第486話、矛盾と提案


 グレイブヤードが抱えている矛盾。それは、奴隷を守るために支払らわれる金を目的に、新たな奴隷が生まれていることだ。


 犯罪奴隷や借金奴隷に関しては仕方がない。しかし、本来奴隷落ちしないで済む人間が、お金目的にさらわれ、売られてしまう。

 不正奴隷を助けるために使ったお金が、悪党を潤わせてしまっているのだ。


「そう、まさにその指摘は、我々グレイブヤードが抱えている問題です。実に嘆かわしく、また憂慮すべきことです」


 ちら、と青年は俺を見つめる。


「そこでジンさんに相談があるのですが、私たちと協力関係を結びませんか?」

「協力関係?」

「よりはっきり言えば、グレイブヤードに入りませんか?」


 グリムの提案。聞いていたエリサが息を呑む。ふむ――俺は淡々とした表情を崩さずに返した。


「なるほど。実行部隊になれ、と言うことか」

「理解が早くて助かります」


 真面目な顔でグリムは言った。


「我々が不正奴隷を保護しても、根っことなる部分がそのままでは意味がありません。不正な方法で奴隷を作る悪党を潰さなければならない」

「……」

「その点、今回のエリサさんを救ったお手並みは鮮やかでした。グリグ密造組織も一夜にして壊滅に追いやった」

猶予ゆうよが一日もなかったからな」


 ちら、と俺はエリサを見る。グリムは頷いた。


「不正奴隷を得て商売しようという輩は、往々にして危険な連中が多い。抵抗すれば家族や友人もろとも皆殺しにする。そんな相手ですから、世間では報復を恐れて二の足を踏むことも少なくありません」


 例えばベネノとかいう犯罪組織とか。

 以前、俺とベルさんでそのアジトをいくつか全滅させた。だがそれまでは地元の冒険者ギルドでさえ、関わるのを避けていたほどの相手だったと聞く。


「そんな危険な連中と事を構えるのであれば、確実に始末してくれる腕利きでなくてはいけません。あなたのような」


 不幸な犠牲者を増やさないために、という話はなるほど出任せではないようだ。正義の味方ではないと言っていたが、それなりの大義はありそうだ。


「お力添え、いただけますか?」

「協力するとして、こちらの見返りは?」


 理想主義者が聞いたら軽蔑されるだろうな、と思った。


「俺も正義の味方じゃないんでね。部隊を動かすにも金がかかる。そちらがその面倒を見てくれるというのか?」


 今回の工房襲撃だって報酬はない。SSたちに給料という概念がないからいいものの、それでも装備や使った魔力を考えるなら、完全に赤字である。そんなことを無償で繰り返していれば、いずれ破産するのは目に見えている。


「ある程度なら、と言いたいところですが、具体的にどれほどのお金が必要かわからないので、即答できかねますね」

「妥当だな。額も聞かずに頷いていたら信用しなかった」

「では……」

「俺ひとりで決めるわけにもいかない。こちらも、色々忙しくてね」

「……そうですか」


 俺のお断りの意を汲んで、グリムは目を伏せた。


「残念です」


 話だけ聞けば、悪党を滅ぼす世のため人のための行いであると言える。だが残念ながら、俺はこのグレイブヤードの言うことを呑みにするつもりはない。


 多忙なのは事実だしな。とりあえずこの件は保留だ。より大きな敵――大帝国に備えなければいけない。


「もっとも、あまりに目に余るような連中を討つことに関しては、躊躇うつもりはない」


 ただ、のべつ幕なしに頼られても困る。利用されるだけというのも不愉快だしな。


「それで――」


 俺は話を変えた。


「エリサ、君はこれからどうするんだ?」


 サキュバスであることが発覚した彼女である。処刑扱いなので、間違っても王都にいるわけにもいかない。


「どうしようかしら」


 魅惑の魔女は、困ったように肩をすくめた。


「もうここにもいられないし。お店も諦めるしかないわね」

「また別の場所で店を開きますか?」


 グリムが聞いてきた。


「お金ならこちらが融資しましょうか?」

「しばらくお店はいいわ。色々考えたいし」


 やんわりとエリサは断わった。彼女は俺へと視線を戻す。


「それよりもまず、先にしないといけないことがあるわ」

「うん?」

「改めて礼を言うわ、ジン。助けてくれてありがとう。あなたは命の恩人よ。何かお返しができればいいのだけれど、見ての通り文無し」


 エリサは片膝をついて、俺を見上げた。


「せいぜい魔法か、この身体程度でしかお役に立てないけれど、何かできることはあるかしら?」


 身体で、というのは、その魅力的な身体で――ということなのだろうか? サキュバスだから、そういう想像してしまうのだが……うむ。


 悩ましいところではあるが、お礼はいいと言っても、それでは彼女の気がすまないだろう。


「そうだな……。じゃあ、君の知っている魔法薬のレシピをいくつか提供してもらってもいいかな?」


 魔術師は、自分の秘蔵の魔法やその技術を教えるのを嫌がる傾向にある。独自の研究や技を赤の他人に教えるのは、自らの優位を捨てるようなものだからだ。


「いいわ。お安い御用よ」


 ただし命の借りに対しては別ということもある。今回、エリサはそう判断したらしく、俺の提案をすんなり受け入れた。


「あともう一つ。いま王都じゃグリグによる中毒症状を抱えた患者がいるんだが、その治療のための薬を頼んだら、作れるだろうか?」

「グリグはガルガンダの派生品よね?」


 エリサは少し考える。


「私も話を少し聞いただけだから、すぐには無理だけど、現物があって時間をもらえるなら、ある程度のものはできると思うわ」

「結構。……付き合ってもらう代わりに、住む所を提供しよう」

「いいの? 改めて言わなくてもわかってるでしょうけど、私はサキュバスよ?」

「俺の家は、一部の者しか知らない場所にある。それに家にいる皆は、君がサキュバスだって俺からもう言ってしまってるからね。一言ことわりを入れれば問題ない」

「そう――」


 エリサは目線を落としたが、すぐに俺を見つめ返した。


「どのみち住む所は探す必要があったから、あなたのお言葉に甘えさせてもらうわ」


 ありがとう、ジン――緑髪の魔女は、淑女の礼をする。どこか貴族的な優雅さを感じさせる綺麗な礼だった。

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