第312話、異形のアンデッドたち


 ゾンビたちは西からやってきた。


 シスターさん――名前をアディと言う――から、シュテッケン村を襲ったアンデッド集団の話を聞く。教会に逃げ込んだ村人からの証言なども合わさって、情報の確認。


 アンデッド集団は、多数のゾンビのほか、魔物や化け物といった姿のものも複数見られたという。


 聖水が効かないアンデッドというのは、そいつらではないかと思う。もっとも、持ってきた聖水をアンデッドらに使うつもりはないが。


 俺がクリアランスで治療できるとはいえ、全部の面倒を見れるわけではないから聖水はいくつあっても困らない。


 化け物アンデッドは、村長の屋敷周辺を襲っていたらしい。教会周りに徘徊する敵が一般的なゾンビばかりだったのは、そのためのようだ。


 この事態を沈静化させるためには、化け物どもも駆除せねばなるまい。さて、ここで頑張っていれば、そいつらもここへ攻めてくるとは思う。それを待つか、あるいはこちらから逆に攻めるか――


「隊長!」


 教会の入り口から、負傷した近衛騎士が仲間に支えられながら姿を見せた。


「化け物が! 獣型のアンデッドが現れました!」


 オリビアが駆けつける中、ベルさんが口を開いた。


「どうやら、向こうから来てくれたらしいな」

「ああ、そのようだ」


 俺は、アディや村人たちに、ここにいるように告げると、アーリィーらと共に教会の外へと戻った。


 表に出ると、むっとする死臭が漂ってきた。ようやく慣れたかと思ったら、そうでもなかったようだ。風に乗って流れてくる悪臭に、思わず鼻をつまみたくなる。


 デゼルトとバリケード周りでは、戦闘が継続されていた。


 魔法装甲車の上には、四本足のスクワイア、ゲルプがいた。その腹部に装備された四連装魔法銃が炎弾を立て続けに放ち、ゾンビどもを燃やしていく。


 支援型スクワイアの本領発揮である。前線の近衛たちに怪我人が続出しているようで、ブラオがコンテナの一部である浮遊板に負傷者を載せて、教会へと搬送していた。グリューンは、近衛が抜けた穴を埋めるように陣取ると魔法銃を連射。近衛の魔術師らと協同して迎え撃っている。


 そして、化け物魔獣というのは――


 醜い肉の塊といった人型――アレは、フレッシュゴーレムか。人間や動物の死肉を繋ぎ合わせたゴーレムであり、フランケンシュタインの怪物を彷彿ほうふつとさせるスタイルや、あるいは無数の顔を身体に持ったグロテスクな外見のものがある。ゴーレムだけあって体格ががっちりしていて大きい。


「こいつらがいるってことは」


 ベルさんは唸った。


「明らかにいるな。ネクロマンサー」

「ああ、フレッシュゴーレムが自然発生するわけないもんな」


 他にはゾンビ犬、いや狼か。


 それと漆黒の鎧をまとう人型の重騎士。その姿は見る者を威圧し、騎士形態のベルさんと比べてもたくましく、また禍々しい意匠をしている。それが数体。


 ゴーレムである青藍せいらんがスマートな騎士に見えるくらい、暗黒騎士もどきは強そうな外見だ。


「フレッシュゴーレム4、5体。ゾンビウルフ8、騎士もどき5か」


 こいつらが来てから近衛の戦線が押されている。ブラオと共に負傷した仲間を運ぶ近衛騎士が叫ぶ。


「手当てを!」

「聖水をかけとけ」


 ベルさんが暗黒騎士形態になって吐き捨てると、デスブリンガーを手に前線に駆けた。


 戦線はドラゴンテイルを手にした青藍が、フレッシュゴーレムを叩き潰し、マルカスがサンダーシールドでゾンビ狼を感電させ、動きが鈍ったところをハンマーで叩いた。……ゾンビでも痺れるんだな。


