第468話、魔法甲冑製造工場


 ウィリディス第二屋敷、通称白亜屋敷に来たジャルジーが、俺に声をかけてきた。


「兄貴、大帝国は機械の巨人を使っている」

「魔人機ってやつか? ああ、知っているよ」

「それなら話が早い」


 俺がジン・アミウールであることを知っている公爵様である。


「その魔人機とやらに対抗できるものを作ろうと思っているんだが……。先が長くてな」


 開放的な食堂で、チョコチップアイスをスプーンですくいながら、若き公爵は言った。最近の彼は、おやつ時になるとアイスの食べ比べをしているのだ。


「ノークとガエアがいただろう? 例のマッドハンターという傭兵の鎧――魔法甲冑というんだが、それを作った者たちだ。で、その製造工場を王都に置くことになってな。親父殿――エマン王と資金を出しあって、作らせている」


 へえ、と俺は淡白な返事をする。


 義父殿とジャルジーが共同でか。武術大会で俺と対戦したマッドハンター――彼の近未来的フォルムの魔法甲冑の躍動ぶりは、見るものに相当なインパクトを与えたからな。


 ……しかし、魔人機に比べるとサイズ差がな。


「王城からすぐのところにある。せっかくだ、兄貴。オレも工場の様子を見てみたいと思っていたところだ。見にいかないか?」

「そうだなぁ」


 魔人機の話はどうなった? だがまあ、俺も魔法甲冑には若干興味はある。あれサイズ的にパワードスーツっぽくあるんだよね。


「見学ついでに、兄貴も何かアドバイスをしてやってくれないか? ノークもガエアも兄貴に教えを乞いたいようだからな」

「まあ、見学させてもらう程度の見返りでよければね」


 ジャルジーがアイスの残りを頬ばると、俺の後ろに立っている者を見やる。


「新顔だな? 兄貴、この娘は?」

「リアナ・フォスター軍曹。うちの翡翠騎士団に入った団員だが、戦闘能力はピカ一だ。軍事顧問でもある。武器のことなら、俺よりも詳しい」


 俺の後ろで直立不動の姿勢で立っているリアナ。迷彩柄の戦闘服に、黒のベレー帽を被っている。


「こんな若い娘が……」

「外見に惑わされるなよ。彼女は強い。魔法が使えないが、武術大会に出ていたらおそらく上位入賞確実だ。俺も下手したらやられていただろうね」

「そんなに……」


 ジャルジーは信じられないとばかりに首を振った。


「なあ、兄貴。あんたは一体、どこからそんなツワモノをスカウトしてくるんだ?」


 相変わらず、リアナは無表情を保ち、無言だった。


 俺たちはポータルを経由してヴェリラルド王国王都へ移動。そこから魔法甲冑製造工場へ徒歩。


 工場というより砦みたいだな、というのが外観を見ての感想。


 がっちりした石の壁に囲まれた敷地はそこそこ広く、建物には見張り台と共に歩哨が警戒に当たっている。……いったい何と戦うつもりなんだろうか?


