第236話、転移魔法の使い方


 ホログラフ状のマップに映る赤い光点の列――超巨大ワーム、グリーディが地面を掘り、時々頭を出しては、また潜る。まるでミシンで縫ってるみたいだ。


 奴が、馬車ではなくこっちに気をとられているのを確認して、俺はサフィロに運転を任せると、ヴィスタが上半身を乗り出しているサンルーフにお邪魔した。さすがに二人同時に身を出すには手狭だが、全周を見渡せる視界はここが一番だ。


「ジン、何をするつもりだ?」


 ヴィスタが問う。俺はこっちを追いかけてくるグリーディ・ワームを睨む。……ちっ、奴のほうが若干、こっちより速い。


 極大魔法を使うか? いや、ああも動き回られると、タイミング外したら怖いな。ここは平原だけど、完全に平らといえず、時々石を踏んで震動が来る。


 そう思ってるうちに、グリーディはこちらへの距離を詰めつつある。チャージしてる時間がないか、くそっ。


 だったら目眩ましの魔法で奴を一時的に――はい、ここで問題です。グリーディ・ワームの目ってどこでしょうか? あの頭の先端についているのが目……なのか? 目じゃなかったら、それでオシマイなんですけど!


「ジンー!?」


 俺が逡巡しているあいだに、ヴィスタが切羽詰った声を出した。ベルさんも顔を覗かせる。


「おい、ジン、どうするんだよ!?」

「ベルさん、あいつ喰える?」


 ワイバーンだってひと齧りで、その胴体をもぎ取ったベルさんだ。だが当の黒猫は――


「おいおい、このサイズじゃ、丸呑みなんて無理だぞっ!」


 丸呑み? あ、その手があったか――


「ベルさん、ナイスだ」


 俺は左手でぽんぽんと、ベルさんの頭を撫でる。そしてポータルを使う……ただし今度は拡大版サイズの魔法陣リングだ。


「おい、ジン!」


 ベルさんが声をあげた。


「ポータル使って逃げるんなら、後ろじゃなくて、前だろうが……!」


 俺の発生させたポータルは、サフィロから置いていかれて平原の一箇所で虚しく青い光を放っている。グリーディーはそれにも目もくれず、魔法車へ喰らいつかんと、飛び上がった。


「きたーっ!!」


 ベルさんが目を剥き、ヴィスタが魔法弓を構えようとするが、俺は止めた。


「まあ、見てろ。ポータルっ!」


 俺は真っ直ぐ突進してくるグリーディ・ワームと魔法車の間に、再びポータル拡大版を展開する。ワームの巨大な頭がポータルに突っ込み、その姿が飲み込まれていく。


 全速で走る魔法車は、ポータルとグリーディからグングン距離をとる。


「サフィロ、速度を落とせ。……で、いま出現させたポータル同士を連結させると――」


 最初に出した拡大版ポータルから、グリーディ・ワームが頭を出し、さらにその身体が出てくる。


 片や、突進するグリーディの身体を飲み込み、片や、その飲み込まれた体が出てくる。新手の手品みたいな光景が広がる。


「そして通過中にポータルを解除しようものなら……!」


 ポータル解除。転移門が消えた影響で、両者の間を通過していたグリーディの身体は消滅。すでに頭を出している部分と、ポータル突入前の後尾部分を残して、両者は切断された。


 それは異様な姿だった。身体の頭から十数メートルが後ろに、後尾の十数メートルが前で地面に横たわっているのだ。


 ……って、身体分断されたのに、まだぴくぴく動いてやがる!


 ミミズは切っても再生して増えるなんてのがいるってのを昔聞いたことあるけど、このワームも、そういう能力を持ってたりするんだろうか? だとしたら、トドメを刺さないとマズいか。


 後ろ半分が動かなくなった。どうやらこっちはもう死骸も同然のようだ。だが前半分は、まだまだ動いて、なにやら地面に潜るつもりなのか平原をのたうっている。


 バニシング・レイ、最小バージョン――消し飛べ!


 俺が杖を構え、チャージした魔力を変換。グリーディの頭部から胴体を一撃で吹き飛ばした。ほとんど動かない的ほど当てやすいものはない。


「やったな……」


 ヴィスタが溜めていた息をゆっくり吐き出す。


 グリーディ・ワームを倒したわけで、冒険者としてはぜひとも戦利品を剥ぎ取りに行きたいところだが……。


「とりあえず、先に行った冒険者たちと合流だな」


 俺は運転席に戻る。ベルさんが肩に乗ってきた。


「なあなあ、ジン。あいつを喰ってきていいか?」

「あいつって、ワーム?」

「そう」


 黒猫は頷いた。暴食王さまは、あのデカいワームをお召し上がりになりたいようだ。さっき俺が喰えるか、なんて聞いたせいかもしれない。


「まあ、いいでしょ。後で合流してくれよ?」

「代わりに素材になりそうなものは剥ぎ取ってやるからよ。後でな」


 そういい残し、ベルさんは平原に降りて走って言った。助手席に戻ったヴィスタが首をかしげる。


「ベルさんを行かせて大丈夫なのか?」

「大丈夫でしょ。あの人、強いし」


 俺はアクセルを踏み込み、ハンドルを切って、魔法車サフィロをターンさせる。冒険者たちが先行しているはずの岩山へと向かう。


「まったく、またも救われてしまったな」


 ヴィスタが言った。


「大空洞ダンジョンの水晶竜……。あなたがいなかったら、きっと私たちはやられていたぞ」

「確かに」


 ユナが後部座席で頷いた。


「わたしたちの力では、ダメージは与えられても、グリーディを倒せたかどうか」

「そう考えると、私たちはツイているな。……さすが英雄殿」

「それはやめろ」


 俺は笑みを浮かべたが、目は本気で睨んでいた。ヴィスタは肩をすくめる。


「ところでお師匠」


 気分が落ち着いてきたところで、唐突にユナが声を掛けてきた。その目はらんらんと輝いている。


「いま、グリーディ・ワームを吹き飛ばした魔法について、ぜひ話を」


 そうだった。この人は、魔法に強い関心をお持ちだった。初めて魔法を見せるとこれだ。

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