第296話、闇オークション、その2


 話はサキリスを取り戻す少し前に戻る。


 闇オークションに参加するための会員証は、エクリーンさんが同行することでクリアしたが、まだ問題があった。


 奴隷として出品されるだろうサキリスを買う資金を用意することだ。入場できても、お金がなければどうしようもない。


 俺は購入資金の調達を含め、冒険者ギルドで奴隷の相場について情報を集めることにした。


 困った時のラスィアさん――と、今回は商業ギルドから来ていたパルツイという商人が俺の相談に乗ってくれた。


 冒険者ギルドの二階に武具屋があるが、あれの管轄は商業ギルドで、パルツイ氏は時々、冒険者ギルドに顔を見せている。


「奴隷といってもピンからキリまで。性別や年齢、状態や能力スキルなんかも影響してくるからね」


 銀髪に眼鏡。温厚そうな顔立ちの、三十代くらいと思われるパルツイ氏は、サキリスの特徴や出自を聞くと、表情を曇らせた。


「何とも高額な商品になりそうだね。犯罪奴隷なら比較的安くで手に入るんだけど、そうじゃない場合は、二十手前の少女で健康体なら大体20万ゲルド前後。外見がよければ30から40万になるかもしれない。それで魔法が使えて、戦士としての素養あり。……さらに10万から20万上乗せ。おまけにキャスリング伯爵家のご令嬢――」


 うーん、とパルツイ氏は唸った。


「キャスリング領がめちゃくちゃで、奴隷落ちしてしまった元貴族――ヘタしたら100万超えるかも。そのあたりがどういう付加価値を持つのかにもよるけれど、これでオークションでしょ? エルフ買うより高くつくかも……」

「どの程度、用意したらいいですかね?」

「外見もいい女性なんでしょ? 好事家に気に入られたら、いくらでも出しそうな条件に引っかかってるし、安全といえるマージンの判断もつかないねこれ。200万を超えないとは思うんだけど……」

「そもそも、そんなお金ありますか、ジンさん?」


 ラスィアが心配げな表情を浮かべる。


 俺は考える。エアブーツの権利売ったときに、120万ほどもらってる。まだ手をつけていないが、これだけでは不足かもしれないという。


 あと手っ取り早いのは、俺がこれまで貯め込んできたストレージ内にある希少品。せっかく商業ギルドの人がいるんだし、さっそく確かめてみよう。


 俺は以前、エンシェントドラゴン討伐の際に、皆に配った対竜装備を出してみる。ラスィアさんは額に手をあてため息をつき、パルツイ氏は、俺が用意するドラゴン素材の武具に目を丸くした。


 火竜の剣、雷竜の太刀、地竜の戦鎚に盾などなど――


「凄い! これが全部ドラゴンの素材から出来ているとは……! ぜひ、売って頂きたい!」

「どれくらいで買ってくれます?」


 値段次第なのは言うまでもない。パルツイ氏は俺が、サキリスを買うためのお金を用意しようとしていることを知っているから、ここで満足な金額を提示できなければ、契約に結びつかないことはわかっているだろう。


「ここにあるのを全部で120……いや、130万ゲルドで買わせていただきたい!」


 武器ひとつして見るなら、かなりの高値である。ショートソード1本がおよそ1000ゲルド程度なことを考えると、ここに並べただけで1300本分の価値がついたことになる。これは性能云々より、希少性でついた額だろう。ドラゴン素材なんて、そう簡単に手に入るものではないから。


 エアブーツ権利の金とあわせれば250万。一定のラインは超えたが、オークションだとどこまで上がるか想像もつかないわけだし。……もうひとつ押しとなるものが欲しいか。


 ああ、そういえば、竜装備といえば、アレがあったな。


 俺は再びストレージ内を漁る。ひと通りもらったはいいけど、まだ手をつけてないやつがあった。



  ・  ・  ・



 かくて購入資金を得た俺たちは、闇オークションが開催されるマラガ街へと向かった。


 街は、多くの旅行者で賑わっていた。


 王都と王国東部を結ぶ玄関街にして、それなりに規模の大きな街だ。街道が通っているため、馬車での旅もしやすく、旅人はもちろん、大きな隊商が留まれるよう宿泊、休憩施設が整っている。


