第594話、新年明けました、さようなら


 12の月の最終日が終われば、1の月。新たな一年が始まる。


 ヴェリラルド王国では、年末に何か行事があるか聞いたら、大晦日とお正月の二日間は家で家族揃って静かに過ごすのだという。

 そしてこの日のために特別なワインを用意して全員で飲む、というのが行事らしい行事なのだそうだ。……へぇ、面白いな。

 初詣じみた教会や神殿参りなどはしないらしい。


 ただ何となく、日本人としてはそれではさみしいので、最近再現したそばを作って、年越しそばを食べた。


 参加したのは、俺とアーリィー、それと橿原かしはら。他に何人かが、好奇心からそばにチャレンジしたが、スープ入りの丼で麺をすするというのが難しいらしく、芳しい反応はなかった。特にベルさんが難しい顔をしていた。……ふだん猫の姿をしているから猫舌ってわけじゃないんだけどな。


 ただ最近、そばやうどん、麺類の再現にこだわっていた橿原は、感無量な様子で涙をほろりと流していた。俺も麺類は好物だ。彼女は、次はラーメンを作りたいですね、と言っていた。


 翌日、1の月の1日。起床して、まずアーリィーに新年の挨拶。今年もどうぞよろしく。その後の朝食、屋敷にいる人間に会うたびに「明けましておめでとう」と声を掛けた。


 マルカスは実家だな、と思っていたらポータルを経由して、こっちに来ていた。リヒト君とラッセ夫妻も一緒で、新年早々の挨拶。わざわざ来てくれたとか、初詣されているみたいだな、と思った。


 家でまったり過ごすヴェリラルド王国流の新年の過ごし方を堪能たんのうする面々をよそに、地下屋敷三階の会議室に赴けば、そこにはダスカ氏とディーシー、そしてスフェラがいた。


「おはよう諸君。……ダスカ先生、今年もよろしく」

「こちらこそ、よろしくジン君」

「主様」


 漆黒の魔女の姿をとる姿形の杖、スフェラが深々と頭を下げた。


「リーパー・スコードロンから、敵諜報員拠点を制圧したと報告が入りました」


 刈り取り中隊――リーパー・スコードロンは、シェイプシフターで構成された部隊である。

 ま、うちの部隊は、ほぼシェイプシフター兵ではあるのだが。


 もともとは、リアナが求めた少数精鋭による特殊部隊構想から生まれた。


 水陸対応型パワードスーツ、TPS-4ウンディーネの試作段階から、敵地への潜入、要人暗殺や破壊工作を目的とした部隊の創設が開始された。


 要するに、リアナ直属部隊の構成員たちである。そのメンバーは特殊作戦用に訓練が施されたシェイプシフターだ。


 そして、今回、前々より内偵を進めていた大帝国の諜報グループを殲滅せんめつすべく、練成を進めていたリーパー・スコードロンは出撃した。


 敵諜報員については、大帝国帝都に潜入するSS諜報部が掴んだ増派情報から、王国に入り込んでいるスパイの素性を割り出し、その所在を掴んでいた。


 さらに先日、王都商業ギルドのパルツィ氏らの協力で、敵の確証を掴んだ俺たちは、新年早々、敵諜報網の排除と、その乗っ取り作戦を発動させたのだった。


 オペレーション・パラサイト。――寄生生物作戦。


 リーパー・スコードロンのシェイプシフターたちは、敵の秘密拠点に侵入、敵スパイを一人ずつ奇襲し殺害。町中で活動するスパイに対しても、姿を変え、あるいは影に忍び、不意打ちで仕留めていった。


 敵スパイを殺害した後は、シェイプシフターの後続部隊が敵諜報員に化け、あたかもスパイ活動が続いているように振る舞う。大帝国本土からの指令を受け、それをウィリディスに流し、嘘の報告や情報を本土へ返す。


