第222話、午後のお茶会部


 サキリスのほか、貴族の女子生徒が主な構成員というお茶会部。俺とアーリィー、ベルさんは招待されたが……ほんと女子しかいなかった。


 男子禁制というわけではないが、そもそも世間一般では男子であるアーリィーが所属しているくらいだから問題はないのだろう。


 何だか秘密の花園臭がする。女子生同士で、ねっとりした視線が混ざり合っているような……。ゆりんゆりん。


 部長はエクリーンという侯爵令嬢――サキリスとは遠縁に当たるという。薄い金髪に青い瞳、静かな雰囲気を漂わせている。令嬢とはまさに彼女のためにある言葉のように思える。逆に言えば、魔法騎士生らしくないというべきか。


「はじめまして、ジン・トキトモさん。貴方のお話は、サキリスさんから耳にしていますわ」


 ちなみに、サキリスは午後のお茶会部副部長らしい。


 エクリーン部長は紅茶を口に運ぶ。ぴんと伸びた背筋といい、その所作に隙がなかった。


「先日の王都防衛では、ジンさんは目覚しい活躍をされたとか。その――何と言ったかしら? 滑るように大地を駆ける魔法の靴」

「エアブーツ」

「そう、エアブーツ。それで戦場を縦横無尽に駆けたとか。それで敵を倒し、傷ついた仲間をお救いになられたと」


 どこまで知ってるんだろう、この人。俺は紅茶を飲むふりして思考をまとめる。ベルさんはアーリィーの前にいて、彼女に背中をナデナデしてもらっている。他人事みたいな顔しちゃって、ほんと。


「貴方の活躍を見た冒険者たちの間でも、早速エアブーツが話題になっているようですわね」

「そうなんですか?」


 思わず敬語になっちまった。最年長学年で、歳は同じらしいのだが。……あ、いや、本当は俺は三十なので、皆年下ですが、はい。


「えっと、エクリーン部長は――」

「エクリーン、で結構ですよ、ジンさん」

「……エクリーンさんもエアブーツをご希望で?」

「わたくしは、特に急ぐこともございませんので、いずれ、そのうちに」


 流行に流されない人かな、この人。俺は、そうですか、と適当に相づちを打つ。


 会話は進む。俺がどんな魔法で魔獣と戦ったのか。攻撃、補助、回復の全系統の使い手であること。そして――


「あの黒い甲冑をまとった騎士ですけれど」


 はい、ベルさんの話題きたー! ……っておいおい、そこであからさまに、そっぽを向くなよベルさん。ついでにアーリィーも何で明後日の方向向くのさ?


「黒騎士も話題になってますわね。彼はいったい何者なのか。冒険者ギルドでは、異国からきたSランク冒険者らしいのですが、詳しいことはわからないそうで――」


 そういや、ベルさんは元から持っているで通してるんだっけ。ヴェリラルド王国で冒険者プレートを作り直していない。


「ジンさんはご存知ではないですか? 聞けばその謎の黒騎士と一緒に戦われたのでしょう?」


 ちら、と俺は他人事を決め込む黒猫に視線を向けた。どうするよ?


 仕方ねえな――ベルさんは四足で立ち上がると、トコトコとエクリーンさんの前に移動した。


「あれは、オレ様だ」


 はい? ――エクリーンさんもはじめ、聞いていた女子生徒たちが小首をかしげた。俺は唇を噛んで笑いを殺す。うん、そうなるよね。猫がそんなこと言っても信じられないよねぇ!


 くすくすと穏やかな笑いが広がった。子供の冗談に付き合うような、穏やかな笑みである。ウケたよ、ベルさん! そんなつもりはなかっただろうけど。


 まったりとお茶会は進み、デザートとして出されたケーキに舌鼓を打つ。エクリーンさんは言った。


「それでジンさんは、この学校を卒業したら、魔法騎士になられますの?」


 将来の話だ。アーリィーの手が止まった。サキリスもじっと、俺に視線を向ける。気づけばベルさんを除く全員が俺に注目していた。エクリーンさんは言った。


「やはり、アーリィー様にお仕えするのですか?」

「あー、ええ――」


 何て答えるべきだろうか。俺はアーリィーの身辺を警護する者として、この学校にいるが、結局のところ生涯の契約でもなく、事が終われば、はいさようなら、ということになるのかな。


 アーリィーとはだいぶ親しくなったし、できれば一緒にいたいと思っている。それは彼女も同じだと思う。


 が、王子という彼女の立場と、一冒険者である俺では、どうしようもないこともあって――というか、表沙汰になったらヤバい案件でもある。


「もし、まだ勤め先が決まっていないのでしたら――」


 エクリーンさんは、紅茶カップをソーサーに置いた。


「立候補しようかしら……。ねえ、貴女はどう思って? サキリスさん?」

「そ、そういうことでしたら、ぜひ我がキャスリング家にお招きして、騎士となってもらいたいですわ」


 話を振られたサキリスが紅茶カップを手に取る。眉がぴくぴくしているのは気のせいか。


「それで、ぜひにわたくしのご主人様に――」


 まて、そのご主人様は夫という意味か? 変態性欲持ちのサキリスからすると別の意味にも聞こえるが……いや、どっちにしても考えさせてもらいたいが。


「あらあら、サキリスさん。顔が赤くなってましてよ?」


 悪戯っ子のような笑みをこぼすエクリーンさん。サキリスは傍目からもわかるくらい赤面している。


「ジンは、ボクのそばにいるんだ」


 アーリィーが唐突に言った。……って、彼女も顔を赤くして、ぷるぷると震えている。その様子を見た、何人かの女子生が「まあ」と口もとに手を当てた。


 ざわ……。


 赤面するアーリィーは可愛らしいが、まわりの生徒たちからしたら王子様なわけで……ぜったい男同士の絡みを想像した奴いるだろう!? ほら、そこ! 釣られて赤面している女子!


 どうしてくれるんだよ、この空気!


 この中で、ベルさんはニヤニヤと成り行きを見守っていた。


 いや、もうひとり。エクリーンさんもまた、周囲をよそに楽しそうに微笑んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る