第441話、カラン集落


「何だこれ……」


 古代樹の森の中で、外側に近い位置にあるエルフ集落、カラン。到着した俺たちは、そこにあったものに言葉を失った。


 それは荒れ果てた集落の姿。エルフの民家とも言うべきツリーハウス――高さ数十メートルにも達する巨大な針葉樹に囲まれた中央広場、そこには『死』があった。


 無造作に積み重なり山になっているエルフの骸。中央にくくりつけられ、立てられた丸太にはエルフたちの死体。極めつけは、ツリーハウスの間にかかる橋からロープで首を吊られたエルフの男女がぶらさがっていた。


「嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だっ!!」


 ヴィスタが絶叫した。ここは彼女の故郷だ。停車したデゼルトから飛び出したエルフの魔法弓使いは、変わり果てた同胞の姿に驚愕し、悲鳴を上げた。


 運転席から出た俺は、漂っているその臭いに顔をしかめる。


 おぞましいほどの死臭。森の清涼なる空気を非常なまでに塗りつぶし、胸が潰れそうなほどの悪臭がたちこめていた。


 うっ――背後で声がして視線を向ければ、アーリィーが口もとを押さえてた。こみ上げてきた吐き気に耐えているのだろう。


 サキリスもまた顔を逸らし、マルカスも必死に耐えているようだった。魔獣の死臭はかいだことはあっても、ここまで酷く濃厚なものはない。


 この臭いは、何度経験しても慣れないな。


 魔獣の大群や大帝国と戦った後の戦場。滅んだ町や村。ずいぶん昔のように思えたが、思い出すたびに胸の奥が疼き出す。


 戦場と言う名の地獄。カラン集落は、その地獄とも言うべき光景を俺たちに見せ付けていた。


 血が飛び散り、変色した土、古代樹。戦闘があったのは間違いない。そしてその敵は、カランの住人たちを殺戮した。


「ああ、そんな……父さん、母さん……!」


 ヴィスタが、吊られた死体を見上げて声を震わせる。


 あの殺しは、まぎれもなく処刑と言える。そうただ殺しただけじゃない。捕まえて吊るしたのか、あるいは殺した後でやったのかはわからないが、ここまでやるのは神経を疑う。相当、エルフに恨みを持っているのか、それとも殺戮を好む野蛮人か。


 一瞬、オークの襲撃を疑うが、見たところ、オークの死体や、それらが使っていると思しき武具やその形跡は見当たらない。


「ひでぇことしやがる……」


 ベルさんが唸った。マルカスが吐き捨てるように言った。


「これが人間のすることか……!」

「まだ、人間がやったと決まってないぞ」


 俺はたしなめた。ちら、と視線をデゼルトに手を当てているアーリィーに向ける。


「辛いなら、車の中にいていいぞ。サキリス、お前も無理はするな」


 しんどそうに唇を噛んでいる元クラスメイトのメイドに言う。傍らでは呆然と集落の惨状を見つめていたアリンがその場に崩れ落ちた。無理もない。


「ああっ……!」


 ヴィスタの声。彼女は中央広場の立てられた丸太の近くにいた。


「アノル! アノルぅ……ああぁぁ!」


 若いエルフの死体に近づくヴィスタ。……まさか、ひょっとして――俺は思わず口もとを手で隠した。


 先日、ヴィスタには弟がいると聞いた。遺体を前に呆然とする彼女の姿を見て、確信する。


 その弟だ。


『弟はジンに会ってお礼がしたいって言っていたし、魔法使いを目指しているから何か助言をしてくれると嬉しい』


 ヴィスタの言葉が脳裏をよぎる。胸の奥が焼けるような痛みを感じた。ヴィスタと、中央広場の遺体を見て、ベルさんが舌打ちした。


「これをやった連中、マジで外道だぜ……。ここまで胸糞悪いのは久々だ」


 俺も眉をひそめる。


「どうしたらそんなことができる……」


 畜生め。


「悪意と憎悪。……よっぽど敵意をもった連中の仕業だろうな」

「連中……?」

「こんなことが一人でできるわけねえだろ?」


 ベルさんがトコトコと広場とは反対側に歩き出す。信じられないと言わんばかりの表情のまま、マルカスは口を開く。


「いったい何者がこんなことを……」

「さあな」


 俺は、ベルさんが歩き出した方向を見やる。


「いるのか、ベルさん?」

「ああ、見てるなこっちを。二……いや三人かな」


 黒猫は目を細めた。


「こんなところに覗き野郎を置いているってことは、ここを襲った奴ら、まだ何か企んでやがるな……。こいつらも敵意がビンビン伝わってくるぜ」


 ただ襲っただけというなら、現場に残る理由などない。後からくるエルフを見張るとか、何かしら目的がなければ。


 ……仲間を呼んで待ち伏せでもするつもりだろうか。嫌だねぇ。


「黙ってやられるのは性に合わない」


 そもそも腸が煮えくりかえってるんだよねぇ……!


「どれ、炙り出してやろうか」


 俺は強めの魔力振動波を放ってやる。魔力を感知出来ない人間だと当てられたことすら気づかない者もいるが、こいつらは――


 ガサリと茂みが揺れて、それが姿を現した。どうやら魔力を当てられたことで、隠れているのがバレたのを察したのだろう。


 人型。黒っぽい軽装の鎧をまとう戦士が三人。青い肌にエルフ特有の尖った耳。そいつらは武器を抜いて――


「スタン」


 俺の単詠唱の麻痺魔法を喰らう。二人がその場で動かなくなったが、一人は鈍いながらもクロスボウを構えようとする。魔法耐性がある装備か、防御の魔法だろう。


「ダークエルフ!」


 アリンの声がした。


 ダークエルフだって? 一瞬、俺の脳裏に冒険者ギルドのラスィアさんが浮かんだが……肌の色が違うのだが、あの青い連中もダークエルフなのか?


 いまは考えている間はない。構え終わりそうなダークエルフとやらを止めないとこちらが撃たれる。――燃えろ!


 ぼぅ、とクロスボウが炎に包まれ、ダークエルフの腕ごと激しく燃え上がる。とりあえず、話を聞きたいからね。殺さずに生け捕りに……。


 その瞬間、光の矢がダークエルフの脳天を貫通した。あ、と声を上げたのは、俺のほうである。


 振り向けば、激しく怒りを滾らせるヴィスタが魔法弓を構えていた。


「お前たちが……やったのか!? ダークエルフッ!」


 憤怒の表情。魔法弓ギル・ク改が電撃をまとい矢を放つ。それは麻痺して動けないダークエルフ二名の身体を貫き、たちまちのうちにその命を奪ったのだった。


「あーあ……」


 ベルさんが、ちらとヴィスタを一瞥した後、倒れたダークエルフの戦士のもとへと速足で向かう。


「みーんな殺しちまいやがった……」

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