第368話、試合の中と外


 裂帛れっぱくとはこのことか。


 決闘場に響く女性の鋭い声。白銀に輝く刀身は古代竜の牙。東方出身の女剣士ナギは、エメラルド色の手甲、軽鎧をまとう黒髪の女子高生、橿原かしはらトモミに、ひるがえる燕の如き一閃を放った。


 加速による斬撃からの回避。トモミは頭ひとつ下げて、太刀を潜り抜けるとナギの側面から背後へと、素早く回りこむ。


 魔力を右拳に集め、打ち込む。


「陣風――!」

「首斬り――!」


 ナギの刀が素早く戻ってきた。瞬時に背後から迫る敵を迎え撃つ旋風せんぷう流剣術は、一対複数相手の戦いでも力を発揮する実戦剣術。その刀の返しの速さは異常なものであった。


 だがトモミの猪俣いのまた流攻魔格闘術もまた、異形と戦う戦闘術。魔力によるブーストで身体能力を引き上げる一撃もまた速い。


 結果、衝突した。


 トモミの拳は、ナギの左わき腹を強打し、ナギの斬撃はトモミの左肩を切りつけた。お互いに守りのペンダントがダメージから身体を守るが、その輝きの色が変化する。


 トモミは黄色、ナギはオレンジに。一歩、橿原がリードしている形ではあるが、それはナギの一撃がストレートに入っていないからだ。かすりの蓄積だけで、トモミのペンダントの防御効果を半分にまで減らしている。


 恐るべきは、古代竜の牙から切り出された対竜刀の威力。もし一撃が決まれば、それだけでナギの勝利もありうる。


 残り時間はおよそ一分ほど。このまま決まらなければ、ダメージ判定差でトモミが勝利するが。


「まさか、ここまでやるとは思いませんでした」


 ナギは刀を構え、トモミを睨む。


「異郷の地で、心躍らせる相手と巡り合えるとは」

「それはこちらも同じですよ、ナギさん。たぎりますね」


 トモミも目を細める。


「ここまでわたしの拳が、微妙に届かない相手というのも」


 猪俣流の破壊力は鉄をも砕く。それが正面から入っているように見えて、実は直撃していない。入っていれば相手のペンダントはすでにレッドゾーンのはずだから。


「このまま真剣勝負を楽しみたいのですが、あいにくと時間がありませんね……!」

「然り! ここはお互いに、秘伝の技をぶつけて、決着をつけましょう!」


 ナギの全身に魔力のオーラが浮かぶ。闘気開放、というべきか、トモミもその手の技を持っている。


「旋風流剣術、紅刃こうじん。エドハラ・ナギ!」

「猪俣流攻魔格闘術、突角とっかく、橿原トモミ」


 名乗りを上げる。研ぎ澄まされていく闘気。


 トモミは内心、血が沸き立つ。まさか異世界に我が故郷と同じような流派的思想の者と戦う日がこようとは。


 紅刃とは、おそらく旋風流の中の階級だと思う。それがどの位置にあるのかは皆目見当もつかないが。……おそらくナギも、トモミの『突角』に対し同じような疑問を持っただろうけれど。


 二人はほぼ同時に正面から突っ込んだ。


 ナギの刀が風を巻き、渦をまとう。旋風流の真髄ここにあり。


 だが、トモミもまた脚に加速による魔力ブーストをかける。猪俣流は、すなわち『猪』。いかなる敵も正面から打ち砕く。最大火力を一点に集中し、そこから破壊する!


 その差は、流派の違いゆえだったかもしれない。どちらが強い弱いではなく、単に相性だったかもしれない。


 衝撃音が闘技場に響き渡り、いつの間にか固唾を呑んで見守っていた観衆はその結果を見守った。


「お見事でした」 


 勝ったのは、トモミだった。



  ・  ・  ・



 闘技場の観客席の後ろ、外周の一番高い位置に屋根がある。本来、そこは客席ではないし、登る者は皆無なのだが、リアナ・フォスターはカメレオンコートを羽織り、屋根に待機していた。


 DMR-M2ライフルを手に、高所より客席や闘技場の様子を見守る。不審者の行動に目を光らせ、暗殺者が狙撃じみた行動に出る際は、逆にスナイプする役割を担っている。


 本来、屋根の上という、ひと目見られれば目立つ場所にいるのだが、カメレオンコートのフードを被っていて、じっとしていると、よほど注意深く見なければ判別がつかない。


 決闘場では、リーレがAランク冒険者――確か名前はクローガ――と戦っていた。


 武器は片手剣、盾は持たない眼帯戦士と、剣と盾を持ちながら軽装備でまとめる冒険者はめまぐるしく動きまわり、剣を交えている。


 リーレは終始、獰猛な笑みを浮かべている。楽しそうである、とリアナは思う。自分もよく戦闘狂と言われるが、リーレはそのベクトルが違う。


 リアナは視線を会場に向ける。先ほどトモミが、東洋のサムライじみた女剣士と戦っていたが、ちらと見た程度で済ませていた。


 何せ、いまは警戒任務中である。試合の様子は最低限。むしろ試合を観ていない時間のほうが長い。


 すっと、右手方向に気配を感じた。


 登ってくるはずのない場所に侵入者――だが、リアナは視線だけ向け、それも一瞬で終わり、スコープに戻った。やってきたのがヨウだったからだ。


「お疲れ様です。弁当を持ってきました」


 美少女じみた黒装束の少年は、手にしたバスケットを掲げたが、リアナは頷いただけで見もしなかった。


 そこに置いて、という意味と解釈したヨウは、とくに気分を害した様子もなかった。


「どうですか?」


 何が? と言葉が出掛かるが、見張っている会場の変化についてだろうと察し、やはり顔を向けずに口を動かした。


「異常なし」

「……そうですか」


 沈黙。リアナは観客席の間の通路を行き来する人々を注視する。


「少し代わりますよ。弁当を食べているあいだ」

「……わかった」


 リアナの隣にヨウが座り、観客席を見やる。リアナはライフルを置くと、バスケットの中身に手を伸ばす。サンドイッチだった。


「片手でも食べやすいように」


 可憐な笑みを浮かべるヨウである。この少年の女の子のような顔は、人を惑わすところがあるらしいが、リアナは特に何も感じなかった。羊肉のサンドイッチを右手でとると、左手に持った予備スコープを望遠鏡代わりに闘技場を見渡す。片手で食べられるサンドイッチは、この手の野外任務ではありがたい。


 食事はシンプルに済ませたいというのがリアナの信条だ。そもそも、彼女は味覚が死んでいるために、食事を楽しみにするという考えがまったくない。


 活動するために必要な行為程度であり、しかし味のしないものを摂るという行動は、できれば早く終わらせたいとさえ思っていた。


 会場が歓声に包まれた。試合に決着がついたのだ。リーレがクローガを退けた。


 順当。


 リアナは興味を失い、すでに半分になったサンドイッチを片付けにかかった。

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