第453話、エルフの民の危機
空中都市ヴィルヤは混沌の中にあった。
下層の城下町にダークエルフが侵入した。その報に、ヴィルヤ住民は不安に脅え、都市守備隊から増援として部隊が下層に下りていった。
そこへグリフォンに乗ったダークエルフの増援が現れた。彼らは素早く都市に降り立つと近場の建物に爆発物を投げ込んだり、魔法を使い破壊を行った。
エルフ住民たちは慌てふためき、逃げ出す。下層へ下りるルートと、光の精霊宮にで、ある。
それぞれ近いほうを選んだが、下層へのルートは退却してきたエルフ軍と、上がってきたダークエルフの主力軍と鉢合わせすることになり、行き場を失い引き返すことになった。
が、そこにグリフォンより降下したダークエルフ兵らに挟み撃ちされる格好となり、次々に殺されていった。
一方、光の精霊宮だが、女王の近衛と城を守る守備兵のみという有様で、逃げてくる同胞を守りつつ、ダークエルフ兵と戦うこととなった。
つまり、本来立て篭もって守るはずだった者たちが、精霊宮を出て民を守るために外に出てきたのである。
得意の弓を用いて、敵を寄せ付けまいと奮戦するエルフ兵だが、その矢はダークエルフたちには届かなかった。
というのもエルフの弓矢を警戒し、さらに敵地降下を課せられた遊撃隊兵は風の防御魔法具を身に付け、矢を逸らす保護膜に守られていたからである。
結果、軽装のダークエルフ兵らはクロスボウを牽制に使いながら、エルフ兵に突進した。
「矢が効かないぞ!」
動揺する守備兵らは、逃げる民を守る手前、後退ができず、仕方なくショートソードやダガーを抜いて応戦する。しかし近接戦は、ダークエルフ兵に一日の長があった。
精霊宮への正面にいた近衛のアリンは、エルフの民の避難誘導をしながら、前衛の守備兵が討ち取られていくさまを目の当たりにすることになった。
「このままじゃ……」
ダークエルフ兵が押し寄せ、逃げ込んだ民もろとも女王陛下の命も危ない。近衛は近接戦もある程度こなせるとはいえ、これ以上の敵の増援があれば防ぎきれる自信はなかった。
ダークエルフ兵は爆発魔法を詰めた矢弾をクロスボウで放ち、逃げる民を吹き飛ばす。
「なんてことを……!」
「アリン!」
「!? ヴォル殿!」
近衛魔術師のヴォルが精霊宮より出てきた。だが彼はすぐに手にした杖をかざした。
「風よ、舞え! 降りかかる魔弾を阻む盾となれ!」
強い風が吹く。それに紛れて聞こえたのはグリフォンの咆哮。
アリンが振り向けば、上方より降下してきたグリフォンが、ヴォルの風魔法によって行き足を止められたところだった。……あのまま降下を許せば、何人かがグリフォンの爪の餌食になっていた。
魔獣の背に乗るダークエルフが杖を振るうと、火の玉が放たれたが、それもヴォルの風魔法が防いだ。
近衛の弓兵が空中で静止するグリフォンに矢を放つ。怒号じみた声をあげ、グリフォンが退散する。倒せなかったものの、相応の打撃を与えたのだ。
「いかんな、これは……」
呻くように呟くヴォル。劣勢は明らかだった。
その時だった。
異形の飛行物体が空中都市の狭い空へ飛び込んできた。それらは緩やかにカーブを描くと、グリフォンめがけて電撃を放った。
「な、何だあれは!?」
ヴォルが驚愕すれば、アリンはハッとした。あれはもしや――
「ジン様の『戦闘機』……?」
「セントウキ? 知っているのか、アリン!?」
「は、はい。いや、あれは初めて見るのですが、ジン様が空飛ぶ乗り物を複数持っているのを見ております! ダークエルフを攻撃しているところからみて、おそらく――」
「ジン殿の使い……我らの味方ということか!」
驚きは、呆れにも似たような苦笑いとなる。
「やれやれ。……どう言っていいかわからんなこれは」
「ヴォル殿!」
近衛兵のひとりが叫んだ。
「敵が突っ込んできます!」
空中に気をとられている間に、ダークエルフが迫っていた。逃げ遅れたエルフの民を切り殺しながら。
「えい、くそ! 前に出るぞ!」
「はい!」
アリンが応じたその時、後ろでどよめくような声が上がった。完全に不意打ちだった。振り返るアリン。その傍らを大きな何かが通過した。……え、青?
それはジンが運び込んだバトルゴーレムと呼ばれた青い重騎士型のゴーレムだった。
鈍重なはずのゴーレムとは思えない軽やかに滑るように進むさまは異質。青い重騎士ゴーレム『青藍』Mk-Ⅱは両肩にマウントしたサンダーキャノンを撃ちながら、ダークエルフ兵を吹き飛ばしていく。
エルフの民を避け、手にしている長剣――いや剣の形をした金属の塊を薙ぎ払い、青藍は敵兵を一刀両断にした。
さらに精霊宮の外壁に張り付いていた球形――ジンが送り込んできたガードゴーレムが内蔵武器である電撃砲による援護射撃を展開した。
クルータンらのグリフォンが精霊宮に直接降下するのを阻んだ対空射撃は、これらガードゴーレムである。
ああ――アリンは心の底から震えがくるのを感じた。青藍がエルフの民を守り、武器を振るうのを唖然と見ていたヴォルは我に返ると、同僚の震えに気づいた。
「アリン、どうした?」
「……ああ、ヴォル殿」
アリンは泣きそうな顔を向ける。
「女王様のご判断は正しかったのです」
先読みの力で見たというエルフの里の破滅。そしてそれを防ぐために外部から強力な助っ人を呼ぶ――その結果がこれである。あぁ、女王陛下。そして精霊様。
もしここにジン・アミウールを呼ばなかったら、ダークエルフによって里とエルフの民は全滅していただろう。先ほどまで感じていた重圧が、氷のように溶けていく。
「これならヴィルヤを守り――」
「ヴォル様、ダークエルフの増援!」
肩を負傷したエルフ弓兵が駆けてくる。
「下層より敵主力部隊、上がってきました!」
「な――」
安堵するのは早かった。城下町を突破したダークエルフの本隊がヴィルヤに到着したのである。ヴィルヤを守るわずかな数のエルフ兵を圧倒する敵兵が。
「敵の新手!」
精霊宮正面入り口の左手方向より、さっそくダークエルフ兵がぞろぞろと姿を現した。その数はあっという間に三〇人を超えた。
そこへ、聞きなれない音と共に飛行体が、ふわりと精霊宮正面を横切った。
鋭角的な機首に二基搭載される大型エンジンと二枚の主翼を持つ機体。アリンはウィリディスの格納庫でそれを見ていた。
TF-3トロヴァオン。ジンの戦闘機だ。
トロヴァオンが浮遊魔法で浮かびながら、機首をめぐらせ、プラズマキャノンを発射した。
ワイバーンすら穿つビームを受けて、普通の鎧が耐えられるはずもなく、ダークエルフ兵十数名がたちまち屍と化した。生き残りは慌てて逃げるように下がった。
コクピットキャノピーが開き、ヘルメットをとったジンが顔を覗かせる。
「お待たせ。騎兵隊の到着だ」
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