第307話、アーリィーの性別について


 ジャルジーが、アクティス校を離れ、王城へ向かった。


 それに安堵したのはアーリィー本人や従者たちだけでなく、学校関係者にも多かった。


 何せ学校の指導陣の前で、こき下ろした人物である。いくら王族に次ぐ地位の公爵といえど、悪く言われてよい感情など持てない。


 青獅子寮の専用魔法工房にて、俺とベルさんは祝杯を上げた。


「いやはや、戦いを制するのは情報だ」


 乾杯! 俺とベルさんは昼間からお酒――ミューエというワインを飲む。肉が欲しくなる辛口。愉快すぎて酒の選択を間違えた。でも、どうでもいい。


「いやー、ジャル公のあの顔! 見物だったな!」


 ガハハ、と愉しげなベルさん。


 ジャルジーが滞在中、ずっと彼を監視していたベルさんである。晩餐の後も、ずっとベルさんは、公爵らの動向を観ていた。


 彼とその配下が、アーリィーの性別を探ろうとしていたことも、その報告もすべてベルさんを通して俺に筒抜けだった。


 そんなにアーリィーの裸が見たいのか?


 見たけりゃ見せてやるよ、ということで、普段はしない朝錬にかこつけて、上半身裸のアーリィーに素振りをさせた。本当の性別を知らない一部のメイドたちが、そんな珍しい光景に黄色い声を出していたとかいうが……。まあ、それについてはどうでもいい。


 朝から魅惑的な王子様を演じたのはアーリィー――ではなく、シェイプシフターであった。王子に化けさせたのは二度目かな。


 なお、本物のアーリィーは隠れて、上半身裸の男バージョンの自分を見て、複雑な顔をしていた。


 朝食で、すっかり気分が落ち込み拗ねてしまったジャルジーもまた、俺とベルさんの笑いを誘った。同情なんてしないよ。学校に来てからのこの公爵殿の言動、アーリィーを馬鹿にした態度とか見ているからね。


「とはいえ、だ」


 ベルさんが急に真面目ぶる。


「アーリィー嬢ちゃんが男だと認識したなら、ジャル公は嬢ちゃんの命を狙いに来るんじゃないか?」

「それはあるだろうな」


 俺も笑みを引っ込めた。アーリィーが王子であると、ジャルジーの中で確定した以上、その命を奪うか放逐されない限り、彼に王座は回ってこない。


 仮にアーリィーが王になり、結婚して、子供――男子が生まれようものなら、継承権は、その男子に優先されてしまう。……ジャルジーが早くアーリィーを処理したい理由はここにある。


「ジャルジーがエマン王と協調している間は手は出されないだろうが、奴が単独で動くようなことがあったら危ない」


 アーリィーをどう排除するのか。単純に暗殺か、それ以外の手か。警戒しなくてはならない。


「早く、フォリー・マントゥルの所在を掴めればな。そうすればエマン王との芝居で早々に、アーリィーを継承権の呪縛から解き放てる」


 あるいは、かの天才魔術師もとい詐欺師に見切りをつけて、別の魔法使いをでっち上げるか。……何だかそっちのほうが簡単に思えてきた。


 だが誰でもいいわけではないのだ。性別を変える魔法なんてものを研究し、それを成功させそうなハイレベルな魔術師で、しかも血迷って王族に仕掛けようとすることもありえそう――王宮魔術師になりながら短期間で行方をくらました前科がある――で、何よりおかしな人物……。あとできれば故人であることが望ましい。年齢的にみても、現状、マントゥルほどうってつけの人間もいない。


