第411話、ユナ、魔法車を自作する


 アクティス魔法騎士学校の高等魔法科授業を教えているユナ・ヴェンダート教官は、俺の弟子である。


 ……といっても、師匠らしいことはほとんどしていないのだが、彼女は俺を「お師匠」と呼んで、魔法のことを色々聞いてくる。


 本来は学校の教官として雇われたわけだが、いまは俺がその授業を引き継ぎ、ユナはもっぱら俺の助手をやっている。……俺は生徒のはずなんだがね、この学校では。


 生徒が教え、教官が補助をする――普通なら憤慨ものなんだろうが、ユナは魔法にしか興味がないので、周囲の目や評判をまったく気にしていなかった。


 そのユナは、俺が与えた玩具に夢中になっていた。


 青獅子寮の地下にある魔法車専用秘密通路。そこに面した格納庫で、現在、一台の魔法車が置かれている。


 ルーガナ領などで俺が乗り回している魔法自動車、それをベースにした別車体だ。周りには、その部品が並んでいる。


「組み立ては進んでいるかな?」


 俺が声をかければ、車内で作業していたユナは顔を覗かせた。近くに置かれた机には、サンドイッチが皿にのったままだった。寝食忘れて没頭していたようだ。こいつは本当に……。


「お師匠」


 何故、ユナが魔法車を組み上げているかと言えば、きっかけは彼女の発した言葉から始まる。


『そろそろ、私に魔法車の作り方を教えていただけませんか?』


 自分でも自動車を作りたいと思っていたらしい。魔術師なら自分用のオリジナル杖を作る、作りたいっていうアレだ。


 魔法研究大好き人間のユナである。運転できるようになっただけでは不足ということなのだろう。


 それならば、と、俺はディーシーにパーツを一通り生成してもらい、それをユナに与えたのである。


 魔法車は、俺のいた世界での自動車を外見上のモデルとしているが、その構造はかなり簡素化されている。……まあ、そこは俺が車の専門家ではないから、というのもある。


 基本は動力である魔石エンジンに、魔力伝達線を繋げて、魔力を流すことにより、稼動部分を動かす。


 例えば、アクセルペダルを踏むことで、ペダル裏の魔石が魔力伝達線に接触。すると魔力が発生し、信号となって魔石エンジンに伝わる。


 魔石エンジンから別の伝達線に魔力が流れて、前進するためのギアを回転させる。回転するギアは、車軸を通じて車輪へと伝わり、車体を前進させる。


 ブレーキペダルや、変速ギア、ハンドルの操作も、基本的には同じような流れである。これら一連の動作を可能にするためには、稼動部と魔石エンジンを繋ぐ魔力伝達線と、その稼動部に『どういう動きをするのか』を伝える魔法文字の組み合わせが必須だ。


 ユナには、魔法車の仕組み、魔力伝達線の張り方、各部を稼動させるための魔法文字などを一通り教えた。足りない部品や必要な素材については、俺が用意してやることになっていたが……見事に彼女は製作作業にのめりこんでいたわけである。


 今年23だっけか? 玩具を与えられた子供のような集中力だった。


「やり方はわかりました。完成させます」


 表情に乏しいユナが胸を張った。そのとても大きな胸が揺れたが、それよりもややドヤった顔のほうに俺の視線は向いた。まるで幼子を見守るような気分になって、彼女が可愛らしくみえた。


「うん、それは頼もしい。優秀な弟子をもって俺は嬉しいぞ」


 弟子なんて口に出したことはないが、冗談めかしたつもりのその言葉に、ユナはますます有頂天になった。


「光栄です、お師匠」


 お、おう……。やたら力のこもったユナの声が珍しく、俺はちょっと驚いた。そんなに自分用の魔法車を作れることが嬉しいんだろうか。


 ……などと考えた俺だったが、後で聞いたところによると、お師匠の道具――この場合車だな――を与えられるのは弟子として誉れなのだそうだ。それはつまり、弟子の成長を、師が認めたことを意味するかららしい。


「ああ、そうだ。ユナ、君にやってもらいたいことがあるんだが……」

「おっぱいを揉みたいのですか?」

「……このタイミングで、それを真顔で言うのはやめてくれないか」


 何の羞恥もなく言い放つユナもユナだが、それでは俺がただの変態みたいじゃないか。ちゃんと時と場所はわきまえてますぅー。


 ひとつ咳払いを挟み、仕切りなおす。


「車にひとつ機能を追加したいのだが……。エア・コンディショナー――空気調整装置を載せてみる気はないかね?」


 つまりは、エアコンだ。もったいぶった言い方のせいか、ユナが目をわずかに大きくした。


「それは、いったいどのような魔法具なのでしょうか?」

「ここに三つの魔石があります」


 俺は、机の上に、火、氷、風属性の魔石をそれぞれ置いた。



  ・  ・  ・



 ウィリディスの地におけるマイホーム製作は順調に進んでいた。


 家具などはまだ入れていないが、一階と二階の大まかな部屋の配置は完了しつつある。……しかし、暑いな。


「サフィロ、室内温度、もう二℃ほど下げてくれ」


 しっとりかいた汗を拭いながら言えば、ダンジョンを管理するコアであるサフィロが『了解』と魔力念話で返してきた。サフィロの管理下になかったら、エアコンや扇風機は必須だな、こりゃ。


『マスター、アーリィー様がいらっしゃいました』


 サフィロが報告してきた。青獅子寮のポータルを通って、こっちの様子を見にきたのだろう。それとも、もう夕食時かな……?


「もういい時間かな?」

『お迎えのようです』


 事務的にサフィロは答えた。


「オーケー、じゃあ、今日はここまでにしよう。ディーシー、お前はどうする? 三階部分の部屋は明日にするか?」

「こっちでサフィロと一緒にやっておく。ダンジョン作りという我の一番楽しい時間を奪わないでくれ」


 はいはい、お好きにどうぞ。


「家な! ダンジョンじゃないから」


 もうすでに図面もあって、三階の配置が決まっている。任せてしまって問題なかろう。彼女はプロだからね。


 ぶっちゃけ、俺がわざわざ、ここに足を運ぶことなかったりする。でもやっぱ、気になるじゃない。俺たちの家なんだし。


 ……こりゃ、ユナのことをどうこう言えないな、俺も。


 俺は、コアたちに、三階部分の部屋配置を委ね、やってきたアーリィーと共に青獅子寮に戻るべく歩き出すのだった。

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