第353話、ガルネードとアマタス


 ベルさんが王都で、エマン王と密談をしている頃、俺は、フィンさんたちの様子を見に行っていた。


 異世界からの転移組である彼、彼女たちは、狂気の魔術師フォリー・マントゥルの廃城の探索活動を行っていたのだ。俺がポータルを使って到着した時、その探索も終了していた。


「置き土産、というか、ヤバイものは処理した」


 そう言ったのは眼帯の女戦士リーレだった。仮面のネクロマンサーであるフィンさんが補足する。


「改造実験用の設備、怪しげな装置……あと見るに醜悪なオブジェや調度品とかだな」

「あのヤローの美的感覚は絶望的だからな」


 リーレは顔をしかめた。


「思い出しただけで吐きそう」


 それについてはノーコメント。


「で、何か収穫はあったか?」


 俺が問えば、フィンさんが答えた。


「例の異形の騎士たちの武器や防具は回収した」


 他にもスケルトンらが使っていた武具、宝物庫には金塊や魔石、呪文書、略奪品があったと言う。


「皆と相談して、こちらで勝手に分配しておいた。……あのまま放置しても腐らせるか、後に探索した者の懐に入るだけだからね」

「まあ、そのあたりは冒険者特権ですから」


 冒険者は慈善事業ではない。命を懸けた分、見返りがなければ食べていくこともできない。……まあ、もとの世界だったなら、例え悪党でも戦利品回収なんてしたら、NGだがね。


 ここは日本ではないし、この世界の法が現代のそれに追いつくまでにウン百年は待たないといけないかもしれない。つまりは合法だ。


「おう、そうだ、ジン」


 リーレが後ろにある金塊の入った箱を指し示した。


「持ちきれない金塊、お前のストレージにしまっといてくれよ」

「俺のストレージは金庫じゃないぞ」


 冒険者特権だの現代の法うんぬん言ったが、やってることは強盗と一緒だな、と思った。


「いーじゃねぇか。お前も使っていいからさ!」


 いいのか? 預けている俺が勝手に使っていいなら、お前ら必要な時とかなくなってるかもしれないぜ?


 まあ、いいや。金塊の詰まった箱やその他お宝は、重量操作の魔法で重さを軽減させて、ストレージに収納した。そういえば前にこいつらとつるんだ時も、似たように戦利品詰め込んだけど、あれから取り出した記憶がない……。またまた死蔵になりそう。


「そういえば、君たち、ちょいと俺の話を聞いてくれないか?」

「何だよ、あらたまって」


 リーレが言えば、リアナや橿原かしはら、ヨウ君もやってきた。


「君ら、これから急ぎの用はあるか?」

「いや……。しばらくこの国でのんびりしようと思ってたところだ」


 眼帯の女戦士が首を横に振る。橿原とヨウ君が顔を見合わせ、とくに、と言えば、フィンさんも同じように頷いた。


 マークスマンライフルを肩に担いだ女兵士であるリアナは言った。


「仕事?」

「あまり愉快な話ではないが――」

「お前の話が愉快だったことがあるかよ、ジン?」


 リーレが茶化した。苦笑する橿原にヨウ君。


「実は、この王国の北の国境線に不愉快な連中が出張ってきていてね。……聞きたくないだろうが教えると、我らにとって憎いにっくき敵である大帝国の軍勢だ」


 しん、と沈黙が室内を満たした。というより、リーレははあからさまに白けたと言わんばかりの顔になり、美少女顔の少年であるヨウ君も表情を曇らせた。橿原はため息をついた。仮面のフィンさんがどんな顔をしているかはわからない。