 ともあれ、ジャルジーの先導に従い、俺たちは工場の中へ。どちらかというと工房だなこれは。


 中はウェントゥス地下基地の格納庫に比べても手狭だった。二メートル近い高さの全身鎧がいくつか、壁側に立てかけられている。


 脚立の上に乗っていた金髪エルフ女性が、俺たちに気づいた。


「あ、ジン師匠!」


 武具職人にして、魔法甲冑の製作者のひとり、ガエアだ。外見は二十歳程度に見える金髪美女は、作業を中断すると脚立を下りて俺たちのもとへ走ってきた。


「ようこそおいでくださいました、ジン様。あ、それにジャルジー公爵閣下」


 普通逆だろうに――ジャルジーが怒らないか、ちらと彼を見る俺。しかし当の公爵閣下は魔法甲冑のほうを見ていた。


「ガエア、ここに並んでいるのは?」

「はい、閣下。一号魔法甲冑です」

「……気のせいかな」


 ジャルジーは眉をひそめた。


「あれはただの足の部分が太くなっている以外、普通のプレートアーマーに見えるのだが?」

「はい、普通のプレートアーマーです」


 ガエアはよどみなく言い放った。


「先行量産型の一号型は、全身鎧に一部改修を施して、高速移動用のエアブーツを搭載しただけですから」


 ……それ、魔法甲冑というより、ただの全身鎧とエアブーツなのでは? 俺の疑問はジャルジーもまた同じだったようで、彼は一号魔法甲冑を指差した。


「教えてくれ。あれはわざわざ研究するようなものなのか?」

「もちろん、魔法甲冑と呼ぶのもおこがましい代物ではあります。ドワーフ……ノークが作っている魔法武器を搭載すれば、それなりのものにはなりますが、むしろ一号型は試験と魔法甲冑を扱う者のための訓練用でございます」

「訓練用……?」

「はい閣下。魔法甲冑と言いましても、全身鎧の延長線にあるものに過ぎません」


 ガエアは真顔だった。


「マッドハンターの魔法甲冑は、鎧の素材も特注で、動きやすさや着用時の快適さも追及されています。ただ、これをそのまま作ろうとすると、費用がかかり量産には向かないのです」


 あー、まあそうね。特注品ってのは、そういうものだ。


 ガエアは続けた。


「なので性能は最低限持たせつつ、量産性を考慮する必要があります。そのためにはシンプルな構造の試作モデルを作り、そこから改良を重ね、性能向上を目指します」

「ふむ。一号甲冑は、あくまで正式な量産型を作るための通過点ということか」

「ご賢察の通りです。繰り返しますが、魔法甲冑はあくまで騎士の鎧の延長線上のもの。高速移動が可能かつ、魔法武器を装備した重装備騎士に過ぎません」


 ガエアのいう鎧の延長というのは、魔法甲冑というものに対しては正論と言える。


 敵部隊に切り込み、蹴散らす。重騎士が騎兵並の速さで突っ込んでくれば、相手側からすれば脅威だろう。


 だがマッドハンターの魔法甲冑の外観や、武術大会で示した戦いぶりを見ると、騎士というより一段上の機械兵器のように見える。


 その鮮烈な印象が残っているからこそ、ジャルジーにとってはただの鎧という答えは、物足りなさを感じさせているのだろう。


「団長。発言してもよろしいでしょうか?」


 これまで黙っていたリアナが口を開いた。別に構わないよ、と頷いてやる。


「魔法甲冑は、どう使うことを前提に作られている兵器でしょうか?」

「というと?」

「装甲を持って敵陣に高速で突入する兵器、という認識でよろしいですか?」


 そういう兵器だと思うが――俺は、ジャルジーとガエアを交互に見た。二人の反応から概ねその認識で間違っていないようだった。


「それなら前面の装甲を強化した車で突進したほうが早いのでは?」

「あー……」


 ジャルジーは驚き、ガエアは目を剥いた。


 デゼルトのような装甲車が隊列組んで、敵陣に突入する光景。……大昔、戦象といってゾウの集団を突っ込ませた戦術があったが、それの車両版――なるほど、確かに騎士鎧が突っ込んでくるより、見た目の迫力も段違いだ。


 人型兵器のロマンとは程遠い意見だが、それはそれで別のロマンを感じさせる。だがリアナの率直な意見は、魔法甲冑の存在意義を否定したのに等しい。


「そこで提案なのですが」


 リアナは淡々と続けた。


「魔法甲冑をただの突撃兵器としてだけでなく、対魔獣戦闘にも耐えられるように発展させるべきと愚考します」


 つまり――ふだん冷淡な彼女の瞳が光った。


「ただ高速で動ける鎧だけではなく、角猪やオーガなど、単独では対抗が難しい魔獣を相手どれるような能力、性能を持たせるべきかと」


 リアナは機械的に告げたが、ジャルジーが声を張り上げた。


「そう、そうだ! オレが欲しいのはそういうのなんだよ! さすが兄貴の軍事顧問だ!」

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