第350話、因縁の影
「あれはいったい何……?」
メンティラは理解に苦しんでいた。
ズィーゲン平原に、車輪のついた大型の魔獣のようにも見える謎の物体が存在している。あれはどうやら乗り物らしい。
遠距離視覚の魔法で、平原の彼方より様子を窺っている冒険者にして、諜報員、そしてキャプターの実質リーダーであるメンティラは身を伏せて様子を窺う。
ジャルジー公爵の手の者から、アーリィー王子の誘拐を依頼された。キャプターの総力を上げて、公爵の企みに協力し、さらった王子の身柄を引き渡した。
本来なら、そこでお仕事は終わりなのだが、大帝国の諜報員であるメンティラには、ヴェリラルド王国の王族間での問題は、収集すべき情報でも優先度が高い。
ゆえにジャルジー公がアーリィー王子をどうするのかは、今後の情勢を見る上でも確かめておく必要があった。
公爵がグリフォンを使って自領に王子を連れて行くことは予想がついていたため、メンティラも移動用の巨鳥を用意して、こうしてケーニゲン領くんだりにいるわけであるが……。そこでまさか、あのような異形の乗り物と遭遇することになるとは。
しかも間の悪いことに、ヴェリラルド王国北部より、侵攻軍の尖兵が動いたようだった。そう、蟻亜人の大集団である。
確か昨年、大帝国が開発した兵器に、人工スタンピードを発生させるものがあったと記憶している。
なにぶん本国の計画の上に、諜報員という身分ですべてを把握しているわけではない。多分に推測が混じっているのだが、なんとも間の悪いことだと思う。あの大集団がそれなら、大帝国は、ヴェリラルド王国へ侵攻を開始することを意味しているからだ。
――そういう情報は、早くこちらにも回してくれないものか。
メンティラは憤慨する。末端の諜報員などどうなってもいいというのか、と愚痴も言いたくなる。
だが、本国か、あるいは西部方面軍かは知らないが、尖兵として送り込んだ蟻亜人の大集団は一夜にして壊滅してしまった。
夜の闇を切り裂く、膨大な光が大集団を飲み込み、消滅させてしまったのだ。大魔法の一種だと思うのだが、正直あれが何なのか、メンティラにはわからなかった。
例えるなら、半年前に死んだと言われる連合国の英雄、ジン・アミウールの光の殲滅魔法のようなものかもしれない。実物を見たことがないが、もしかしたらあれが近いと思う。
しかし、これは思いがけない収穫でもある。まだ確証はつかめていないが、あの蟻亜人の大集団を壊滅された魔法を、ヴェリラルド王国が所持している事実を目の当たりにした。大帝国はまだ事態を把握していないのだから、この情報は非常に有益なものとなるだろう。
だが、まだ足りない。
できればもっと確実な情報が欲しい。あの魔法が何であるか。そしてあの得体の知れない乗り物の正体など……。
しばらく監視していたら、外にいた人間が乗り物に乗り込みだした。どこかへ移動するようだ。
遠距離視覚の魔法で確認したところでは、ジャルジー公爵に、彼の部下である騎士。アーリィー王子と、最近その護衛についている魔法使いであるジン・トキトモ。メイド服なのが先日の流星騒動で没落したキャスリング家の娘、魔法騎士学校の教官のユナ・ヴェンダートに、名前不明の女魔法使い……。
誘拐までしておいて、公爵と王子が同じ空間で会話している様子は奇妙ではあったが、この人間の取り合わせもまた変だった。
平原を移動する六輪の乗り物。馬車などより断然速いそれ。距離が開いていくが、こちらも飛行できる巨鳥がいる。追いつくことは難しくない。
それより、何か落として行ったか……? メンティラの視界に、先ほどまで乗り物が停まっていたいたところにある残留物が入った。
ただのゴミの可能性はあるが、あの公爵や王子が一緒に行動している連中のものである。確認もせずに放置するのは、諜報員であるメンティラには無理な話だった。こういう細かなところで、有益な情報が転がっていることもあるのだ。
