第333話、大魔術師の最期


 黄金眼――それは魔力を操り魔法を解体する。


 リーレの左目は、かつての人間の目。だが普段眼帯で隠してる右目は、魔獣の目だった。黄金色に輝くその眼は、魔力の流れを見通し、形作られた魔法を霧散させる。


 魔獣剣士と自称する所以。だが、リーレ曰く、自分の世界で魔獣剣士などと名乗ったことはないらしい。あくまで別の世界に来た時の自称だ。


 ともあれ、リーレの魔眼ともいうべき黄金眼が、マントゥルを視界に捉え、この大魔術師が展開するあらゆる魔法が解体された。


 大気中の魔力は、マントゥルの手からこぼれ、またうちに秘めた魔力も具現化しようと身体を離れたそばから消されていく。


「これは……何だ!?」


 マントゥルの動揺が加速する。自らの手から魔法が奪われた。魔法があれば何でもできるつもりでいる天才魔術師は、文字通り世界から見放されてしまったに等しい気分に陥った。


 その間に、俺とベルさんが突っ込む。リーレが見ている範囲内は魔法が使えないらしい。物理で殴れと言われたから、そうしましょうってな!


 俺は重い青槍を捨てると、火竜の剣に持ち直す。ベルさんは相変わらずのデスブリンガーである。


 マントゥルのまわりで佇んでいたスケルトン集団は、リーレの黄金眼を受けて、その場で崩れ落ちる。動かしているのは魔力の塊。つまり魔力が分解されてしまえば、身体を維持できない!


「ジン、ベルさん!」


 リーレが叫んだ。


「マントゥルの右胸に、でっかい魔力の塊がある! 悪いがあたしの黄金眼でも解体できない! 注意しろ!」


 でっかい魔力の塊――はて、いったい何ぞや。マントゥルとの距離を走って詰めながら怪訝に思う俺。隣を走るベルさんが、笑うような声を出した。


「なあ、ジン。一瞬、エンシェントドラゴンのアレを思い出した」

「エンシェントドラゴン……?」


 アレって何だ。ご年配はアレとかソレとか言うから……あぁ、アレか! 俺は察した。


 ダンジョンコア。古代竜の時は、その身体に半没する形であった。ということは、マントゥルもまた、自分の身体にコアを埋め込んでいるとか……?


 クレイジーだな。俺だったら杖にしても、身体に埋め込んだりしないぜ?


「ぐぬぬ……!」


 マントゥルが血走った目を向けてくる。リッチに転生した天才魔術師は、手にした例の呪いの杖を振り回す。……残念ながら呪いも黄金眼で発動が阻害されているか?


 俺は火竜の剣を叩きつける。マントゥルは杖で剣を受け止めた。だが続くベルさんのデスブリンガーが、無防備なマントゥルの首を刎ね飛ばした!


「ぐぬぅ、おのれぇ……! おのれェェ……!」


 宙を跳ぶマントゥルの首、その口から恨みの声が漏れる。……そういえば、いちおうアンデッドの類なんだっけかリッチは。


「どうする、ベルさん? 脳みそ潰したら死ぬんだろうか、リッチって」

「さあ、どうか知らねえけど、面倒クセェ」


 そう言うと、ベルさんは左腕を肥大化させる。それはさながら大口を開けた黒き獣のようで。


「喰う!」


 落ちてきたマントゥルの頭を腕の獣が飲み込んだ。……なんでも喰うって、ゲテモノ喰いだよな、ベルさんって。


 バタリ、とマントゥルの身体が倒れる。同時に、リーレもまた億劫そうに息をつくと、その場に倒れこんだ。


 終わった。


 俺は思わず笑みをこぼし、ベルさんを見やり、ついでフィンさんらを見て――

「おいっ!?」


 まだ終わってなかった。


 橿原かしはらと殴り合っていたバケツ頭の戦士が、のろのろと動き、フィンさんのそばに寄って来ていた。人形じみたその身体、パンチグローブじみた手甲を振り上げ――


「邪魔ですよ……」


 ヨウ君の影が、バケツ頭の戦士の背後からつかみかかると後ろに引き倒した。そのまま首の隙間に刃物が刺され、引き裂かれる。


 今度こそ、本当に終わりだ。



  ・  ・  ・



 フォリー・マントゥルは死んだ。


 廃城の地下に自分の研究施設を持ち、死霊術や悪魔召喚ならびに改造をしていた狂気の天才魔術師は、アンデッドによる世界統一なる野望を胸に抱えたまま、この世を去ったのだ。


 なお、マントゥルの身体、心臓とは真逆の右胸にダンジョンコアが埋め込まれていた。


 それを見た俺は、何でこんなことをしたんだと心の中で思ったが、魔力の供給源として、という答えが浮かんだので口には出さなかった。おそらくベルさんやリーレも同様に疑問を思い、すぐに答えに行きついたのだと思う。


 魔術師の首なし死体は、ダンジョンコアを引き離し、ベルさんが処理した。とんだ悪食ではあるが、こういう普通に処理に困るものを喰ってくれる彼は非常に助かるものがある。


 マントゥルとの戦いで、リアナと橿原が重傷、ヨウ君も決して軽くない傷を負った。戦い終わったことで、俺は本格的に治癒魔法ヒールと、ポーションによる治療を行った。おかげで二人はすぐに行動できる程度には回復。ただ治療明けなので、無理な運動は控えてくれよ。


 ヨウ君は、彼もまた怪我の治りが早く、ヒールですぐに元通りだった。生まれつきなんです、と美少女にしか見えない少年がニッコリと言うと、何かムズムズする。……ヨウ君の笑顔は癒し。


 リーレ、フィンさんは、不死体質ゆえに特に治癒はしなかったが、すぐに動けるまでに回復した。ベルさんも含めて、人外過ぎるなほんと。


 人間たちが魔法や薬で回復した一方、青藍せいらんやブラオら、スクワイア・ゴーレムチームは全滅だった。


 青藍が外装がやられ、ゲルプが脚を二本失ったが、一番のダメージは玉座の間――本当は思考の間と言うらしい――全体を襲った洪水からの電撃によって、魔力を通す伝達線が焼き切れてしまったことだった。四機とも魔力伝達線を交換しないと活動不能の状態である。


 俺が、動かなくなったスクワイアの様子を見ている横で、リーレが口を開いた。


「で、これからどうするよ、ジン?」

「――ん?」

「マントゥルは倒したけどさ、この宮殿や廃城の探索は終わってねえよな?」

「それもそうだな」


 俺は立ち上がると、うんと伸びをした。思えばここまで連戦でろくに休んでいないから、どっと疲れがきた。


「マントゥルの研究の置き土産があると面倒だよな。……そうですよね、フィンさん?」

「あぁ、もし悪魔の研究の類があるなら、利用されないように潰しておく必要があるだろう」

「ついでに探索で何か面白いものとか見つかるかもな」


 リーレがニヤリと言った。


 面白いもの? ……ああ、そういえばマントゥルの騎士たちは変わった武器や装備を持っていたから、探したら色々あるかもしれない。


 楽しいダンジョン探索! と、コアを回収したから、もうダンジョンじゃないか。


 その時、俺の指にはめられたコバルト製のリングが震動した。シグナルリング、その位置通報サインが点滅している。


 俺は心臓が縮む思いに囚われた。


 シグナルリングを渡した相手――アーリィーが自分の位置を通報してくる信号を発していることを意味する。


 それはつまり……アーリィーの身に何か起きたということだ。

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