 また劇場があり、王国を代表する劇団の劇や、音楽隊の合唱などが年に数回開かれていた。……そして、闇オークションの会場として利用されているのも、公然の秘密となっていた。


 マラガ街への移動は、デゼルト魔法装甲車。初めて乗ったエクリーン部長は目を丸くしていた。彼女は侯爵令嬢だから、魔法車を見せることを迷ったが、今は置いておこう。こっちにはアーリィーがいる。いざとなれば王族権限で押し切る!


 会場の入り口で職員に対して会員証の提示。エクリーンさんが会員証を見せる。なお会員証を持つ会員は二名までの付き添いが可能で、俺はその付き添い役として会場に入る。付き添い人は会員証は不要だ。貴族や商人が護衛や補助の人間を伴う、そのための付添い人枠だったりする。


 全員がフード付きの衣装や、あるいは仮面をつけているのは、非合法な商品を扱うオークションという自覚があるのだろう。パッと見、個人を特定しにくいというのも、もしかしたら競り落とした人物を、会場から出たところを殺したり、付け狙ったりしにくくするためかもしれない。


 かくて、オークションが始まる。最初のほうは美術品や遺跡からの発掘品と、レアな商品。やたら金額が低いと思ったら、単位は金貨だそうなので、ここでの数字の1000倍が実際の金額だと言う。


 案外、普通のオークションだな。それらに関心のない俺はひたすら待つ。そのうちに出品のラインナップが、武器や防具、魔法触媒に変わっていく。


 対竜武器や希少な魔獣素材の武器が出され、競り落とされていくのを見て、ドラゴン装備はこっちで出したほうがよかったのではないかと思ったりした。また通常よりはるかに大きな魔石や、オーブが出た時は、ちょっと欲しい誘惑に駆られた。


 宝石や魔法具など高値の競りが進んでいき、奴隷競売が始まる。見目も麗しい美女、美少女たちが鎖で繋がれた姿で、舞台に出される。その中にサキリスの姿を見て、小さく安堵する。……よかった。ここで出品された。今日出されなかったら、次のオークションか、別ルートでの売買と張り付いたり調べたりで面倒だった。


 エルフやダークエルフの女性が、かなり高値で競り落とされる。パルツイ氏の言うとおり、この分なら200万ゲルドは超えないか。それなら余裕で買える。


 そして肝心のサキリスの番になって、何故か客の勢いが増した。エルフたち以上に早く金額が上がっていく。おいおい、2000って、200万ゲルド超えたじゃねーか。


 2400を超えたあたりで、勢いが下火になった。それまで四人が興味を示していたが二人脱落し、小競り合いとなる。エクリーンさんに言ってここらで3000出してと言っておく。


 こちらが3000出したら、また一人脱落した。残りは一人。が、ここで相手は3500を提示して、こっちを睨みつけた。フードを被っているので、表情はあまり見えないが、相当彼女にご執心のようだ。


 エクリーンさんが俺のほうを見た。俺は小声で言った。4000と。


 こちらが4000を出した。一騎討ちとなっていたあちらさんは、視線を舞台に戻したが、手も声も上がらない。迷っているのか。出すか、それともここで限界か――


「――これが最後です。ここで挙がらなければ落札確定です……はい、落札です」


 競売人が小槌を鳴らし、サキリスの落札が決定した。俺たちはもちろん、この一騎討ちを見守っていた客たちからもホッと溜めていた息が吐き出された。


 フードの奥でエクリーンさんが言った。


「やりましたわね」

「何ともギリギリでしたけどね」


 駄目押しに、臨時収入がなければ、競り落としたのはあちらさんだっただろう。200万はいかないと思う、で気づけば倍の400万。……オークション怖ぇ。

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