第240話、伝説のドラゴン


 ドラゴン――それは地上にあって最強の生物と言われている。


 身体は総じて大きく、鱗は大抵の金属を軽く凌駕する。その爪はいつも容易く装甲を引き裂き、口から吐くブレスは敵対者を葬る。種によってはその巨体にもかかわらず空を飛ぶことができる。


 一部のトカゲもどきにドラゴンの名がついていたりするが、それらとはまったく次元の異なる存在。それが、本物のドラゴンである。


「聞いてない……ぞ」


 シャッハは呆然としていた。


 目の前――十メートルほど先にいる巨大なドラゴン。金属めいた灰色の身体は非常にごつごつしていて堅く、その胸には赤く輝く巨大な宝玉。四本の足を持つ竜には珍しく、二本の足で立ち、前足は手のように使うことができるドラゴンだ。


 背中に翼はないように見えるがこぶのように見える突起があり、ただ翼を畳んでいるだけもしれない。……だがそれはこの際どうでもいい。このフロア内では、ドラゴンが自由自在に飛び回るスペースなどないのだから。


 エンシェントドラゴン――かつて文献に存在した古代竜は、そのように呼ばれていた。それがこの地下都市ダンジョンの廃城、その最深部にいた。……ご丁寧にダンジョンコアをその胸に抱えて。


「おい、どうするんだ、シャッハ!?」


 探索隊副リーダーのレグラスが声を張り上げた。


 エンシェントドラゴンとの遭遇。入り口は巨大な岩の扉によってふさがれ、閉じ込められた。ドーム状のフロアは洞窟のようであり、岩がむき出しだ。他に出入り口らしきものは見えず、壁や天井に生える魔石が放つ光が周囲を照らし出している。


 残っているのは何人だ? ――シャッハは目を動かす。


 ドラゴンを模した兜を被った戦士ハラシオがすでに、ドラゴンに潰されて死んだ。


 シノビと言われる暗殺者である少女ヒカゲも、奴の爪に引き裂かれて、すでにその姿は見えず。アンフィ率いるパーティーの一人、黒髪の東方剣士のナギも重傷。


 黒髪の無口な少年剣士ガルフ、飄々とした青年戦士のクローガが、ドラゴンに剣を打ち込むも、金属のような音を立てて弾かれる。


「轟け、雷竜よ!」


 青髪の魔術師アストルが、雷の魔法を放つ。しかしそれもエンシェントドラゴンの鱗をなぞっただけで、跡すら残らない。


「魔法も効かない……! これがドラゴンなのか――」 

「こんな、化け物――!」


 もう一人の魔術師――白髪の美形魔術師レゾンが、怒りをにじませつつ声を荒らげた。


「くそっ、逃げるぞ! こんなところでトカゲに殺されてたまるかっ!?」


 逃げる? その言葉にシャッハは空ろな視線を向ける。そうだ、逃げなくては。このままでは全滅だ。奴の、古代竜の存在を報せなくては――


「どこに逃げようっていうんだ!?」


 レグラスが愛用のハルバードを手に、ドラゴンのまわりを駆ける。


「入り口はふさがれてしまったんだぞ」


 見るからに頑強な岩の扉。巨人でも動かせそうにない壁――それを目指し、魔術師レゾンは血相を変えて走る。


「だったら、魔法で吹き飛ばして――」

「レゾン、ダメだ! 後ろ!」


 クローガが叫ぶ。レゾンは振り返るが……自身に迫る巨大な竜の尻尾の直撃を受けた。


 即死だった。無残に潰れたその身体は飛散した。まるでハエを叩き潰すかのような、あまりにあっけない死に方だった。


 死んだ。あいつだってAランクの魔術師だったんだぞ……!


「シャッハ! ぼさっとしてんじゃねえ!」


 レグラスの声が遠かった。ふと視線を感じて、顔を上げれば、エンシェントドラゴンの黄色い目がこちらを見ていた。


 次の瞬間、鼓膜を破るような咆哮がフロア内に響き、冒険者たちは耳を塞いだ。ドラゴンの口腔に青白い光が宿る。


 ブレスが来る!


 それがわかっていたが、シャッハは動けなかった。狙われているのは自分だとわかっているのに!


 彼はすでに戦意を失っていた。愛用の武器である魔法金属製の大剣グローリィー・ハートを、エンシェントドラゴンの爪に砕かれてしまったから。


「シャッハ!!」


 ドラゴンの口から光の渦が放たれた。まっすぐ、すべての飲み込む一撃が銀髪の大剣使いに迫り――


 光が弾けた。


「おい、生きてるか!?」


 一瞬、誰の声かわからなかった。そしてシャッハはまだ自分が生きていることを察した。目の前ではエンシェントドラゴンのブレスが相変わらず放たれ続けているが、黄色く光る魔法の壁がそれを弾いていた。


「……ちと、やばいかも。ベルさん!」

「おうよ!」


 誰かわからないやりとり。光の壁の向こうに黒い渦が現れ、ブレスの光を飲み込む。


 ブレスが消えた時、シャッハの両側を誰かが抜けた。


 ひとりは黒髪の少年魔術師。もう一人、漆黒の甲冑をまとった騎士。


 ジン・トキトモ! もうひとりは誰だ?



  ・  ・  ・



 じかに見るとデカイな。


 俺はエンシェントドラゴンを見やる。はてさて、この手の大物ドラゴンとやりあうのはいつ以来になるか。


 少し前に大空洞ダンジョンでクリスタルドラゴンと出くわしたが、あれよりもさらにひと回り大きい。


「ジン!」


 ヴィスタの声がした。彼女は魔法弓を放ちながら、こちらへと駆けてきた。


「よくここへ来てくれた!」

「苦戦しているようだな」

「まったくだ。すでにこっちは三人やられた! ほか重傷者一名だ。こちらの攻撃がまるで効かない!」


 ヴィスタが電撃の矢を放つが、それらもまるで通じていない。こちらが攻撃しているせいか、エンシェントドラゴンは一歩を踏み出し前進した。その一歩だけで、地面が揺れた。


「武器も魔法も効かない、か」


 まあ、そうだろうよ。それが本物のドラゴンってもんだ。だからこそ、奴を仕留めた者はドラゴンスレイヤーと呼ばれ英雄視されるんだよ。


 とりあえず状況が悪い。


「ここは一度引くぞ。退却だ!」

「え……?」


 声を出したのは、我に返ったらしいシャッハだった。


「退却、だと!? 閉じ込められているのに!」


 いや待て――シャッハが目を見開いた。


「お前はどうやってここにきた!? 入り口が塞がれていたのに!」

「それならもう開いてるよ」


 俺は指差した。


 岩の壁の如き入り口、その下のほうに、人が出入りする程度の大きさの穴が開いている。というか、俺が開けてきた。


「とりあえず、あの扉の向こうに、ユナとリューグとシルケーがいる。そこまで逃げろ。ドラゴンはあの図体だ。追ってこられない――」


 俺が言い終わる前に、シャッハが駆け出していた。……なんつー逃げ足。というかあいつ大剣どうした?

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