第571話、ジンを探して
「働き過ぎ、でございますか?」
「そう」
サキリスの言葉に、アーリィーはうんと頷いた。
王子様だったアーリィーが王女様になって、早数ヶ月。サキリスが主人と仕えるジンの妻の座が決まっているアーリィーは、物憂げな顔をするのだ。
「ジンは、働き過ぎだと思うんだ」
「恐れながら、わたくしも、そう思うことはございます」
ただ、彼が疲れると、その分、サキリスを頼るので、本人的には内心では嬉しかったりする。だが疲労で体調を崩されたりしたら、それはそれで困る。
とくにここ数日のジンは、休みなく働いている印象がある。エルフの女王との会談に始まり、エルフの里への出張。戻ってきたかと思えば、研究室で何やら作業を進めている。
何やら、というのは、サキリスをはじめ家の者は、シェイプシフター以外遠ざけられている気がするためだ。
普段なら、わからないなりにも、「こういうのを作っている」と説明してくれるジンなのだが……。
いや、何を作っているかはわかっている。それが何なのか詳しい説明がないだけで。
武器とか魔法具、と説明が簡潔なだけなのだ。
「……」
「そんなわけで、ボクはジンを休ませたいと思っている」
アーリィーは言うのである。それについてはサキリスも異存はない。
「では、今夜あたり……」
ご主人様を癒して――と言いかけるサキリス。だがアーリィーは首を横に振った。
「それが今日明日は無理そうなんだ。仕上げなければならないものが多くて、だって」
「明後日は、パーティーがございますね」
「うん、クリスマス・パーティー。……ボクもよくわからないんだけど、異国のお祭りみたい」
「その準備でしょうか? 食堂の料理人たちが、ご主人様の指示でパーティー用の料理を準備していると聞いております」
「かもしれない」
金髪ヒスイ色の瞳のお姫様は眉をひそめた。
「その前までに終わらせたい、ってことなのかな?」
「明日は、わたくしたちメイドは、パーティー会場の準備をする予定です」
うん、と頷いたアーリィーは、サキリスを見つめた。
「今日は? 何か、ジン絡みで仕事は?」
「いえ、平常通りです」
「そっか。……ボクたちで何か手伝えないかな」
小首を傾げるアーリィー。その仕草がまことに少女らしくて、可愛いとサキリスは思った。
「外は雪が降ってて、訓練もなし。ちょうどヒマなんだよね。サキリス、ちょっと付き合ってくれる?」
「はい、お供します、アーリィー様」
二人はウィリディス屋敷の一階へと降りる。
外が見渡せる大窓がある居間を通りかかると、机を挟んでマスター・ダスカとリーレ、そして
「――整理すると」
マスター・ダスカは手にした書類を見つめたまま立ち上がった。
「現状の大帝国の召喚式は、呼び出す対象を選ぶことができず、何が呼び出せるかは実際にやってみないとわからない、ということになります」
「つまり、どういうんだ?」
リーレが恨めしそうな声を出せば、マスター・ダスカは言った。
「おそらく、指定が場所になっているのです。召喚儀式は、異世界にジン君が使うポータルのようなものを現地に送り込み、そのポータルの発生箇所にいた人やモノを召喚しているのでしょう」
だから、同じ召喚式を用いた召喚でも、何も出てこないことがある――と、机の上に広げた紙の一枚に手を伸ばして、リーレに渡すマスター・ダスカ。
「これは?」
「ミス・トモミが召喚された時の召喚式です」
橿原トモミの表情が曇る。
「召喚された時は、あなたは一人だった。……そうですね、ミス・トモミ?」
「はい」
「ですが、三日後、同じ召喚式を用いられたとき、今度は二人の少女が召喚された。……以前、聞いていた、あなたのご友人――そうですね?」
「ええ……そうです」
橿原トモミは頭を抱える。
「……つまり、彼女たちは、わたしが消えた場所にいたから、運悪くこちら側の召喚に引っかかり、わたしと同じく飛ばされたと」
「そう読みとれますね」
マスター・ダスカが頷く。リーレが同情するような目を橿原トモミに向ける。
「トモミの友人は気の毒だったけど、でも逆に、お前の世界への手がかりがあるわけだ。あとはこっちから向こうへ行ける方法さえわかれば、トモミは帰れるんじゃないか?」
「そうですね。問題は、その向こうへ送る方法です。何せ、こちらへ連れてくるばかりで送った事例はひとつもありませんから――」
召喚云々と難しい話をしている。アーリィーとサキリスは顔を見合わせた。
リーレと橿原トモミは、異世界からこの世界に召喚された人間だという。ジンやベルさんから聞いた話では、大帝国の仕業だとも。
帰る方法を探しているという彼女たちに、マスター・ダスカが魔術師として協力しているが、まだまだ難しいようだ。
邪魔しては悪いと思ったか、アーリィーは頷くと、サキリスは彼女と共に居間を後にした。隣のキッチンには、メイド長のクロハがSSメイドと調理をしている。
「あ、アーリィー様、サキリス様」
そのクロハが手を止める。またこのメイドは――とサキリスは口を開きかけるが、アーリィーの前なので自重した。クロハは元サキリス専属のメイドだったため、いまだに『様』をつける癖が抜けない。
そんなサキリスの心情を余所に、アーリィーが単刀直入に聞いた。
「ジンが今どこにいるか知らないかい?」
「さあ……研究室ではないでしょうか。一度アマレロがコーヒーを持っていきましたが」
SSメイドの名前が出た。アマレロは黄色い髪のシェイプシフターだ。
「うん、今はいなかったんだよね」
だから探しているんだ、とアーリィーが言えば、クロハは目を瞬かせた。
「お探しでしたら、サフィロに所在を確かめられては……」
屋敷を管理するダンジョンコア『サフィロ』。確かに彼女に問い合わせれば、たいだいわかるのだが。
「いや、それしちゃうと、サフィロがジンに声をかけて返事してくれるでしょ? もし作業の邪魔しちゃったら悪いよ」
魔法金属の生成とか、集中している状況で、ダメにしちゃったら目も当てられない。最近のジンは、兵器作りに精力的でしかも多忙だ。余計な苦労はかけたくないとアーリィーは思っている。
「適当に探すからいいよ。……ところでクロハ、そのプリンは?」
「はい、近衛隊のオリビアさんの分です。あとでお茶をいただくことになっていますので」
「そう、がんばって」
アーリィーが歩き出したので、サキリスも後に続く。地下研究区画。ジンの研究室は空だったが、他の研究室にいる可能性があるので、そちらを当たる。
ユナ先生と、エルフのガエアが、初めてみるパワードスーツをいじっているのを見つけた。……また新型を作っている。
「ジンは見かけた?」
「いいえ」
ユナ先生が、無感動な目を向けて答えた。
「お師匠は、商業ギルドへ出かけられましたよ」
なんと、ウィリディスにいない! かすかに驚くサキリスだったが、アーリィーはそれ以上だった。
「まったく聞いてないよ!」
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