第440話、古代樹の森


 集落を離れるドワーフたち。イスク氏らは同胞の亡骸なきがらを弔うと、外で待っている避難民らと一緒に近くの集落へと向かった。


 俺とベルさんはそれを見送り、再度、廃墟であるドワーフの集落を見つめる。


「クリスタルイーターだけじゃなくて、グリフォンもいた」

「ああ、それも一頭や二頭じゃねえ。十数頭以上だ。イスクの話じゃ、ワームどもの襲撃の前にグリフォンはここにはいなかった」


 ベルさんは顔をしかめた。


「臭うじゃないか。群れることなどないワームどもだけじゃなく、十を超えるグリフォンもこの場にいたっていうのは」

「クリスタルイーターを狙っていた……という線はないな」

「ああ、あれば双方争った形跡があって、どっちかの死骸が転がってそうなもんだが、それもねえ」


 ベルさんは続けた。


「追い込んだドワーフたちはワームじゃない。グリフォンどもに啄ばまれて喰われた。飛び散った血にグリフォンの足跡が残っているからな。間違いない」

「普通では考えられないな」

「ああ、こいつは何か裏があるぞ」


 黒猫は首を捻った後、俺を見た。


「気にはなるが、今はエルフの里に行くのが先、だろう?」

「そうなるな」


 だが、どうにも嫌な予感は拭えない。 


 翌日、ポータルで昨日エルフの里の道中につけた地点へ移動。再びトロヴァオンで移動して距離を稼ぐ。


 故郷に近づき、今日のナビゲーターはアリン。最初の出発地点さえわからなければ、彼女でも問題はない。


 故郷が近づき、アリンのナビは正確だった。


 しかし、空を飛んだまま、里に乗り込むことはしない。何せエルフの里、特に目的地である女王がいるヴィルヤという町には結界が張られているのだ。結界に激突なんて、洒落にならない。


 エルフの里の警戒線の手前は大森林であるため、その手前で降下場所を見つける。そこでポータルを作り、魔法装甲車デゼルトに乗り換え、皆で移動する。


 大森林――それはただの森とはスケールが段違いだった。高さ数十メートルにも達する巨大な古代樹が群生する森だ。


 普通に見上げるだけでも首に負担がかかるほどの大木の高さは、まるで巨人の住む森に迷い込んだようだ。


 外から入るとしばし靄もやがかかったような状態で、視界はあまりよくない。


 神聖な空気。ここに、エルフたちの住む里があるのだ。


 運転席に俺がつき、デゼルトはアリンの誘導で『エルフ街道』という森の中に擬装された道を進んでいた。大型の馬車が通行できる幅の道を魔法装甲車は進む。こうも古代樹がそびえている森となると木と木のあいだが開けていて通行できる場所もそれなりにある。


 俺とベルさんはエルフの森に来たことがあるが、それ以外の面々には初めての場所である。デゼルトの車内から外を見やるアーリィーたちは、興味津々だ。


「大きいね。……これが全部古代樹なの?」

「全部ではないけど、高いやつはほぼそれだよ」


 運転席から眺めながら俺は答える。道の脇に横倒しになっている古代樹が見えるが、高さがデゼルトとほぼ同じで、反対側が見えなかった。


「エルフたちは地上に家を建てることもあれば、古代樹をくり貫いてそこを家にしていることもある」


 いわゆるツリーハウス。木と木の間に橋をかけて、空中を行き来するなんて光景も、エルフの集落では珍しくない。


 なお、それらは戦闘ともなれば、恐るべき射撃ポジションとなる。弓の扱いに長けるエルフたちから木の上から狙撃されたらと思うと、震えが止まらないね。


「ツリーハウスか……。物語の世界みたいだ」


 アーリィーがそんなこと言った。確かにそんな絵本とかありそうだよな。


「それにしても、この道、結構広いよね。馬車も余裕で通れる」

「まさしくその通りですよ」


 案内役のアリンが振り返った。


「このエルフ街道は、馬車の通行用に作られています」

「馬車! 意外ですわね」


 デゼルトの後部席から、サキリスが外の景色を望みながら言う。


「エルフに馬車というイメージがありませんでしたわ。そもそも森から出ない印象が強いですし……あっ」


 冒険者をやっているヴィスタがいるのを思い出し、サキリスは思わず口に手を当てた。そのエルフの魔法弓使いは微笑を浮かべる。


「確かに、私のように里を出るエルフはあまり多くはないな。そうだな、アリン?」

「そうですね」


 エルフの使者は頷いた。


「外の人は、エルフが馬車というと驚きますよね。でも私たちも里の間にある集落間の移動や輸送では使っているんですけどね……」


 ただでさえ大きく広い森だからな。徒歩で移動するのも場所によっては簡単ではない。


「やはり、森の外で乗らないのが原因か」


 ヴィスタが腕を組んで頷くのだった。俺はハンドルを握ったまま言う。


「何にせよ、案内人ガイドがいて、道を使わせてもらっているおかげで楽に進めそうだ。普通に森に入ったら簡単に迷子になるからね」


 最初にエルフの里を目指した時も、中々大変だった。圧倒的な木々に、森がまとう魔力の靄が、簡単に方向感覚を奪うのだ。


「外部からの侵入を防ぐためですね」


 アリンはさも当然のように言った。


「対策のない者は、里にたどり着けないようになっています」

「対策?」


 アーリィーが俺を見れば、答えたのはベルさんだった。


「ちょっとした魔法さ。なに、お守りみたいなもんだ」


 それで――俺はちらとアリンを見た。


「ここで道が分かれているんだが、どっちへ行けばいい?」

「ヴィルヤに行くには右の道へ」

「了解」


 ハンドルを切り、若干速度を落として右の道へとデゼルトを走らせる。そういえば、とアリンが口を開いた。


「このまま進めば、カランを通りますね。ヴィスタさんの故郷の」

「ああ、例のオーク騒動で酷い目にあったがな」


 例の、とは、俺やベルさんが参戦したあの時のことだ。アリンは顔をほころばせた。


「私が通った時は、戦災の跡はほぼなくなってました。……せっかくですし、家に帰られます?」

「通り道なら構わないぞ。そろそろ軽く休憩しておきたいところだし」


 俺も言えば、ヴィスタは苦笑した。


「そういうことなら、そうだな。休憩がてら、少し休んでいこうか」


 OK――俺は少しばかりアクセルを吹かし、エルフ集落へと向かった。

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