乗り物が去っていくのを確認し、メンティラは移動した。くるぶし程度の長さの草を踏みしめ、小走りに近づく。落ちていたのは、ワインボトルが一本と三十センチほどの大きさの箱がひとつ。蓋は開いているので罠の類ではないが……。
「なんだ、この黒い液体は……?」
首をかしげるメンティラだが、その瞬間、背後に気配を感じて振り返る。
人の気配。だがそれを確かめることをメンティラはできなかった。何故なら振り返った瞬間に、背後から何かに視界を覆われ、そのまま意識を刈り取られてしまったからだ。
・ ・ ・
ズィーゲン平原の一角に、デゼルトは停まっていた。
その前には、黒ずんだ何か。
俺はベルさんと共に、それを見ていた。昨日、空中から偵察した時に見かけた蟻亜人の謎の櫓もどきである。バニシング・レイを浴びて、金属で構成されていたらしいそれは半分以上が溶け、残りが黒く焦げていた。
「ジン!」
デゼルトのルーフから、ジャルジーが大きな声を張り上げた。
「それはいったい何だ?」
肩をすくめることで答える。正直、前線司令部的な何かだとは思うが、よくわからん。
「車輪とか足とかなさそうだが、どうやって動いていたんだこれ……」
「蟻亜人どもが担いでいたんだろうよ」
ベルさんが、いそいそとその黒ずんだ残骸に歩み寄る。担いでって、
「何かあったかい?」
「ジン、これ、何だと思う?」
前足で指し示した『これ』。それは球体だった。大きさはボウリングの球ほど。極大魔法を浴びて真っ黒になっていたが、一部分だけ焦げずに残っていた。水晶のようにも見えるが。
「見たことないか、これ?」
「……ダンジョンコア、か?」
俺が言えば、ベルさんはコクリと頷いた。
「何やら、臭うぞこれは。あのクソ帝国の臭いだ……」
英雄時代に俺とベルさんが連合国側で戦った敵、ディグラートル大帝国。それが頭の中をよぎり、ぴたりと今回の騒動のカラクリが読めた気がした。
「ひょっとして、これ連中お得意の――」
「ああ、使い捨て上等の魔獣を尖兵として送り込んで、引っ掻き回した後に本隊が国境を越えて、本制圧にかかる……」
ベルさんの目が光った。
「蟻の亜人は見たことねえが、連中お得意の改造生物だろうな。オレ様たちが連中との戦争から離脱してどれくらい経った?」
数ヶ月、そろそろ半年ほどだろうか。そう昔でもないが、それだけ離れていれば、色々変わっていることもあるだろうな。
「まあ、これだけではまだ帝国の仕業と断言できないが」
「確かめる方法は一つだな」
ベルさんは視線を地平線に向けた。
「蟻どもが喰い散らかした先を辿っていけばいい。その先にクソ帝国野郎がいれば当たり。いなければ別の原因だろう」
俺は、焦げて力を失ったダンジョンコアもどきを掴むと振り返り、デゼルト――さらにその向こうを見やる。
「スフェラが、例の誘拐実行犯を捕まえたかな……?」
出発前、スフェラが、アーリィーをさらった実行犯が近くにいると報せてきた。シェイプシフターの身体の一部を発信機よろしく犯人につけたらしい。
わざわざ様子見に現れてくれたなら、逃がす手はない。スフェラには、シェイプシフターを使って、そいつを捕まえるよう命じたが、果たして。
「やることがいっぱいだなァ」
ベルさんが笑いながら、デゼルトへと戻る。俺は頷いた。
「一度クロディスに戻ろう。ジャルジーを送り届けて、王都に戻ってアーリィーの無事の報告もしないといけない。向こうは向こうで騒ぎになってるだろうし」
あー、それと、マントゥルのアジトを探索しているフィンさんたちの様子も見に行かないとな。もう調査と掃討は終わってるといいのだが……。
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