第680話、たまには息抜きを
最近、ひと目のない時、アーリィーが俺によく密着してくる。
とくに性的な意味はなく、ぬいぐるみに抱きついたり、あるいは子供の頭を撫でるような、ソフトな接触だ。
人と触れ合っているというのは不思議なもので、とても温かい。そして落ち着く。これは互いに好意を持っている相手だからかもしれないが、何かするわけでもなくただくっついているだけで、疲れやイライラが和らぐのだ。
「ありがとう」
俺がアーリィーの心遣いに感謝すれば、彼女もまた――
「ボクも気が紛れるから、お互い様」
書類に目を通す俺の肩に顎をのせ、彼女は耳元で言うのだ。
「ジンは働き過ぎだからね。少しは役に立ちたい」
「アーリィーがそばにいてくれると、俺は助かってる」
色々作業や仕事を手伝ってくれるし、夜は夜で可愛いしな。癒やされてる。
「君がいるから、俺も頑張れる」
これは偽りのない本音。婚約まで行ったけど、もしアーリィーが一緒でなければ、あるいは出会わない人生だったら、俺はこの王国に長居はしなかっただろう。すべては好きになった女のため――とか言ったらアレだけど。
「ボクも、ジンがいるからこうしていられる」
えへへ、とイタズラっぽく笑うアーリィー。
「君に出会わなければ、ボクは死んでいた。王子という呪縛から逃れて、本来の性別で生きること、自由にいられることもなかった。ちょっぴり冒険したし、新しい発見があったり、空を飛んだり、美味しいものを食べられたり……」
ぎゅっと、アーリィーが俺を抱きしめた。
「全部、ジンのおかげ。ありがとう、愛してるよ、ジン」
俺もだ。彼女のぬくもりを感じながら、そっと力を込める。
「それで――これからの予定は、ジン?」
「ノイ・アーベントに正式な食堂ができたから、その視察とランチ」
「それは知ってる。ボクも行くことになってるから。その後は?」
「工廠で兵器作り。街道を守るハイウェイ・パトロールとか、パワードスーツ。あと浮遊バイクの簡易型とか――」
「あー、あの変形するやつね」
アーリィーが俺の頬をつつく。
「ジンって、時々変なこと思いつくよね?」
「そうかな? ……そうかもしれない」
「だって鎧に車輪につける? ふつう」
ハイウェイ・パトロール――街道警備隊には、浮遊バイクのシェイプシフター兵と、地上走行型バイク的な機能を持たせたゴーレム兼パワードスーツを、配備しようと思っていた。
いまはトキトモ領に集落がほぼなく、街道を守る部隊は、長距離を高速で移動できるのが望ましいと考えたからだ。
「他には、強襲揚陸ポッドの改造とか、そうそう、TF-4の状況も見たいな」
前者は、プロトタイプがアリエス上陸戦で使用されたが、元々は大帝国の空中艦を襲撃して拿捕する計画のために進めていたものだ。
そして後者は、大帝国戦における主力戦闘攻撃機になるだろう新型機だ。試作モデルは出来ていて、テスト中である。
「兵器で思い出したけど――」
アーリィーが悲しそうな顔になった。
「セイランとシンク、壊されちゃったね……」
ウィリディス軍創設前より、俺が独自に作っていたバトルゴーレムの二機。ヒュドラ討伐にも参加した古参で、その勇姿をアーリィーも頼もしく見ていたのだが、アリエス島での戦いで異形によって破壊された。
「残念だけど、搭載したコピーコアは無事だったからね。直せるし、パワードスーツ作りのノウハウもあるから、もっと強くすることもできる」
慰めるように言う俺だが、正直、パワーアップの上で復活させる気満々だったりする。
「バトルゴーレムではあるけど、コアがあるんだから専用パワードスーツとして再生するのもありかな」
どうしようか。妄想がはかどる――
「ジンって、こういう時、楽しそうな顔をするよね」
アーリィーがそんなことを言った。はてさて、鏡がないのでね、いま俺がどんな顔をしているかわからないが。
「物を作るのが好きなんだろうな、それは」
元の世界にいたころは、そこまで作ることに没頭したりするタイプではなかったんだけどね……。
あれかな、この世界にきて、英雄として戦い、色々なものを壊してきた反動かもしれない。昔読んだノンフィクションで、従軍した兵士が社会に戻った時、何かしらモノを作ったり、育てたりする仕事につく場合もそれなりにあるって話。
破壊と再生、そのバランス。人間、何事もバランスなのだ。どちらか一方に片寄るのはよくない。
・ ・ ・
ノイ・アーベントの開発は進んでいる。
住民たちの家だけでなく、それ以外の建物も揃いつつあった。
サキリスとユナ、近衛の魔術師たちには、建築用の能力を与えたコピーコアを持たせて、都市作りをさせている。
これらの建築コアは、テリトリー化と、その範囲内で、魔力を使って壁や床、天井を作る。
ちょっとしたゲーム感覚なのだが、テリトリー解除後のことも考えて、きちんと基礎から手抜きをせずにやらせている。そのあたりは、パルツィ氏から入手した建物構造図と、専門家のアドバイスのもと進めていた。
ダンジョンコア工法は、魔力を消費するため、そのコピーコアを扱うのは魔力量の多い者、とくに魔術師が中心となる。
初めは近衛の魔術師の中に、この手の作業に難色を示した者がいたが、即席野戦築城技術の向上訓練である、と言ったら真面目に取り組みだした。
何もないところで即席の防御陣地やシェルターを作れるのは魔術師しかいない! とか適当なことを吹き込んだら、意気に感じたようだった。
気づけば、魔法で建物作りが面白かったらしく、予想外に建築は進んでいた。もとより魔術師は凝り性なのが多いのか、没頭して倒れてしまう者もいた。そういう奴を、ベルさんは容赦なく「間抜け」と称していた。
さて、そんなベルさんと、俺とアーリィーは合流。さらにパルツィ氏を招いてノイ・アーベント初のレストランへ赴いた。
ウィリディス食堂で研鑽を積んでいる料理人の中の希望者と、シェイプシフターメイドならびに料理人が働く店である。
ちなみに、その料理はウィリディス食堂で使われる魔力生成食材や調味料が使われ、やってくるだろう旅人や行商たちの疲れを癒やすと共に、その胃袋を鷲づかみにするだろう。
そもそも、この世界には、まだ現代形式のレストランは存在せず、せいぜい宿屋の食堂とか居酒屋くらいしかない。多種多様な料理を選ぶことができること自体、旅人にとっては贅沢なのである。
料理自体は普通によかった。
というのも、俺たちウィリディスの食事に慣れた人間にとっては、さほど珍しいものではなかったからだ。
ベルさんが、なんてことはないという顔でステーキを頬張る一方で、パルツィ氏が興奮してモリモリ食べていたのが好対照だった。
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