第405話、ここに住むのも悪くない
アクティス魔法騎士学校は、ひと月の休みの期間に入った。
いわゆる前期と後期の中休みと行ったところだ。三年、つまり今年卒業を控えた生徒たちにとっては、学校を出た後の人生の過ごし方にも影響する休み期間となる。
すでに貴族の家や有力者から、騎士の内定をもらっている者もいれば、まだ正式に決まっていない者もいる。成績や能力如何によっては、卒業しても仕える先がない、なんてこともあるのは、この世界でも同じだった。
クラスメイトであるマルカスは、伯爵家の次男だが、表向き仕える先はまだ決まっていなかった。
だが裏では、俺んところのウェントゥス軍に加わっている。表向き冒険者ということでしばらく過ごすそうだ。……これにはクラスメイトたちが驚いていたけどな。真面目な彼のことだから、すでに決めていたと思っていた、ということらしい。
ま、家を継げない次男坊や三男坊は騎士や冒険者になるのは、さほど珍しいことではないからね。
いい機会なので、サキリスにも聞いてみる。やや露出癖があるものの、その仕事ぶりは優秀な彼女は、相変わらず俺に仕えると言う。例え俺が追い出しにかかったとしても、400万ゲルド分の仕事はするつもりらしい。
魔法騎士になる夢は、と聞いてみれば、メイドだろうが騎士だろうが、主に仕えるのは変わらないと言われた。
むしろ家族も故郷もない現状、他で魔法騎士を目指すより、俺のもとにいたほうがそれが叶う近道だとサキリスは思っていると言う。……意外と合理的。
もう一人のメイドであるクロハもまた、当面は俺のもとで働くそうだ。
俺もそれなりに働かないと、養っていけないぞこれは。まあ、しょっちゅう外に出る俺たちのことだから、家にいて面倒を見てくれる人材というのはとても助かるのだけどね。
・ ・ ・
ルーガナ領が、どうも俺かアーリィーの直轄地になるかも、という話になっているらしい。
現状、アーリィーが仮領主という扱いで統治しているのだが――それでまだ、前領主の名前のままなのか。
しかし、何で俺?
「悪魔退治、武術大会優勝の勇者への報奨じゃない?」
アーリィーが楽しそうに言った。
「ついでに、ボスケ大森林地帯や、その奥の未踏地区も、ボクらのテリトリーで良いってお父様が言ってた」
もうその辺りは俺らが、勝手にウェントゥス基地を作ったりしていたんだけどね……。
エマン王からのお墨付きをもらったってことは、俺らの土地だからって、部外者の立ち入りをきっぱり断れるようになったわけだ。
それはそれで、めでたいのかな。
「前々からさ、考えていたことがある」
「何、ジン?」
「ここは自然が豊かでさ、結構、景色もいいんだ」
広大な森、渓谷があって、その地下深くにはプチ世界樹。テラ・フィデリティアの基地があって、それも利用はしているけど、世間的には、秘境とされている。
俺は魔法装甲車は走らせる。
やがて次第に小高い山に近づく。一旦停めて、ルーフへ上がる。俺とベルさん、そしてアーリィーはのんびりと景色を眺めた。
風のささやき。ほのかに香る新緑。青く澄んだ水が、滝となって泉に流れ込んでいる。奥に見えるのは洞窟か……。いや壁面が見えるから大きな窪みと言ったほうがいいか。アーリィーが耳にかかる髪を払った。
「綺麗だね。こんな場所があったんだ……」
「いいだろ、ここ」
俺はニヤリとする。デゼルトの天井に座るベルさんも「そうだな」と同意した。
「静かだし。たまにはゆっくりするのに、ここはいいんじゃねえかな」
「たまに……?」
俺は笑った。いやいや、ベルさん。
「ここに家を建てようと思う。プライベートホームってやつ」
夢のマイホーム生活。いつ来るかわからない、だがいつか来るだろう戦争のことばかり考える以外にも、心穏やかに過ごす休日、日常も必要だ。
ヴェリラルド王国が、結構住み良い国って印象が強くなっている。
魔法騎士学校の寮も悪くないが、卒業したら、どうせこっちが拠点になるだろうし、プライベートホームはあってもいいだろう。
王都じゃ、ちょっと有名になってしまったから、人里離れて自然に囲まれた場所は、のんびり過ごすのにいいのではなかろうか。
何より、景色がいいんだ。
「今週末、キャンプがてらここで遊ばない?」
「キャンプ……? 冒険者が町の外やダンジョンでやるやつだよね?」
アーリィーは首を傾げた。キャンプという言葉が、この世界ではあまり遊びに行く的なニュアンスがないのを改めて思い知った気分である。野宿の延長といえば間違いではないのだが。
大自然の中で遊ぶんだよ、と力説して、ようやくちょっとした旅行と理解してもらった。アーリィーが王族で、どちらかといえば都会っ子だから何とか伝わった感じである。
そういえば最近のコスプレ遊びの一環で、アーリィーは水着を持っていたはずだ。
「泉があるから、昼間は泳ぐのもいいだろうな」
せっかくなので本来の用途である水遊びに使うべきだろう。
「み、水着!」
何故かアーリィーは真っ赤になって、俺から視線を逸らした。
「あ、あれ……着るの?」
ほとんど下着のような水着というものに、羞恥心を持っていらっしゃるようだった。特に最近、王都で流行り出した最新ものについては、その過激さは顕著だったりする。
「俺は、アーリィーが水着で泳いでるところ、見たいんだけどな」
なあ、ベルさん。視線をやれば、黒猫姿の魔王様もコクコクと頷いた。
「え……、そ、そう……?」
もじもじとしながら照れるアーリィーである。俺は言った。
「見たい。もし、恥ずかしいなら、あまり露出の少ない水着にしたらどう? いま色々な種類が売られているらしいし」
そもそも水着は、過激さを競うものではないからね。俺も男物の水着を新調して、あの泉で泳ぎたい。
「わかった……じゃあ、新しいの用意しておく」
アーリィーはこくりと頷いた。うん、俺の嫁が可愛すぎる件について。
さて、週末のプチ旅行に向けて、こちらも準備しておこう。最低限、現地を拠点にできるように領域化とその安全の確保をやっておかねば。
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