 リーレが指で自身の頬をかいた。


「それで……連中が何だって?」

「おそらくこの国に攻め込もうとしている。すでに尖兵を送り込んできた」

「……」

「連中がこれ以上面倒を起こす前に、お引取りを願おうと思う。……誰か手伝ってくれるか?」


 俺の問いかけに対し、皆が押し黙る。嫌に長い数秒間が過ぎ、一人、また一人と手を挙げた。


 結果、全員が俺の呼びかけに応じた。全員、目が据わっていた。



  ・  ・  ・



 旧フェリート伯爵領、カンタス平原に広大な野戦陣地が作られていた。


 三つ首の黒い竜の旗を掲げるは、ディグラートル大帝国の軍勢。空から見れば長方形に作られたその野戦陣地は、急増の石壁に囲まれ、中には整然と並べられた数千もの天幕テントがひしめき、また兵や騎馬がうごめいているように見えた。


 さらに前線配備の進む魔人機が巨人の如くそびえ、本土からやってくる空中輸送船が物資を運んでくる。


 大帝国より派遣された西方方面軍第一軍団は、シェーヴィル王国を制圧し、いままさにヴェリラルド王国への侵攻を目論んでいた。


 西方方面軍第一軍団を率いるのは、烈火の猛将と謳われたガルネード将軍である。四十代。日に焼けた浅黒い肌に、泣く子も黙る巨漢の男である。


 夜の帳が下りた中、野戦陣地の軍団本部にて、ガルネード将軍は苛立ちを露わにしていた。


「アマタスからの報告は、まだないのか!」

「はっ、いまのところ伝令もまだ戻っておりません!」


 報告する幕僚は震え上がっていた。こう一日に何度も怒鳴られてはたまらない。傲岸たるガルネード将軍は、唇をひん曲げ荒々しく鼻息をついた。


 アマタス――魔法軍所属の将軍にして、紫の魔女の異名を持つ。彼女は、MMB兵器と呼ばれるモンスターメーカーの試作品を用いて、蟻亜人軍団21万をヴェリラルド王国北部に侵攻させた。


 いわゆる、魔獣による露払い。大帝国の定番戦術であり、シェーヴィル王国攻略においても威力を発揮した。ここヴェリラルドでも同様の戦法を用いたのだが、先行した軍団から連絡がまったく入らない。


 正直に言えば、ガルネードとアマタスの仲はよろしくない。西部方面軍のトップはガルネードであり、実質、アマタスは部下になるのだが、あの魔女は鼻持ちならず、周囲を見下す傾向にあった。当然、上司として敬われていないのは、ガルネードにもわかっていた。


 が、アマタスには実績がある。大帝国本土でも評価は高い。特に魔法軍は、皇帝陛下の贔屓が見え隠れする組織であり、そこの人物を無碍に扱うと、自らの首を絞めることにも繋がるというのは、ガルネードも承知していた。


 だが、連絡のひとつも寄越さないのは、これまでなかったことだ。不仲を隠そうともしない相手であっても、魔力念話装置による定時報告は欠かさなかった。


 音信不通になって三日。第一軍団はヴェリラルド王国北部に侵入し、現在のところは無人の野を快調に進撃していたが、指揮官の苛立ちは募る一方だった。


 念話が通じないので、伝令を走らせたが、それも今のところは戻ってきていない。――まったく、とうとう上司を無視し始めたのかあの魔女は!


 その時だった。


 天幕の外で爆発と思しき音が連続して起きた。ガルネードは素早く立ち上がる。


「何事かーっ!?」


 烈火の猛将はそのまま天幕を飛び出す。陣地南側に複数の煙が、周囲のたいまつの明かりに照らされながら流れていくのが見えた。


 休んでいた兵たちが天幕を出て騒動を見やる中、警戒待機していた者たちは騒ぎのもとへ駆けつける。混沌が野戦陣地内に広がっていく。石壁が壊されたのか……?


「敵襲かっ!」


 自分で言いながら、ありえるのかと思う。先方に第二軍団がいて、この陣地も多数の見張りがいて、それをかいくぐって攻撃できるなど不可能ではないか――


 だがガルネードの思考はそこまでだった。


 夜の闇を光が走った。上がっていた煙が掻き消えたその瞬間、青白い膨大な光が大帝国軍陣地に流れ込み、そこにいたすべてを飲み込んだ。


 烈火の猛将と呼ばれたガルネードをもってしても、何が起きたかわからないうちに光の渦に巻き込まれて、蒸発したのだった。

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