第572話、情報収集と商人
商業ギルドで品探し、というかアイデア探し。
俺が商業ギルドを訪ねると、パルツィ氏が飛んできた。
「今日は何のご用でしょうか?」
サブマスのひとりである銀髪の男が訪ねてきたので、商業ギルドの登録にきた、と言えば、彼は喜んで手続きをしてくれた。
何を扱うか決めてないんだけど、と言ったら「ジンさんなら決まったときでいいですよ」と、パルツィ氏は俺を
「ジンさんなら、何を扱っても多分いいものだと思うんですよ」
パルツィ氏はおだてるように言うのだが、決してめがねの奥の瞳は笑っていない。
「たとえばそちらのコート、かなりの上物のようですね」
「これ? うん、温かいですよ」
「お借りしても?」
「いやですよ。俺が寒いじゃん」
商業ギルドのホールは、冬ということもあって寒い。ウィリディス屋敷で適温に慣れていると忘れそうになる。
「また次の時に、持ってきますよ」
「お待ちします」
パルツィ氏は頭を下げた。……何だろう、まるで王族に対するような態度みたいだな。俺、まだアーリィーと結婚していないから、そこまで恭しくしなくていいんだよ?
「よろしければご案内しましょうか?」
要するに、世間話がしたいのだろう。この手の商人は、ありとあらゆるところに商売のタネやヒントがあるのを知っているのだ。
「ありがとうございます。実は、家人に贈り物をしようと思っているんですよ」
「なるほど」
それだけで、俺がどういう類の品を求めているのか見当を付けたパルツィ氏の足取りは迷いがない。話したいことはいくらでもあるだろうが、俺もパルツィ氏に聞いておきたいことがある。
「最近、景気はどうです?」
「まあ、ぼちぼち、と言ったところですね。少々空いているように見えますが、例年と特に変わりませんね」
「他の国との取引は?」
「そうですね……。今は西側に物資が流れています。後継者問題とか、反体制派の反乱とか、西方諸国はここ数ヶ月きな臭いですから」
小さく唸るパルツィ氏。
「ここヴェリラルド王国も少し前までそうだったんですけど、ジンさんが活躍された頃からかな。アーリィー殿下が女性になられて、後継者問題がすっきりして、だいぶ安定してきてます。……そういえば色々ありましたねぇ」
「ありましたね、色々」
「ダンジョンスタンピードにエンシェントドラゴン。武術大会の悪魔、大魔術師マントゥルの襲来……よくもまあ、今は平穏無事に済んでるものです」
全部、俺関係してるな。これには苦笑するしかない。
「そういえば今年、北のシェーヴィル王国が陥落して大帝国に支配されてしまいましたから、そっちにパイプのあった連中は苦労しています。だいぶ勝手が違うってね。次はこの国が危ないって、商売拠点を移そうとしている者も少なからずいるようです」
「まあ、大帝国ですからね。そのうち来るでしょうよ」
世間話を装い、俺はパルツィ氏を見た。
「どう思います、パルツィさん? 商人の勘、大帝国はいつここに来るでしょうか?」
「私もはっきりした情報があるわけではないですが……」
パルツィ氏は遠くへ視線を向ける。
「早ければ、冬を越して食料事情が好転する頃には、攻めてくるかもしれませんね。北方のジャルジー公爵が防備を固めているらしいですが……あぁ、これはジンさんのほうがお詳しいのではないですか?」
王族とパイプがあると思われている俺である。まあ、そうですね、と頷いておく。
「王国軍では魔法甲冑という新兵器を作って、大帝国に対抗しようとしてますね。あと、大形魔獣用の武器とか。……小耳に挟んだのですが、ジンさんがそれらの発明に関わっているとか」
さっきから曖昧な返事しかできない俺である。否定してやりたいところだが、先のシャッハの反乱事件で、披露してしまったからね……。
「ジンさんは『賢者』だそうですね」
「別に名乗った覚えはないんですけどね」
釘を刺しておく。パルツィ氏は考え深げに顎に手を当てた。
「ひとつ確認したいことがあるのですが……。賢者様は、近いうちに引っ越しのご予定はございますか?」
「……いいえ」
「そうですか」
今の問い――俺は、パルツィ氏の意図を感じ取った。
要するに、大帝国が攻めてきますが、あなたは逃げる予定はありますか、と。
商人というのは情報に通じている。商売のタネのためでもあるが、己の身を守るための術でもある。
普通に考えて、西方諸国ではそこそこ強いとはいえ、ヴェリラルド王国が単独で、大帝国に勝てるとは思えない。
周辺国と団結すれば多少は話が変わるが、その国々はそれぞれ内紛などを抱えていてそれどころではない。
客観的に見て、商人たちは今後の身の振り方を考えている。王都商業ギルドでさえ、先行きに強い不安感を抱いているのだ。
そこで賢者と言われ始めた気鋭の英雄の行動を、判断材料のひとつとしようとしているのだろう。俺がそそくさと逃げる準備をするのなら、商人たちは危険を察して王国からの避難を考える。
だが留まるというのであれば、何か大帝国戦において勝機なりがあるのではないか……と。
となると、俺がここで何を買うかも、そういう逃げか残るかの判断材料にされるかもしれないな。
ウィリディスで軍備を整えています、というのは簡単だが、残念ながら機密事項だからね、言えないんだわ。
「そういえば、パルツィ氏。最近、異国の商人って増えてます?」
話を切り替えたら、一瞬、彼は虚を突かれたらしくぽかんとした。だがすぐに首を振る。
「ええ、まあ増えているかといえば……増えてますね、ええ。とくに大帝国にやられた国から逃げてきた商人が。いや商人だけじゃなく傭兵とか冒険者も」
傭兵や冒険者――ああ、パルツィ氏がわざわざそう言ったのは。
「やはり、スパイですか」
「ジンさんも、そのつもりで聞いたんですよね?」
そうなんだけどさ。さすがにその辺り、敏いな。
「ここ最近、あからさまに向こうからやってくる人間の数が増えたなぁ、とは思っていたんです」
「あからさまですか」
「えぇ、あからさまです。明らかに、こいつ商人じゃないなって奴も混じってます」
「わかるんですか?」
「そりゃわかりますよ。信じられます? 商人が情報収集するのは当たり前ですけど、その対価が商談ではなくお金だけ寄越すなんて。自分のとこの宣伝もしないで、お前、商売する気ないだろって」
パルツィ氏は鼻で笑ったが、すぐに表情を引き締めた。
「だからこそ、気になっていたんですよね。こんなやり方で情報を得ようとする奴が目に見えて入っているってことは、急ぎの用件か、なりふり構っていられない状況かなって」
なるほどね。確かにヴェリラルド王国に潜入していた工作員のチームは、先の武術大会の頃に、俺たちで一掃してしまったからな。
西方諸国侵攻を目論む大帝国にとっては、情報収集能力が著しく落ちているから、再建を急ぐのもわかる話だ。SS工作員が寄越した増派計画も、その補強を目的としていたし。
パルツィ氏が、大帝国の侵攻時期を春と予想したのも、そうした動きを感じたからだろうな。
「もう少し、詳しい話を聞きたいですね」
俺は、商業ギルドのサブマスに視線を向けた。
「ちなみに、見返りは何が欲しいですか?」
「今後とも、よき付き合いを。ご贔屓にしてくだされば」
パルツィ氏は人好きのする笑みを返したが、やはり目は笑っていなかった。
商人というのは怖いね。相手に価値を見いだしたら、とことん付き合おうとするんだからさ。
目先の品や代金を求められるより、よっぽど怖い。
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