第235話、砂の主


 砂と石しかない平原地帯を進む。相変わらず馬車の歩みは遅く、平原で一泊。冒険者たちは交代で見張りを行ったが、とくにモンスターが出ることなく、静かな夜を過ごした。


 キャンプ前に車列を離れ、魔法車を馬車と入れ替え、何食わぬ顔で皆の前に戻った。キャンプ中に他の冒険者が、魔法車に興味を持ってこられても困るからだ。


 案の定、ウサギ耳フードを被った少女魔法使いが、キャンプ中に寄ってきたが「これじゃない」とか言いながら、去っていった。……うん、この子、擬装魔法見破ってるなこれ。


 翌朝、再び車列は、目的地目指して出発した。本日も雲ひとつない晴天。冷え込んだ空気もじきに太陽によって温められ、むしろ熱くなるだろう。


 出発直後、トラブルを装って、魔法車と馬車を入れ替えた。障害物がない場所なので、特大の擬装壁を作ってやった。


 ヴィスタは「いちいち面倒だな」と言っていたが、サフィロのほうが座り心地がよいので、それ以上は言わなかった。ユナはベルさんを抱きながら、遊んでいた。……おい、猫親爺、昼間っからお胸様と戯れてんじゃねーよ!


 一方、外は代わり映えのしない景色がどこまでも続いていた。初日こそ物珍しさがあったが、いまでは退屈この上ない。比べるものがないと進んでいるか怪しいというのは本当だな、と思った。ただでさえ遅い馬車が、カメの遅さにも感じる。


 ようやく前方に岩山が見え始め、これなら昼過ぎには着くだろう、と誰もが思った。……俺はさっさと車をかっ飛ばしたい衝動に駆られたが、自重する。


 その時、サフィロが警告を発した。


『マスター、移動する大型の物体……おそらく生物と思われる震動を確認。前方より車列に向かって接近中です』


 前方? 俺はハンドルを切り、最後尾から前が見える位置へ車をズラす。ベルさんは専用席に飛び乗り、ユナとヴィスタも前を注視する。


 見えるのはダンジョンがあるという岩山。そこまで砂の平原が広がっているが、特に何か見えないが……。


『データ照合中……アンノウン。ただしパターンから、地下を進むサンドワーム、それの超大型版の可能性90%』

「残りの10%は何だ」


 俺が軽口を叩いている間に、突然、馬車の列より前で砂と土が間欠泉のように派手に吹き上がった。


 馬車を操る御者や冒険者たちも、何事かと注目する。


 そして、それは現れた。


 砂の平原から飛び出したのは巨大な蛇――いや、その鎧じみた堅さを持っているだろうことがわかる外皮を持つ超巨大ワームだった。


 それが車列前方に飛び出すと、天高く上るように頭を上げると、ダイブしてきた。


 馬車が慌てて回避すべく、左右に分かれたが、先頭から二台目が超巨大ワームに頭から突っ込まれて、一発で引き裂かれた。馬車を牽く四頭の馬と御者台もろとも一気に地面の底へとワームの頭ごと引き込まれた。


 そのあいだにも地上から出たワームの身体が続き、全長数十メートルクラスの大物だというのがわかる。


「あんなのがワームだって!?」


 ようやく最後尾が砂の平原に沈んでいくのを見て、俺は声を荒らげた。ベルさんが口を開く。


「砂竜かと思ったぜ。最近、馬鹿でかい奴とは縁があるな!」

「そんな縁はいらないっての!」


 そういえば、王国の遠征軍は超巨大ワームの待ち伏せを喰らって敗走したって話だったな。


 再び巨大ワームが地面を突き破って現れる。別の馬車が狙われるが、その馬車は急旋回することで、何とか突撃をかわした。再び地に沈んでいくワーム。……ほんとデカ過ぎだろ!


「グリーディ・ワーム……」


 ヴィスタが呆然とした調子で呟いた。え、何?


