第485話、グレイブヤードと違法奴隷


 王国東部に落ちた隕石騒動。その着弾した場所は、サキリスの実家があるキャスリング領。


 一瞬で故郷と家族を失った彼女は、そこで犯罪組織ベネノに捕まり、奴隷として売られた。それを買い取ったのがグレイブヤードだった。


 結局、正体不明の相手に手を出して、お偉い方のお友達グループからの報復が面倒だと思った俺は、正規ルートで――つまりお金を出してサキリスを購入した。


 400万ゲルド。貴重なドラゴン武器とか売って工面した。


 サキリスは元気にしているか、とグリムは言った。だから俺は答えた。


「ああ、うちで元気にメイドをしているよ」

「それはよかった。最初はクレニエール侯爵家にいると思ったんですよ。エクリーン嬢の付き添いの方がサキリスさんを購入したので。……あそこは寛大な家ですし、酷い目にあることはないと思っていたのですが――」


 グリムは、先ほどまでの素朴な雰囲気が抜け、ビジネスマンの顔になっていた。


「アクティス学校で、あなたのメイドをしていると聞いて、しばらく観察していたんですけどね。……ここ最近、その姿を見かけなくなって心配していたんですよ」

「奴隷商人が、裏ルートで売った奴隷を心配する?」

「うちは、これでも奴隷に優しい商売やってるんですけどね」


 グリムは平然とそんなことを言った。俺は皮肉げに片方の眉を吊り上げる。


「奴隷に優しい、ね」


 彼いわく、非合法な方法で奴隷にされてしまった者を高額で買う。それにより奴隷が極力傷を負わない状態で、犯罪組織や盗賊たちから回収することができるようになったと言う。


「それまでは大抵、暴行されて殺されてしまうことが多かったですからね。……サキリスさんも、ほぼ無傷で戻ってこれたでしょう?」


 もしグレイブヤードが、犯罪組織や盗賊との流通ルートがなければ、サキリスは陵辱の末、殺されていたかもしれないと言う。見た目は美少女だから、手を出さない理由はないだろうな……。


「もちろん、すべてを救うことはできませんけど、救われた人がいるのも事実です」


 グリムが、エリサを見た。色欲をかもし出す美女が肩をすくめれば、俺もそちらへと視線を向ける。


「君もそうなのか?」

「不本意だけどね。故郷から逃げ出す羽目になって、その道中行き倒れたところを悪い奴に捕まったの。そこで売られた――買い取られた先が、グレイブヤードだったわ」

「エリサさんは、その身体にサキュバスの血を持っています。それだけ希少ということで、運良くこちらに売られたというところですね。……もし、その地方のお偉いさんや国へとまわっていたら、今回のようにほぼ処刑されていたと思います」


 グリムは窓の外――おそらく火刑台の設置された広場のほうを見た。この位置からでは見えないが。


「それで、エリサはグレイブヤードからどこに売られたんだ?」


 グレイブヤードは奴隷商人である。手に入れた奴隷を売るのは自然の流れだ。エリサは首を振った。


「いいえ、わたしは売られていないわよ。グレイブヤードとお話して、お仕事を斡旋してもらったの」

「仕事。つまり、薬屋か」

「そういうこと」


 エリサが視線を向ければ、グリムも笑みを浮かべた。


「彼女には自立してやっていくだけのスキルがありましたから。まあ、その体質ゆえ、こちらでもちょっと支援はしましたけど」


 例の身体が男の精を求めるとかいうアレか。ふむ――


「何か、気に入らないって顔してるわよ?」

「……グレイブヤードが、ただの奴隷商人ではないってのはわかった。ただ、だからと言って正義の味方だとは思わない」

「別に正義の味方とは言っていませんし、慈善事業をしているつもりはありませんよ」


 グリムは目を細めた。俺は淡々と青年を見つめた。


「不正奴隷を買い取って、助けていると言ったが、お前たちは、サキリスを闇競売で売った。彼女がどれだけ不安と恐怖を感じていたか、わかるか?」

「それについては、サキリスさんには申し訳なく思っていますよ。ただ、理由はあったんです。少々言い訳がましいのですが、聞いてくれますか? それとも聞きたくない?」

「聞くだけ聞こうか」


 でないと、その柔和そうな顔面に一発ぶちこんでしまいたくなる。俺の心境など知らず、グリムは頷いた。


「サキリスさんが、キャスリング家の唯一の生き残りであることは、ベネノから購入した時にわかったのですが、彼女の扱いについて実に困ったことになりました。……キャスリング家の令嬢が生きていることを望まない近隣貴族たちです」


 隕石で壊滅したキャスリング領。隣接する領地の貴族たちは、その空白を埋めるように勢力を伸ばした。


 ヴェリラルド王国内であるから最終的に王族がこの領地の扱いについて決めるのだが、仮に近隣貴族らに配分となったとき、自分の取り分が増えるように先に唾をつけようというのだ。王族から返せといわれたらそれまでなのだが、おそらくそうならないだろうと貴族たちは思っていたのだ。


 だが、それはキャスリング家が隕石と共に全滅した場合の話だ。仮に生き残りがいれば、その領地は、その生き残りに所有権が回る。すでに勢力に手を伸ばしていた隣接貴族たちは、サキリスが生きていたことを知り、まずいことになったと気づいた。


 彼女が領地に勝手に侵入されたと王に訴えた場合、非常に面倒なことになるからである。


 故に隣接貴族らは、サキリスを排除しようと考えた。がその時、彼女の身柄はグレイブヤードの手にあった。


「奴隷商の手元にあるのだから、当然買おうと貴族たちは申し出てきました。ただ彼らにサキリスさんを売った場合、おそらく彼女の命はなかったでしょう。それがわかっている状況で売るというのは、我らグレイブヤードには許容できないことでした。他にも買い手がいるということで、闇オークションにて買うように、貴族らを説得しました」


 匿うという選択肢はすでに不可能となっていた。さらに貴族たちの間に波風を立てては、今後の活動に支障が出る可能性が高い故の、闇オークションだった。


「が、奴隷としてサキリスさんを出品したものの、貴族らに売るつもりはなかったんです。うちのスタッフがダミーとなり、サキリスさんを貴族らより高額で競り落とす。そうすればオークションルールで、貴族らはサキリスさんにそれ以上手が出せない……そう踏んだのですが」

「俺が競り落としてしまった、と」


 400万ゲルドで。グリムは苦笑した。


「まあ、あなた方が、サキリスさんのクラスメイトであり、悪いようにはしないとわかったので、譲ることにしたのです。貴族らの予算をオーバーしていましたし、こちらとしては彼女が無事であればそれでよかったのですから」

「だが、結局奴隷として売られたことで、サキリスは生きてはいるが学校にはいられなくなり、領地に口出しすることもできなくなった」

「ええ、サキリスさんを落とせなかった貴族たちの嫌がらせですね。学校に圧力をかけて、周囲から孤立させた。あれ結構、無茶苦茶な言い分なんですが、命があるだけ儲けものと見るべきなんでしょうか。領地に関われないなら、無理に殺すことはない――それで彼らは手打ちとした」


 気に入らない。本当に気に入らない。周辺貴族がサキリスの命を狙うかもと踏んだ俺の勘は間違っていなかったが、結果的にサキリスの夢を潰すことに繋がったことが気にはなっていたから。


「サキリスのためを思っての苦肉の策だった、とそういうことだな」

「そうなりますね」


 グリムは認めた。まあ、そのことについては、俺も似たようなものだ。だからそれに対しては、それ以上は追及しない。だが、気になっていることはある。


「違法な方法で奴隷に落とされた者を保護するという考えは理解した。だが、グレイブヤードは大きな矛盾を抱えている」


 俺がそう指摘すれば、グリムは楽しそうな表情を浮かべた。


「それはどのような矛盾でしょうか?」

「奴隷を高額で買うという、不正奴隷を守るための方法が、犯罪組織や人攫いたちの資金源となり、さらに不正な奴隷を増やしていることだ」

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