第239話、魔法車、爆走


 魔法車サフィロの運転席につき、エンジンスタートを命じる。俺は窓を開けて、立ち尽くす二人の槍使いに言った。


「よし、みんな車に乗れ」

「どうするつもりだ?」


 リューグが困惑を露わにする。その間に、ユナが助手席側から乗り込み、ベルさんも続いた。その動きにつられるように、シルケーが後部座席側に回る。……乗り方がわからないようだったので、後ろのドアを開けてやった。


「ここから逃げる。撤収するんだよ」

「逃げる!?」


 驚くリューグをよそに、シルケーが「槍が引っかかるんだが」と言っていて、ユナがサンルーフを開けることで槍が飛び出す格好ではあるが収めた。


「探索隊がまだ中にいるんだぞ!? オレたちだけで逃げるってのか?」

「まさか。探索隊を回収して全員で逃げるさ」

「……それを聞いて安心した」


 魔法車の天井のサンルーフを入り口と勘違いしたのか、リューグがそこから乗り込んできた。ベルさんが声を荒らげる。


「気をつけろ!」

「すまね! ……って、猫が喋ったっ!?」

「はいはい、その黒猫はベルさんと言って、とっても強いお方だから敬意を持って応対するように」


 俺はリューグ、シルケーが後部座席に収まるのを確認した後、ハンドルを握った。リューグがキョロキョロと車内を見回す。


「でもよ、ジン。この車? に乗ってどうやって中の連中のもとに行くつもりだ? 普通こういう乗り物ってのは、ダンジョンに入れないもので――」

「大丈夫、ダンジョン内は充分広いから」

「でも、他の連中を乗せるスペースはない――って、うわっ!?」


 俺がアクセルを踏み、魔法車が走り出したことで、リューグが声を上げた。


 魔法車は薄暗い洞窟入り口に突入し、ほのかに光る魔石が存在する大空洞内に入る。正面には百メートルほど伸びた細い橋のような道と岩山。それ以外は切り立った断崖で、五十メートルほど下に廃墟の町などがある地面がある。


「なあ、ジン。オレは嫌な予感がしているんだが……」


 ベルさんが言った。


「この石の橋を渡った先に、この車が通れる幅の道はなかったと思うんだが」

「ああ、ないよ」


 俺はアクセルを踏み込む。スピードを上げる魔法車。


「しかも微妙に、橋からはずれるんじゃないか、そのまま行くと!」


 ひぃっ、と後ろの二人が悲鳴じみた声を発した。


「飛ぶぞ! 舌を噛まないように口を閉じてろ!」

「ええっー!!?」


 魔法車サフィロは狭い石の橋をはみ出した。当然、足場もないので加速の分、前進したが、あとは重力に従って落下である。断崖から車が飛べばどうなるか、言わずもがなである。


「落ちるっー!?」

「ああ、だが心配ない。すでに浮遊の魔法をかけてある」


 安心させるために俺は言ったが、後部座席のリューグが大声を出した。


「いや、落ちてるし!」

「そりゃ車の重量があるからな、その分落ちるさ」


 ただ、ランディングは滑らかだよ。少なくとも、落下からの激突大破、搭乗者全員死亡なんて間抜けなことにはならないさ。


 ……ほうら、地面が見えてきた。ちょいと衝撃が来るだろうが、今のところ魔法車は水平に保っている。3……2……1……!


 タッチダウン!


 ガクンと衝撃が車内を襲ったが、スライム壁改造の足回りとショックアブソーバーは、この衝撃に耐え切った。


「サフィロ、異常は?」

『異常なしです、マスター』

「よし」


 俺はアクセルをさらに踏み込み、廃墟の町へと魔法車を突き進ませる。ミラーごしに後ろを確認すれば、リューグは魂を抜かれたような顔をしているし、シルケーは顔を強張らせたまま固まっている。隣のユナは――


「生きてる?」


 微動だにしないまま、こちらも固まっていた。まあ、いいか。


「まったく無茶するなぁ」


 ベルさんが苦笑した。


「オレ様だけでも飛んで逃げるべきかと身構えちまったぜ」

「俺は自殺志願者じゃないぞ」


 ちゃんと大丈夫だと確信していたからやっただけだ。


 と、アイ・ボールが見ている光景のひとつが点滅して俺の脳裏に報せた。いわゆる危険を察知した時の合図で、運転に集中して見ていなかったその景色に俺の注目を向けさせる。


 ……おいおい、マジかよ。


 そのアイ・ボールは、シャッハたち探索隊の様子をトレースしていた奴だった。彼ら上級冒険者たちは、地下都市ダンジョンの奥にある廃城に乗り込み、さらにその最深部へと達していた。そこで見たものは――巨大なドラゴン。


 あの時、聞こえた声は、こいつだったのか。


 俺はハンドルを強く握り込み、さらにアクセルを踏んだ。間もなく、廃墟の町へと差し掛かる。


「サフィロ、シールド展開! 向かってくるオークやゴブリンを相手にしている暇はない。一気に突っ切る!」

『了解』


 魔法車は石の町、その中央大通りへ飛び込んだ。真っ直ぐ、廃城まで三百メートルほどか。直線とあれば遮る者もなく……とか思ってたら、車輪が地面のへこみを踏んだらしく車体が弾んだ。加速している分だけ衝撃も大きい。


「危なかった……!」


 ベルさんが特等席にしがみついていた。


「次からはここにもベルトをつけてくれ!」

「猫用のシートベルトなんて聞いたことないな!」


 魔法車は、大通りをあっという間に通過した。目の前をオークが2、3体立ちふさがったようだが、猛突進する魔法車に、慌てて左右に散った。……ああ、それでいい。


 廃城の入り口へ、魔法車は入った。大広間のようなスペースを突っ切り、正面に石の階段。


「登るッ!」

「おいおいおいっ!」


 スピードに乗ったまま階段をガタガタと踏み越えていく魔法車。ゴブリンアーチャーが左右から矢を放ってきたが、すべてシールドが跳ね返した。


『マスター、このシールドですが、魔力の消費が激しいのであまり長時間使えません』


 魔力で動いている車である。その魔力がなくなれば、当然動かなくなる。


「帰りの心配は不要だ」


 階段を登りきり、さらに正面に扉があった。木製だが、すでにシャッハらが通過したので、半開きになっている。ブチ破る!


 室内が馬鹿デカいのは、すでに探索隊が通過した際にアイ・ボールが確認している。最深部手前までこのまま車で行ける!


 そして、俺たちは廃城の最深部、探索隊が入り込んだフロアの入り口前にたどり着いた。


 ブレーキ。そして停車。城内にブレーキ音が響く。


 俺はドアを開け、魔法車から降りた。目の前にあるのは巨大な石の壁。扉というにはあまりに大きく、そして分厚い岩盤が立ちふさがっている。さすがにシールド展開したサフィロでも、突っ込んだらこっちが潰れそうだから突撃しなかった。


 この壁の奥に、シャッハたち探索隊がいる。


 そして、この地下都市ダンジョンに巣食う巨大な化け物――ドラゴンがいる。

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