第509話、カラン集落再び
あいつがいる……。
村の中に、あの黒くて大きな獣がうろついているのがわかる。
ヴィスタは顔をしかめる。身動きができなかった。
カラン集落は生まれ故郷だ。ダークエルフによって滅ぼされ、家族を惨殺された。復讐を果たし、一人になって悲しみを噛みしめ、ようやく整理がついて、復興に向けて前向きになったところだった。
あの獣が集落に潜んでいた。
カラン集落に親族がいたり、縁のあった者たちが新生カランを復興させようとやってきたところを、あの魔獣らが牙を剥いてきた。
偉大なる精霊よ。何故、カランに縁のある者ばかりに不幸をお与えになるのか。世界は、カランの存在と、そこにいた血筋を全て絶やすおつもりなのか!
何とか家に隠れられた者は助かった。だが外にいた者たちは全滅だ。ヴィスタも戦ってみたものの、あまりの速さに手も足も出なかった。
ジンがこしらえてくれた、ギル・ク改の防御魔法機能がなければ、おそらくやられていた。
自分は運がよかった。だが、このまま隠れ続けることは難しい。先のダークエルフの襲撃で、あらかた食料は奪われ、燃やされた家も少なくない。
ヴィルヤから援軍がきたようだが、それも返り討ちになったようで静かだった。このまま、座して死を待つことしかできないのか……?
ひたひたと死の足音が聞こえる。そしてあいつの唸り声も。
・ ・ ・
俺はシェイプシフター陸戦隊と共に、古代樹の森のエルフ集落へ近づいていた。
周囲を深い森に囲まれたカラン集落。木造の民家にツリーハウス。崩壊した建物もあって、まだゴーストタウンな雰囲気が強い。
表にエルフの姿はない。
「ディーシー、敵の数はわかるか?」
「十五体。種族は、マントゥルのダンジョンにいた高速狼型とほぼ同じだ」
DCロッドによる索敵により、敵の数は筒抜けだ。ディーシーが表示したホログラフィック状のマップには、敵の他に生存エルフの位置も出た。
「生存者は、5人か」
「嫌な予感しかしねぇな」
暗黒騎士姿のベルさんは言った。その視線の先には、集落内を徘徊する 狼型の魔獣。
確かにハイスピードウルフだ。全身黒い体毛に覆われた犬だか狼だかに似た顔つきで、その身体は虎のように大きい。
「主よ、ヴィスタがいた」
ディーシーが、とあるツリーハウスの二階を指さした。家は見えるが、外から中の様子は見えない。ちゃんと隠れているということだ。
「とりあえず無事でよかった」
「後は狼退治だな」
しかしベルさんは首を傾げた。
「どうしたものかな。攻撃は単純だが、おそろしく速い。リアナ嬢ちゃんの銃も、避けたんだよな?」
「初弾は当てた」
リアナは愛用の狙撃銃を構える。
「ただし二発目は避けられました」
「意外に賢いかもって思ったんだ」
俺は目を細めた。
「まあ、倒し方は、前回やったからな。ヨウ君の手を利用させてもらおう。ガーズィ」
『イエス・サー』
シェイプシフター兵を率いるリーダーがやってきた。俺は、シェイプシフター兵たちに、ヨウ君直伝の影爆戦法を伝えた。
『承知しました。お任せください』
ガーズィは手榴弾を取ると、部下のSS兵に指示を出して、集落へと忍び足で入っていった。
それを見守りつつ、ディーシーが言った。
「我らはどうする? 主よ」
「黙って見守るさ。すべて上手くいけば、俺たちに出番はないよ」
「本当にそうかな?」
「どういう意味だい、ベルさん」
確認する俺だが、口を開いたのはディーシーだった。
「数が増えた。右側面より七体。こちらへ突っ込んでくる!」
「右って――見えない!」
森の木々、茂みのせいで視界不良。だが向こうは野生の狼ばりに、広い索敵範囲を持っているってことだろう。隠れているこっちに来ているってことは!
突進して食らいついてくるんだろ? だったら、防御魔法で第一撃を止める! 相手が早すぎてみえなくても、障害物をすり抜けてくるわけじゃないんだからさ。
体当たり、牙、爪などに備えて、光の障壁あたりでいいだろう。
ちなみに光の障壁は、別に光が壁になるわけではなく、光の屈折によって見えない壁が形成されるのであって、光自体が防御効果を持っているわけではない。
直後、ドンと、激しい衝突音が至近から響いた。やっぱ速いわ。一瞬でも判断が遅ければ、食らっていたぞ。
とか言っている間に、さらに二回。先ほど視認したやつと、別のもう一頭が同じく突進してきた。
「ディーシー、無事か?」
「何とかな」
彼女も障壁を張って自分とリアナを守ったようだ。ベルさんは、言わずもがな。
「相変わらずやべぇね、こいつら。視認できないほど速いわ」
前回は、確かスケルトンで壁を作ったから、突進してきても骸骨たちが砕けながら奴らの足を止めてくれていたっけ。
ベルさんが、ライトニングの魔法を放った。ハイスピードウルフは、瞬時に飛び退いた。見えていると避けられるんだなぁこれが。
獣は一気に十メートル以上離れた。あまりに速すぎて、一度ステップを踏むとそれだけの距離を飛べるのだろう。
ガンっ、とまた別の魔獣が俺の死角から飛び掛ってきた。障壁なかったら、マジやられたぞ。
あっさり囲まれてしまったな。
「ストーンウォール!」
地面の土砂を瞬時に石化、それらがせり上がり壁となって、ドーム状に俺たちの周囲を覆った。直後、体当たりされたと思しき衝突音がした。……もしかしたら一頭ぐらい頭からいって衝突死していないだろうか。
「とりあえず、シェルターはできた」
俺たちを囲む岩のドーム。わずかな隙間が空いているので、光が差し込み、空気も入る。ただ狭いので、そのうちやや暑苦しくなってくるだろうが。
少なくとも、あの黒い魔獣はせいぜい手を突っ込むくらいしかできないだろう。突っ込んできてもこちらには届かないし、その手を切り落としてやるけどな。
さて、ここから仕切り直しだ。
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