 これがパラサイト作戦である。


 情報網が生きていると思わせることで、新たな諜報員の増援を防ぎつつ、仮に増えても来た早々に殺害する。

 大帝国は重要な情報を得ることができず、また嘘の報告で騙されるというわけだ。


 こちらは敵の本土からの重要情報を入手し、素早く報告を受けられるシステムを構築している。人間を使った諜報戦が主なこの時代で、俺たちは、大帝国に対し、こと情報戦で圧倒的勝利を獲得しつつあった。


「ですが、まだ主な構成員を処理したに過ぎません」


 スフェラは、例によって機械のような冷静さで告げた。


「頭は潰したが、まだ手足が残っている、ということだな」

「実に面倒なことだな」


 俺の言葉に、ディーシーが同意すれば、ダスカ氏は言った。


「諜報員は現地で協力者を作りますからね。諜報活動において、他国から来た人間よりも現地にいる人間のほうが信用されやすく、また情報収集がしやすい」

「そういう奴に限って、案外騙されているのに気づかないんだよな」

「国に不満を持っている者もいれば、相手が諜報員と知らずにスパイ活動に協力している場合もあるでしょうね」


 いわゆる、お金で買収されたり、色仕掛けハニートラップを仕掛けられたり、脅迫されたりと、方法はそれぞれではある。


「それらの協力者は、無自覚のうちに重要情報を敵国に流したり、破壊工作をしてしまったりするのです」


 脅しの例で言えば、エルフの里の結界を破るために青肌エルフが、エルフを脅迫して結界魔石を破壊させたことがある。あれも一種の諜報、いや破壊工作だ。


「この現地協力者の対処が問題だな……」

「何故だ、主」


 ソファーの上でゴロゴロしながら、俺を見上げるディーシー。


「協力者が、あからさまに王国に敵対的でそのために犯罪も辞さない奴なら、捕まえるなり処刑するで済むが、知らず知らずのうちに協力者になった者に対しては、あまり派手に処罰すると、色々なところから反感を買いやすくなるんだよ」

「……度し難いな」

「そういう協力者にだって、家族や友人、恋人がいるからな」


 裏切りには罰が必要だが、やり過ぎて余計な敵を増やすのはよろしくない。新たな敵性協力者を生む恐れがある。身内の恨みは中々深いからね……。

 スフェラが、すっと俺を見つめる。


「如何なさいますか、主様?」

「まあ、スパイ活動に無自覚な奴は、適当に冷遇しておけば離れていくだろう。積極的にスパイするような奴は逮捕して、国や現地の領主に処分を任せる」

「承知しました。リーパーの後を引き継ぐパラサイト部隊には、そのように伝えます」

「よろしく。……あとで報告書を頼むよ」


 俺は席を立つ。ちょうどそこへ、黒猫姿のベルさんが会議室にやってきた。


「おい、新年おめでとう、ジン」

「おめでとう、ベルさん。……ついさっき起きたのかい?」

「ゆっくりのんびり過ごすのが、新年の正しい過ごし方だろう?」

「最近、ベルさんはのんびりし過ぎだと思うね」


 かもな、と黒猫は首を振った。俺の贈ったマフラーが揺れた。


「なあ、ジン。お前さん、独楽こまを持ってただろう。エマンと遊ぶから出してくれ」

「独楽?」


 いや、持ってるけどさ。去年、新年の遊びだって言って、作ってベルさんや仲間たちを集めて遊んだ……。

 エマン王と独楽で遊ぶ――それを想像して、俺は苦笑した。いい歳こいたおっさんが、独楽に興じる姿はちょっと面白いかもしれない。


「人生楽しんでるな、ベルさんは」

「世の中、楽しんだもの勝ちだ」


 ニヤリとベルさんは笑った。


「おう、ダスカ。お前さんもやるか?」

「いいですね。今年は勝ちますよ――」


 すっと立ち上がるダスカ氏。そういえば去年の独楽大会にもバッチリ参加していたな彼も。

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