第314話、天才魔術師の消息


 ヨウ君は、それはそれは大変だったと思われる捜索の旅を長々と語ることはしなかった。彼は、事務的に、簡素な説明を心がけた。


「フォリー・マントゥルは生きている、と思われます」


 何故なのかと言えば、ヨウ君はフォリー・マントゥル本人をまだ確認していないからだという。


「彼の弟子を名乗る三人のネクロマンサーがいます。今回のシュテッケン村を襲ったゾンビたちを率いていたのは、そのうちの一人、ケイオスという男です」


 マントゥルの弟子……。


「弟子たちが『あの方』と呼んでいる人物――それがフォリー・マントゥルです」


 ヨウ君が言えば、椅子に腰掛けていたフィンさんが言った。


「私は、ヨウから呼び出しを受けた。捜索対象者がネクロマンサーらしいというのでな」

「専門家にぜひ来てもらおうと思いまして」


 ヨウ君は相変わらず穏やかだった。男なのだが、普通に女の子に見えて、しかも可愛いというね。


「それで、かつてのマントゥルの秘密工房を拠点にしていた彼らを襲撃したわけです」

「アンデッドを使っていたからな。まあ、悪用しようとしているなら、放置しておくわけにもいかない」


 フィンさんは小さく肩をすくめた。ヨウ君は頷いた。


「弟子たちを捕まえて『あの方』が誰なのか尋問した結果、マントゥルが生存しているという結論に達したわけです。が、残念なことに、その所在を知る前に異形になってしまい、それ以上の情報は引き出せなかった」

「異形になった……?」

「変身の魔術の一種らしいのですが」


 ヨウ君が、隣にいるフィンさんを見れば。


「あぁ。ただし恐ろしく不安定な代物で、まだ改善の余地がある実験魔法だろうな。人を化け物に変えるが、元には戻れないようで、頭の中身も獣並みに退化する」


 何がしたい魔法かによるが、成功かもしれないし、失敗かもしれないが、と死霊使いは言った。


「弟子の二人は死んだ。残りは、近辺の村を襲撃したケイオスのみだ」

「そのケイオスは、魔法でカラスに変身して拠点へと帰って行きました」


 ヨウ君は、薄く笑みを浮かべる。


「いま影の一部に追跡を命じています。おそらく拠点に戻った後、仲間たちが全滅している場面に遭遇する。……そうなると、ケイオスが次に取るのは」

「あの方……マントゥルのもとに向かう、か?」


 俺が後を引き継げば、「ご名答!」とヨウ君は満面の笑みを浮かべた。


「それで、マントゥルを確認できれば、ジンさんからの依頼は完了、となるでしょう」

「ああ、ご苦労さん……というのは、まだ少し早いかな」


 俺は、黒猫姿のベルさんを見た。


「マントゥルが生きている」

「どうするジン? とっくにくたばってると思っていたが、生きているとなると話は少し面倒になるぜ?」


 アーリィーの性別を明らかにする。その際のお芝居の道具として、彼女を男と偽らせた原因であるマントゥルに責任をとらせる。彼の名前と存在を利用しようとしたのだが……。いや、まさか生きているとはね……。


「ジン、私から提案があるのだが」


 フィンさんが小さく手を挙げて発言した。


「マントゥルなる男に生きていられると困るだろうか?」

「……どういう意味です?」


 本音を言えば、お亡くなりになっているほうが都合がよかった。


「私は死霊術を悪用されるのが我慢ならない性質だ」


 白い仮面のせいで表情はわからない。だが声に、熱がこもる。


「マントゥルの弟子たちはアンデッドを操り、一般人を襲った。しかも伝染性のある危険なものをだ。放置しておくわけにはいかない」


 ネクロマンサーという職業にありながら、常識人なんだ、フィンさんは。だから年上だし、極力敬語を使うようにしている。まあ、ネクロマンサーだから、というのは偏見だって彼を見ていると思うよ。


「僕もフィンさんに賛同します」


 ヨウ君も軽く手を挙げた。


「ただのゾンビだけじゃないですし。おそらく僕らで手を出さないと、被害は拡大していくと思います」

「ベルさん」


 俺は黒猫の相棒に意見を求める。ベルさんの答えは簡潔だった。


「始末しよう。嬢ちゃん云々関係なしに、やべぇ奴だぞこいつは」


 確かに今回のようなことがまた起これば、対決は避けられない。これ以上の騒動になる前に、片付けておくべきだ。


「じゃあ、全員一致だな」


 だが条件はある。やるのは、俺たちだけだ。アーリィーをはじめ、王国の人間には一切関係させない。ユナなどを同行させて、万が一にもアーリィーの性別暴露の場面などに遭遇したら口止めが面倒だ。マントゥルを討つとしても、アーリィーのアの字も言わせない。


「あー、ジンさん……?」


 男の娘もとい、ヨウ君が少し困ったような顔になった。


「実は、今回、すでに助っ人を手配しているんです」

「何だって……?」


 助っ人――俺とベルさんは顔を見合わせる。ヨウ君は言った。


「ただのゾンビだけじゃなくて、妙な実験動物や死霊騎士と言われる人造人間を使ってる相手です。……腕利きが必要かと」


 死霊騎士、あの騎士もどきのことだろうか。あの力や耐久力は普通の人間では手に負えないだろう。そうなると――


「君の言う腕利きの助っ人とは誰だ? ……俺が知っている奴か?」

「ええ、僕たちが知っている人たちですよ」


 ヨウ君が目配せすると、フィンさんも小さく首肯した。僕たちが知っている人たち、ね。ヨウ君と共通の知り合いで、腕利きというと……最近、連合国から離脱が確認できた彼女たちか?


「ひょっとして、リアナとかリーレ?」

「ええ、そうです。彼女たち、です」


 それぞれ別の世界からやってきた異世界人たち――


 ヨウ君が手配した助っ人は、俺もベルさんも以前に顔を合わせた者たちだった。……うわー、マジ頼もしいわ。冗談でも何でもなく、俺は本気でそう思うのだった。

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