「村の者は下がれ!」


 マルカスが叫ぶ。飛び掛ってきたゾンビウルフ。ゾンビ化をうながす菌を持つ狼の牙が学生騎士の首に迫る。


「くそっ!」


 ガキンと、狼の口をハンマーで遮る。マルカスが押し込めば、フロストハンマーは強烈な冷気を放ち、ゾンビウルフをたちまち氷漬けにした。


 だがそこへ黒い騎士もどきが両手用の斧を振りかざし、突っ込んできた。重厚そうな外見に反して、その飛び込みは素早い。


「!?」


 驚くマルカスの、その頭上に断頭台の刃のような斧が煌く。


「エアブラスト!」


 俺はとっさに衝撃魔法で、騎士もどきの斧を弾き飛ばした。そこへベルさんが飛び込み、デスブリンガーの一撃を叩き込んだ。分断こそされなかったが、騎士もどきの鎧を切り裂き、その身体を深々と裂いた。


 だが、次の瞬間、騎士もどきは、腕を伸ばしてベルさんの悪魔兜を掴むと、凄まじい力でその身体を投げ飛ばした。


 おい、嘘だろう……? ベルさんを投げやがった!


 というかまだ生きているのか。


 騎士もどきの身体から黒々とした血液が流れ出ている。だが痛みを感じていないのか、一切の声をあげない。こいつもアンデッドの類か!


 まったく、何て奴だ。俺はエアブーツの加速で、騎士もどきの懐へ飛び込む。右手に魔力の塊を張り、ベルさんがつけた鎧の傷、そこに渾身の一撃を叩き込んだ。


「ぶっ飛べ!」


 すでに半分裂かれていた身体に、魔力の刃が喰いこみ、騎士もどきを上下に分断した。……さあ、身体を裂かれたが、まだ死なないか?


 下半身は止まった。だが上半身は、まだ動く!


「……おい、ジンよ」


 ベルさんの重々しい声。


「そいつは、俺の獲物だぞ」


 刹那、ベルさんが俺の傍らを通過した。すれ違いざまに騎士もどきの上半身が消える。いや、ベルさんの魔力をまとったその腕が、騎士もどきの半身を喰らったのだ。


 頭蓋骨を模した兜、その目がギラリと光る。……あー、ベルさん、ちょっとプッツンしちゃったか。まあ、いい。この厄介者たちを駆除してやればいいわけだから。


 が、敵もさるもの。フレッシュゴーレムは、アンデッドの身体であり、近衛たちが剣を叩き込もうが、突き進み、ゾンビ狼は素早い動きで敵対する者を翻弄しながら喰らいつく。


 そして何より黒い鎧をまとう騎士もどき。こいつらの力、耐久性が異常だった。ハンマーを持った個体が叩きつけたそれは、鉄の盾をひしゃげさせる。直撃を喰らえば、鎧を着込んだ騎士でさえも無事では済まない。


 また一人、弾き飛ばされた近衛騎士にトドメをさそうと大剣を振りかぶる騎士もどき。だがそこに魔法が炸裂する。アーリィーがマギアライフルを、サキリスが、ライトニングの魔法を立て続けに叩き込んだのだ。


 だが、効かない! 


 しかし、窮地だった騎士は一度下がるだけの時間はできた。


「なんて頑丈な!」


 二人が、敵のタフさに舌を巻く。青藍とベルさんが、他の騎士もどきを相手にしていて、残っているのは、目の前のこいつのみ。


 さて、ちょっと実験させてもらおう。俺は革のカバン――ストレージから、サンダーソードを取る。白銀の刀身をきらめかせ、俺は騎士もどきへと突進。


 騎士もどきは大剣を振りかぶる。風を切った鋼の塊を、ひらりと飛び越え、右手の紫電をまとう剣ですれ違いざまに、首をはね飛ばす。


 騎士もどきは頭を失った。しかし身体はまだ動く! だが視覚情報は、頭部の目から得ていたらしく、その身体はよたよたと前へと進むと、何もないところに大剣を叩きつけた。頭という体を動かす指令系統がなくなっても動く、というのは……。それとも|惰性《だせい)だろうか。


 戦闘は終局を迎えつつあった。ユナがフレッシュゴーレムを焼き払い、アーリィー、サキリスらが加わったことで、近衛たちは息を吹き返し、アンデッド集団は壊滅したのである。


 ……だが、ネクロマンサーはどこだ?

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