第342話、脅威、現る
ベルさんからの念話に、俺はこめかみに指をあて、念話を返す。
『どうしたんだい、ベルさん?』
『よくわからんが、何かジャル公宛てに急報が入ったようだ。かなり慌てて騎士と伝令らしい奴が走ってった』
『急報……?』
この忙しい時に、いったい何だってんだ。自然と眉間にしわが寄る。俺の表情の変化をジャルジーは見逃さなかった。
「何だ?」
「……よくわからないんだが」
俺は前置きした上で、何か急ぎの報せがこちらに向かっていることを告げた。ジャルジーも顔をしかめた。
「いったい何だと言うのだ」
「スフェラ。扉を開けてくれ」
俺は待機させていたシェイプシフターに命じた。影からすっと彼女が姿を現し、ジャルジーもアーリィーもびっくりしていた。
それに構わず、スフェラは会議室の扉を開ける。現状、会議室には入らないように、とジャルジーが命令している。外にいる騎士らが伝令を止めてしまうかもしれないと思ったのだ。
正直、俺には関係のない話だとは思うが、こういう状況にも関わらずもたらされる内容には興味があった。
外で待機していた騎士たちが会議室に入ろうとするが、それをジャルジーが止めた。
「お前たちは外で待っていろ!」
「し、しかし、閣下!」
「いいから。それより、オレ宛てに報せが来るらしいから、それが来たら通せ」
困惑する騎士たちにそう命じると、ジャルジーは俺を見た。
「これでいいか、ジン?」
たぶん、と俺は頷いておいた。記憶を操作したせいか、公爵殿はだいぶ素直になっていらっしゃる。
するとベルさんが報せてきた通り、騎士と伝令が会議室へ駆けてきた。ジャルジーはそれに少々驚きつつ、やってきた者たちに問うた。
「何事か?」
「フェリート伯爵領が魔獣の大集団の侵攻を受け、同領はほぼ陥落! 現在、ケーニゲン領に向けて移動の兆候あり! その数、およそ20万!」
「何だとッ!?」
ジャルジーが席を蹴るように立ち上がった。外で聞いていた騎士たちもどよめき、アーリィーは驚きで口が開く。
20万の魔獣の大発生……。
ダンジョンスタンピードでもあったのか。それにしては数が多すぎる。まったく、嫌なタイミングで、嫌なことが起きたものだ。
俺は苦虫を噛んでいると、アーリィーが俺を見ていた。……うん、その視線な。わかってる、どうにかしないといけないんだろう?
魔獣の大発生とくれば一般人の犠牲も出るからな。人として見過ごすわけにもいかない。
しかし20万……うーん、20万か。見間違いとか数え間違いじゃないのかねぇ。
「ジャルジー公爵、どうだろうか?」
俺は提案した。
「俺がその魔獣集団の迎撃に力を貸そう。その代わり、先の王への取次ぎの件、必要になったら頼めるだろうか?」
ひとつ貸し、と言うやつだ。まあ、ベルさんがエマン王と交渉すれば、多分問題ないだろうから、保険もいいところだが。
「あ、ああ、それはもちろん構わないが……しかし20万か」
ジャルジーは唸った。
「オレは公爵として領民を守る義務がある。危機が迫っているなら何とかしたい」
「何とかしましょう」
安請け合いは好きではないが、まあ、この手の危機的状況とやらは、何も初めてではない。
何せジン・アミウールと名乗っていた頃は、大軍との戦いを幾度となく潜り抜けてきたのだ。
・ ・ ・
メイドアーリィーに膝枕される……天国かな。
俺は思った。クロディス城の会議室の脇に持ち込まれたソファーに横になっている俺である。
マントゥルの城からこっち、ろくに休めてなかったから休息中。ミニスカメイド衣装を選んだジャルジーの趣味のよさには敬服する。
見上げれば、髪を下ろした美少女が慈愛に満ちた顔で微笑んでくれるのだから格別だ。最初は少し恥ずかしそうだったアーリィーだが、今ではすっかり落ち着いて、俺の髪を撫でてくれる。
「あまりに女の子らしく振る舞って大丈夫か?」
「ボクは王子の影武者で、ここでは女の子扱いだからいいの」
さいですか。
会議室には、黒騎士ベルさんがいて、ジャルジーとその臣下らが魔獣集団対策の情報分析をやっているのを眺めている。いや、俺たちに手を出さないように睨みを利かせているといったところか。
まあ、仮にジャルジーが俺たちに牙を剥くようなことになれば、その場ですぐ殺せるよう細工は済ませてある。すでに我がシェイプシフターの影が彼に張り付き、命令ひとつで急所を貫くことになっているのだ。
俺はスフェラを呼ぶと、外で待機しているユナとサキリスに使いを出すように頼んだ。
「王子様の救出に成功。別命あるまで休んでいい」
「承知しました」
ちなみに、ウェントゥス基地のディーシーには、北方領の魔獣襲来を伝えてある。ディアマンテと共同し、観測ポッドなどを用いた情報収集を行わせている。
密かに準備してきた機械兵器群に、航空艦隊――これらも出撃準備をさせてある。
さて、夜も更けてきた頃、ジャルジーは領内に戦時体制の発令を告げ、各所に通達するよう部下に命じると、そのまま部屋に戻った。公爵閣下も御睡の時間だろう。一応、俺たちも部屋をもらったので、そこで休む。
翌朝、ジャルジーに朝食に招待された。
昨日は敵同士だったが、魔獣の大群という問題を前に現在は協調関係である。とはいえ、昨日の処置は軽くやったつもりだったが、結構ジャルジーの思考に作用し過ぎな気がしないでもない。
朝食には、アーリィーとベルさんも一緒だった。ちなみにアーリィーはメイド服ではなく、いつもの王子様服だった。……後であのメイド服いただけないものか。
それはさておき、公爵と魔獣集団についての続報と現状の確認。
「フェリート伯爵は討ち死にした」
その領地はケーニゲン領北西部に隣接している。魔獣の大集団は、ケーニギン領を目指し広大なるズィーゲン平原に向けて、ゆっくりと進撃しているらしい。
「それと20万という数は誤報ではなさそうだ。あれからもたらされている続報も、おおよそ20万前後とされている」
ジャルジーが言うには、このままでは何もしなければ、魔獣どもがここクロディスに二日ほどで到着する見込みだと言う。
「北方侯爵であるムカイドにも、北方軍の召集をかけさせてはいるが、果たして間に合うかどうか……」
俺たちみたいに通信機があるわけじゃないしな。20万の敵が来たと聞いて、慌てて軍を編成しても、すぐに兵が揃うわけではない。
「ちなみに、だけど公爵。魔獣の種類は特定されているの?」
アーリィーが質問した。敵は大群である。それを構成する魔獣の種類も気になるところだろう。あまりに雑多な組み合わせだと、種類によっては魔獣同士が対立することもある。……でも俺はもう知っているんだよね。ディーシーさんに調べてもらったから。
「どうにも信じがたい話なのだが――」
ジャルジーは何かすっきりしない表情を浮かべる。
「
「あり……? ありって、あの蟻?」
そう、その蟻だよ、アーリィー。
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