 ……急いては事を仕損じる。アーリィーの安穏たる将来のためにも、迂闊な行動で失敗するわけにはいかないのだ。



  ・  ・  ・



 王城に赴いたジャルジーを、エマン王は迎えた。個人的な話もあるので、挨拶もそこそこに王の私室へと向かう。


 豪奢な机を挟み、ジャルジーはエマン王と向き合う。久しぶりに顔を会わせたことで近況の報告などでしばし歓談する。


 表向き、ジャルジーはエマン王の弟の息子ということになっている。だが実の父親は、エマンである。彼の母との不倫の末に生まれた子供、それがジャルジーである。


 今は亡き前ケーニゲン公爵――王の弟は口には出さなかったが、ジャルジーに対してどこか突き放した言動が目立った。推測だが、血の繋がりがないことを知っていたのかもしれない。


 それを確かめる手段はもはやないが、エマン王から、実の子であることを告げられた時、前公爵の態度はそうだったのだと思った。


 以前より、王の実子であるアーリィーにライバル心を抱いていたジャルジーだが、エマン王から告げられた事実が本当なら、自分こそ王の後継だという思いを強くした。正妻の子ではないというのがネックではあるが、年齢はアーリィーより上で、かつ王としての適性も自分が一番ではないか、と。


 エマン王は、何故かジャルジーに肩入れした。実の息子である自分を、アーリィーより認めてくれている。腹違いの兄弟であるが、兄として、いや王の後継として認めてくれていた。


 反乱軍騒動。あれはアーリィーを葬るためにジャルジーとエマン王が共謀したものだ。


 ミスリル資源が枯渇したことで財政難に陥ったルーガナ伯爵をけしかけ、反乱を起こさせ、討伐にやってきたアーリィーを殺害する予定だった。だがどこで間違ったか、本物のアーリィーは取り逃がし、さらにルーガナ伯爵は裏切り、計画はご破算となった。


 以後、王は何度もアーリィーの暗殺を実行させたようだが、いずれも失敗し、今に至っている。


 だが、よくよく考えれば、ジャルジーは違和感を覚えるのだ。自分に王の血が流れている。実の息子なのだから、それなりによくしてくれるのはわかる。だが、アーリィーもエマン王にとっては自分の息子なのだ。しかも正妻の子だ。


 いくらジャルジーのためとはいえ、アーリィーの死を望む理由としては弱い。女顔で、頼りないからと言って消すほどのことなのか。


 弱き者に王は務まらない。ジャルジーの持論だ。だからアーリィーは王にふさわしくないと思い、深く考えなかったが、ここでエマン王がアーリィーを消したがっているひとつの理由が浮上してくる。


 だから、ジャルジーは問うのだ。父に。


「アーリィーの性別……だと?」

「『女』なのではありませんか、親父殿」


 ヴェリラルド王族の王位継承権は男子にのみ発生する。王子であるアーリィー……理由はわからないが、実は女だとしたら? 次期王にもっとも近い人物が性別を偽っているとしたら? これは王族のみならず諸侯も巻き込む大きな問題となる。


 故に、エマン王はジャルジーに加担し、アーリィーを抹殺しようとしているのではないか。ただ殺すというのではなく、あくまで外部の仕業――王家にとって不名誉なことにならない方向で。


「何故、そう思うのだ、ジャルジー」


 エマン王の声は、かすかに苛立ったような響きだった。その態度に、ジャルジーは半ば確信めいたものを感じた。


 馬鹿な、と否定してもいいものを、何故、即答しなかったのか。つまり……そうなのだ。アーリィーは本当は――


「例の反乱軍騒動で、オレは『彼女』に会いました、親父殿」

「……そうか」


 エマン王は目を伏せた。否定しなかった。アーリィーは『女』で間違いないということだ。


 青獅子寮で、男の姿を見せられたが、親父殿が認めたのだ。おそらくアレは擬装魔法の一種だったのだろう。イルネスは擬装の類ではないと言っていたが、すでに一度見破れなかったのだ。どちらを信用すべきかなどわかりきっている。


 まんまと騙されたわけだが、怒りはわいてこなかった。むしろ――


「楽しそうだな」


 エマン王が指摘する。――そうだ、今オレは笑っている。アーリィーが女とわかって、喜んでいる!


「ええ、とても」


 ジャルジーは獰猛ともとれる笑みを浮かべた。

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