「グリーディ?」

「強欲なワーム……昔、聞いたことがある。太古の昔、砂の平原にはワームの主が住んでいて、やってきた者を襲い、喰らうと」

「それがアレだっていうのか?」


 まあ、巨大ワームだってのは聞いていたけど、まさかこれほどとはね。……あれに魔法って効くのかな。めっちゃ堅そうな外見してるけど。


 とりあえず、グリーディ・ワームとやらを倒さないと、このまま馬車隊は全滅だろう。面倒だがやるしかない。


「デカいってのは、それだけで武器だよな。……この前のワニの時もそうだけど、ベルさん、アイツに近接戦を挑めると思うか?」

「無理だよ無理。お前わかって言ってるだろう」


 ベルさんは答えた。地中を移動し、襲うときは地上に飛び出すが、その巨体ゆえ動きが速く、あっという間に流れていってしまい追いつくのも一苦労だろう。


「ヴィスタ、サンルーフを開けるから、そっからまず攻撃だ。あと、スピード出すから、振り落とされないようにな!」


 俺はアクセルを踏み込み、魔法車を走らせる。擬装解除。こんな速度で走る馬車など世の中には存在しないからな。


 冒険者を乗せた馬車は一刻も早く岩山へ着こうと疾走する。馬には相当負担だから、着いてもそこで潰れてしまうかもしれない。緊急時ゆえ、仕方がない。今は逃げるが優先だから。


 そうだ、お前らはとっとと逃げろ。グリーディ・ワームはこっちで相手すっから。


 そうこうしているうちに前から四台目の馬車が後ろを喰い破られた。乗っていた冒険者たちは前に移動したり、飛び降りてなければ助からないだろうやられ方だ。


「くそが!」 


 こっちの加速と同等の速度で地中を進んだり飛び出したりって、どんな化け物だよ! ミミズやモグラだって地面の下を掘る時は鈍足だっていうのに。


 またも飛び出すグリーディ・ワーム。ヴィスタが魔法弓を電撃矢で放った。天に飛び上がり、そこから重力に従って飛び込むワームの頭に直撃する。だが――


「効いてないッ!」


 ヴィスタが声を荒らげた。グリーディ・ワームは何ともなかったかのように、その頭を再び地中へと潜らせる。その動きは止まらず、なお地面の中を進む。


「次は一段階、威力を上げる!」

「お師匠、私も魔法を使います」

「後部の窓を開けろ」


 俺は後ろのユナに告げる。後部ドアの取っ手の傍に、魔力を流せば開く窓開閉のボタンがある。


 ヴィスタはサンルーフ、ユナは後部の窓から身を乗り出し、ワームへの次の攻撃に備える。


『目標、こちらに急接近!』


 サフィロの警告。ダッシュボードの上にあるコアから、ホログラフ状に表示されるマップと移動物体。グングン地面の下から接近。俺はハンドルを左に切る。


 ドォン、と地面を割ってグリーディ・ワームが再び飛び出した。舞い散る砂。


 一度上がって、上から襲ってくるんだろう!? ワン・パターンめ! 素早くハンドルを切り返して、右へ旋回。飛び出したワームに、ヴィスタが魔法弓、ユナが爆裂魔法を仕掛ける。


 グリーディの頭部あたりに無数の電撃矢が突き刺さり、血が噴き出す。まだその長い胴の一部に広がった爆発の炎は外皮を削り、肉片を飛び散らせた。


 しかし、グリーディ・ワームの巨体からすると、あまりにささやか過ぎる攻撃だ。


 ワームは再び地面に潜る。その頭を追って長い胴も動く。ヴィスタとユナは追い討ちをかけるが、やはり出血はさせても、致命傷にはほど遠かった。


 グリーディを倒すのに、何十発魔法を撃ちこまないといけないんだ? こりゃ魔力切れ起こすのが先じゃね?


「火力が足りない!」

「おい、ジン。極大魔法くらいの威力がなけりゃ、ろくにダメージ通らないんじゃないか?」

「そいつは賛成だがね、ベルさん。だったら運転代わるか?」


 あいつが動き回っている以上、当てるのは難しそうだ。威力をしぼっても充分倒せるとは思うが、その間、サフィロに代理運転させよう。


「よし、サフィロ、俺が合図したら運転代われ。直進くらいなら行けるだろ?」


 反撃準備といこうか。

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