第246話、出発を控えて
青獅子寮の俺の部屋。夜、アーリィーが寝間着姿でやってきた。
「どうも明後日に出発になるみたい」
ダンジョンの制圧と魔物の排除を目的とした第二次討伐隊。その指揮官にアーリィーは任命された。古代竜のいるダンジョン退治を命じられ、軍を率いることになったのだ。さぞ不安だろうな。
「おいで」
俺は、子どもをあやすように抱きしめてやると、彼女の背中を撫でてやった。
父王からの命令。地下都市ダンジョンの攻略。アーリィーを死地に追いやる命令。王国が危険なダンジョンを攻略して民を守る――大義は充分なのが余計に腹が立つ。
「明日、エンシェントドラゴンを倒したら君と合流するよ。冒険者たちで竜を倒せば、あと残っているのはオークの軍勢だけだからな」
王国軍の第一次遠征隊が壊滅させられたグリーディ・ワームは、行きの道中で俺たちで倒した。
「残るオーク軍には、ウェントゥスの兵器をアーリィーたちに合流させる。第二次討伐隊の編成が貧弱だろうが、関係ない」
「頼もしい」
アーリィーほ微笑んだ。もちろん、戦う時は俺も参加するつもりだ。
「そのエンシェントドラゴンだけど、倒せる?」
アーリィーが俺を見上げてくる。
「倒すさ」
まあ、古代竜を倒せなかったとしても、奴がいる場所に沈めて埋めて動けなくしてやれば最悪それでもいいかなと思ってる。
いわゆる封印ってやつだ。物理的に。ただ、それだとダンジョンのモンスター湧きが続くから、ちょくちょく魔獣の討伐は必要だろうが。
「とは言うものの……」
俺は髪をかいた。
「ドラゴンの足と尻尾は封じる策はあるけど、急所であるダンジョンコアを狙う際に邪魔になる腕と、あとブレス対策がな……」
対竜武器を持った前衛冒険者たちが、ドラゴンの胸にあるダンジョンコアを攻撃しようとすると、どうしても避けられないのが、ブレスと二つの前足こと腕である。
これを魔法障壁などの防御魔法で防ぐとしても、古代竜が連続して攻撃してくれば障壁にも限界が来る。
魔法使いが重ね掛けで障壁を維持できる間に古代竜を仕留められれば問題ないが、ダンジョンコアが想定より硬かった場合……逆襲にこちらが耐えられないという可能性もある。
「魔人機を使う?」
ウェントゥスの機械兵器。人型兵器は、生身で戦うよりはマシに思えるが。
「むしろ、あの場所だと大きく動き回れない分、マトになりかねない。魔人機の防御障壁もドラゴンのブレスには耐えられないと思う」
「ブレスか……」
そいつが厄介なんだ。
「ブレスは早々連射するものではないだろうけど、腕は振り回す分、攻撃が速いし連続で使える。ドラゴンクラスの打撃だと、障壁も長くはもたない」
「ドラゴンの腕を切り落とす、というのは無理かな?」
アーリィーが言った。俺は嘆息する。
「やっぱそれしかないか。中々骨が折れそうだけど」
二足で立つドラゴンだけあって、腕――前足は、後ろ足に比べてそれほどでもない。それでも巨木の如き太さではあるのだが。
対竜武具なら硬い竜の鱗を貫けるし、傷も負わせられる。だが巨木を一刀両断することがほぼ不可能であるのと同様、あの太い竜の腕を素早く切断するのは至難の業だろう。……某斬鉄剣の使い手でもいれば話は別だろうけど。
何度も斬りつけている間にも、その腕は動いて抵抗するだろうし。長引けば、竜の再生能力に回復させられてしまう。
「まあ、そこはヴォードさんに期待かな」
Sランクのドラゴンスレイヤーの実力を信じよう。
「奴に魔法が通じればな……」
バインド系の拘束などが通用すればいいのだが、電撃を流す麻痺系は魔法無効でダメ。では地面から植物の蔦を巻きつかせるような自然魔法はと言えば、ドラゴンのパワーで引きちぎられるだろうことは想像に難くない。鎖でも巻きつかせて、綱引きでもする? それこそ無理だな。
「……」
「ジン?」
俺が黙り込んだので、心配したのかアーリィーが俺に顔を近づけた。ふっとかかる吐息。俺は思わず笑みを浮かべた。
「ま、何とかするさ」
彼女を心配させてはいけない。この娘を守ってやらないとな。
「ねえ、ジン。ボクにも何か手伝えないかな?」
アーリィーはそんなことを言った。
・ ・ ・
翌日、冒険者ギルド一階フロア。
明るい日差しが差し込む。本日は快晴。これからダンジョン最深部へ向かうなんてことがなければ、とても気持ちのいい朝だったに違いない。
俺とベルさんほか、エンシェントドラゴン討伐の冒険者たちは集合していた。参加メンバーは16人。あれから欠員はなし。竜退治に恐れをなしてこなかった冒険者はなし。
朝早くにもかかわらず、いつものようにやってきた冒険者たちは、これから王都のトップランク冒険者たちが古代竜退治に向かうことを知って、緊張の面持ちで見守っている。
トゥルペやマロンといったギルド職員もカウンターから同様の視線を送る。
冒険者ギルドのマスターであるヴォード氏が、咳払いのもと、一同を見回した。
「では、準備はいいな? 各自、現地に到着したら作戦どおりに行動――」
ヴォード氏の視線が、とある女戦士に向く。
二十歳ぐらい。灰色髪で、胸があって……ちょっと露出強めの軽装備。武器は斧に盾と、前衛向けで肉体系の戦士である。ルティという名のBランク冒険者で、先のエンシェントドラゴン戦でニアミスしている。
実は、ヴォード氏の娘さんらしい。ただ、作戦説明をした時に、ひと悶着あった。対竜戦に参加したいと言うルティさんに、ヴォード氏は駄目だと突っぱねたのが原因。娘を最前線に出すのが嫌なのかと食い下がる彼女に、ヴォード氏はそれは関係ないと言った。
俺が配置を決めたと言えば、こじれることはなかっただろうに、ギルド長はそれを言わなかった。家族が絡んでいるなら、俺を悪役にしてくれてもよかったんだけどな。責任を俺に押し付けなかったところに、ちょっと好感を抱いた。
「最後に質問は?」
ヴォード氏は問うが、誰も何も言わなかった。ある者はこれからの戦いに血を滾らせ、またある者は表情を強張らせ、緊張を漂わせる。
「では、前衛はおれが指揮する。バックアップ班はジン、外部掩護班はクローガ、任せるぞ。……出発だ」
先頭きって歩くヴォード氏に、冒険者たちは続く。クローガが俺のもとにきた。
「まさか俺が掩護班のリーダーを任されるとは……」
「あなたには適任だと思いますよ、リーダー」
「君の推薦か、ジン君?」
「まあ、そんなところです」
俺が決めた。そしてヴォード氏がそれを承認した。
「君も大抜擢だな」
楽しそうにクローガは笑った。飄々としているというか、この状況でも明るい。
談話室のひとつ、その先にあるポータル。エンシェントドラゴンが待つ戦場は、すぐそこだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます