦艇が存在することさえ、思っていなかった兵たちである。
最低限の白兵訓練しか受けていない空中艦乗組員たちは、片刃の片手剣を携帯して侵入者を待ち受ける。狭い艦内通路などで鉢合わせした場合、長物は邪魔になるのだ。
だが、侵入してきた敵兵は、彼らが思う以上に化け物だった。
シェイプシフター――
火属性の魔法にとんと弱い反面、物理耐性がスライム以上に高いモンスター。変幻自在に形や大きさを変え、隙間とみれば侵入できるそれらにとって、引火の危険性のため火属性魔法や武器が使えない閉所での戦いは、無敵に等しかったのである。
まさに、水を得た魚であった。
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