第446話、可能性の話 その2


 エルフは青色エルフに対抗するため、俺たちに何を望むのか?


「あなた方が実際に見て、必要と思われる行動をとっていただきたい。わたくしから、独自行動の許可を与えます。……エルフ軍の指示は無視して結構です。ジン殿やベルさんなら、おそらく最善手を打ってくれると信じていますから」

「それは……。そこまで信用いただけて光栄です」


 勝手にやってもいいってさ。立場としては傭兵同然だが、その行動を妨げる要素はすべて排除してくれるのは、絶大なる信用を得ていると言える。


「ですが、共闘するのであれば入念な打ち合わせも必要です」


 彼を知り、己を知れば百戦あやうからず。皆様お好きなあのお言葉にもある。


 敵はもちろん、味方のことも知らねば必ず負けると、かの孫子大先生はおっしゃっているのだ。


「ヴォル」

「はい。では詳細は、私の方から」


 女王の側近であるヴォルから、説明を受ける。


 カランの壊滅を受け、ヴィルヤのエルフは臨戦態勢を整えつつあったという。上層部の会議で方針が話し合われている間も、兵を招集、準備を進めていた。


「ダークエルフたちが次の集落への攻撃を企図していますし、これ以上の犠牲を出さないためにも迅速な行動が必要です」


 女王の言葉に、俺は頷きで答えた。


 兵は拙速を尊ぶ。俺のいた世界でも、戦争はスピードが肝心だと行っていた軍人がいた。敵より早く行動することが大事、という論だ。


 エルフたちの命がかかっている現状、この迅速な動きは賞賛に値する。だが、ここでひとつ、浮上した可能性について進言しておかなくてはならない。


「女王陛下、実は、敵の攻撃に対して気がかりなことがありまして」

「ジン殿、それはいったい――」


 俺は、エルフの里に来る前に立ち寄ったドワーフ集落で起きた惨劇と、クリスタルイーターの存在を説明した。


「――地下からの攻撃に対して、結界は働くのでしょうか?」

「それは……わかりません。これまでそのような攻撃の事例がありませんでしたから」


 カレン女王は表情を曇らせた。


 思いも寄らない方法での襲撃の可能性。これまで安全と思われてきたヴィルヤの守りへの懸念。エルフの女王の額に、しっとりと汗が浮かぶ。


「ヴィルヤの滅びる未来……。なるほど、それがいよいよ現実味を帯びてきたのですね」

「まだ懸念のひとつに過ぎません。地底も結界が有効なら、クリスタルイーターも侵入はできないはず」

「でももし、結界が働かなかったら……」


 女王の視線は、控えているヴォル魔術師に向く。側近の魔術師はゴクリと唾を飲み込む。


「地下からの結界の裏を突かれて、下が奇襲を受けます。そうなれば、このヴィルヤにも敵が押し寄せてくるやもしれません」

「ヴィルヤ内に警告!」


 カレン女王は立ち上がった。


「守備隊には、地底からの攻撃にも注意するよう伝えなさい!」

「ハッ……いや、しかし地面の下と申しましても、どこから来るかわからないのでは――」

「地面の下からの攻撃を想定しているのと、していないのとでは、とっさの反応に差が出るはず……。戦士全員に徹底させなさい。いいですね!?」

「承知しました、陛下」


 ヴォルが足早に執務室を後にした。カレン女王は、小さく息を吐くと席に着いた。


「ご指摘ありがとうございました、ジン殿。可能性の芽は摘んでおく必要があります」

「そうですね」


 あくまで可能性の話だから、確証はない。


「実を言うとな、ひとつ気がかりがあるんだが」


 ベルさんが口を開いた。するとアーリィーも小さく手を挙げる。


「ボクも、ちょっと心配事がある」


 二人してどうしたのか。俺とカレン女王は顔を見合わせ、そして頷いた。


「何が気がかりなんだ?」


 ベルさんとアーリィーはお互いに、どっちから話すと確認した後、まずベルさんが話すことに決めたようだった。


「どうにも、嫌な予感がするんだな」

「と、言いますと?」

「ダークエルフ側が、かなり周到な準備をして攻めてきているんじゃないかってことだ。世界樹を迂回して、周辺集落からひとつずつ潰している。クリスタルイーターの件も、考え過ぎかもって思えるかもしれねえが、連中もまだこちらの想定より上の行動をしていると構えていたほうがいいと思うぜ」


 ベルさんはぺろりと舌を出した。


「これは勘みたいなものだけどな」


 嬢ちゃん、とベルさんが、アーリィーに話を振る。


「ボクが危惧しているのは、クリスタルイーターをダークエルフが使役していた場合のことなんだけど。……そうなると敵側の魔獣は地面だけでなく、空からも攻撃してくるかもしれない」

「グリフォンか!」


 アクォのドワーフ集落に落ちていた無数のグリフォンの羽根。クリスタルイーターの他にグリフォンがいたという形跡。それらも青色エルフが使役しているとしたら――


「どれもまだ仮定の話だが、ただ最悪に備える必要はある」


 俺は腕を組んだ。


「敵がそのすべてを備えているとは限らないし、想像どおりに運ぶとも限らない。だけど、もし敵がクリスタルイーター、グリフォンという駒を持っていたら、その最悪に転ぶ可能性は高い」


 実際は、そこまで酷くないかもしれない。


 結界が万事効果を発揮し地底からの攻撃をシャットアウト。エルフ軍の指揮官がダークエルフより優秀で、グリフォンに対して、エルフ軍が強力な弓兵で対抗するかもしれない。


 最高の目が出れば、エルフ軍は勝つ。だが最悪の目が出た場合は、その限りではない。


 結界の内側に侵入したクリスタルイーターがヴィルヤで暴れ、エルフ軍はダークエルフの反撃に遅れをとり、不意を突かれた弓兵隊が敵グリフォンの奇襲を受けて崩壊……。


 少なくとも、青色エルフが戦端を開いた以上、戦争に対する備えができていないエルフより数段先を見据え、また対策を練っているのは間違いないだろう。


 となれば、俺たちは、そのエルフが不足している部分を補ってやる必要があるわけだ。


 ヴィルヤの守備を固めつつ、グリフォンに対する備えをし、可能ならばエルフ主力軍を支援する。うーん、この――


 グリフォンがある程度集団で来るなら、こちらも戦闘機を用意しておくか。


 何せ下の玄関町と世界樹の上のヴィルヤじゃ、高度的に距離があり過ぎて、空でも飛べなきゃ、グリフォンの機動力についていけないだろう。


 やれやれだ、俺は嘆息した。

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