第125話、近衛隊


「――と、言うわけで、ザンドー隊長が雇った傭兵は暗殺者でした」


 オリビアが指にはめたシグナルリングの話しかける。


「暗殺は阻止しました。アーリィー様はご無事です、隊長」

『了解した。ただちにザンドーの身柄を押さえる』


 シグナルリングから、フメリアの町にいるブルト隊長の声がした。


 以前、アーリィーに防御魔法具一式をあげた時、近衛隊でも欲しいって言っていた。防御魔法具については保留だが、シグナルリングについては要望どおり作って近衛に配布したんだよね。


 ほら、最近、カプリコーン浮遊島を手に入れて、プチ世界樹から魔力を豊富に入手できるようになったからね。ディーシーに魔力生成で量産させた。


 当然、ブルト隊長もシグナルリングを持っていて、それで森にいる俺たちと交信ができたわけだ。


 隊長は、今回の森への遠征が暗殺者一味をあぶり出す罠だと知っているから、こちらからの連絡があり次第、ザンドーの逮捕の準備を進めていた。


 ザンドーを捕まれば、この事件の真相も明らかになるだろう。奴の背後に誰がいるかも判明するかもな。


「それじゃあ、フメリアに戻るか」


 元々、暗殺を誘う遠征だからな。目的は達成された。


「了解しました」


 オリビアが近衛騎士たちに移動指示を出したが、すぐに俺に向き直った。


「賊はどうしますか?」


 投降したサヴァルを睨む女近衛騎士。暗殺者は、ベルさんとシェイプシフター兵が見張っている。


「どうするって、連れて行くよ。ザンドーを捕まえた後、彼には奴の発言の信憑性を確認するのを手伝ってもらうつもりだから」


 要するに、証言の食い違いがないかの確認だ。ザンドーを逮捕したとはいえ、彼が全て正直に話すとは限らないからな。


「では、その後は――」

「貢献してくれたなら、釈放だな」

「ジン殿!?」


 オリビアが『馬鹿な!』と言わんばかりに目を見開いた。


「この者はアーリィー様を暗殺しようとした者なのですよ!? 国家反逆の大罪人――」

「彼は莫大な報酬目当てに雇われた職人だよ」


 俺は、睨むオリビアに極力無感動な目を向ける。怒ったオリビア、怖っ。


「彼は仕事を果たそうとしただけだ」

「しかし、王子殿下の暗殺に加担しました! 擁護の余地など――」

「あのさぁ、この手の重大案件を、やるやらないという段階で教えてもらえると思う?」


 王子を暗殺しますからお願いします、なんて素面で言える奴がどれくらいいるというのか? 俺が依頼する立場なら、密告を警戒して、何も聞かずに、とかキャンセル不可で、仕事をするかしないかを報酬額で了承させてから言うね。


「それに、暗殺者ってのは、依頼の内容や背景を必要以上に詮索しない場合も多い。王子を暗殺しろってのも、後から知ったかもしれない」

「ですが、いつ知ったにしろ、暗殺は暗殺で――」

「それが彼のお仕事だからな。君だって、一度頼まれた仕事を途中で放り出せるか? 大人として、どうなんだい?」

「そ、それは……」


 オリビアが口ごもる。生真面目な副隊長さんは、中途で放り出すとか仕事をしないというのをトコトン嫌う。それと照らし合わせれば……わかるだろう?


「こういう仕事はさ、信用第一なんだよ。一度引き受けた仕事を放棄したって噂が立ったら、二度と依頼がこなかったり、下手すると命を狙われることだってある」

「命……?」

「何せ大物暗殺が絡んでいるんだ。雇い主だって、余計なことを喋られると困るから消そうとするだろう。安直に殺したら、黒幕を喜ばせるだけだよ」

「……」


 スッとオリビアが深呼吸した。


「わかりました。正直、気持ちの整理はつきかねますが、ジン殿がそこまで仰るのであれば従います」

「君は近衛騎士としてきちんと職務を果たしているよ」

「どうも」


 オリビアの声は感情を押し殺しきれずに揺らいだ。まあ、気づかなかったことにしよう。少なくとも、忠誠心が強すぎて感情に流されなかったのはよしとしよう。


 視線を向ければ、ベルさんがデスブリンガーを収めて、座っているサヴァルを見下ろした。


「だってさ。聞いていたな暗殺者。大人しくしてりゃ、殺さないってさ」

「そいつはありがたいね」


 サヴァルは立ち上がった。


「……武器は返してもらえるのかい?」

「いらないだろ。まだ隠し持ってる癖に」

「バレててなお放置してたのかよ」


 サヴァルは肩をすくめた。


「はいはい、お宅らには敵わないな。そっちの武器はしばらく預けておきますよ」

「それがいい。こっちはお前をいつでも始末できる仕掛けをしているからね」


 俺は、敢えてアーリィーやオリビアにも聞こえるように言った。すでにサヴァルにはシェイプシフターの欠片がついて、いつでも殺せるようになっている。アーリィーに手を出したら、それでジ・エンドだ。


 さあ、フメリアの町へ帰ろう。……って――


「どうした、アーリィー?」

「ううん、こんな時に言うのも何だけど、古代の森も見に行きたかったなーって」


 嘘遠征とはいえ、一応、ボスケ大森林にある古代の森に行く、となっていたからな。古代文明好きのアーリィーには、そういう太古の歴史が感じられるものは気になるんだろうね。


「また次の休みにでも行こうか。魔法のレッスンも兼ねて」

「うん! 約束だよ」


 元気のよいお返事。素直でよろしい。

 では、いざフメリアへ。森を抜けて、ハッシュ砦へと向かう。


『――主、聞こえるか?』


 ディーシーの声、それも魔力念話だ。俺も念話に切り替える。


『聞こえているよ、ディーシー。どうした?』

『非常に悪い報せがある』


 何か脅威になるものが近づいているとか? いや――


『ザンドーが逃げたか?』


 近衛騎士による逮捕に感づいて。


『それもある』

『も?』

『正体不明の協力者が現れた。近衛騎士に包囲されたザンドーを助けた』


 近衛騎士の包囲……。ザンドーを逮捕しようと、近衛隊が追い詰めていた場面だったか。


『包囲していた近衛騎士は全滅した』

「全滅……」


 おい、それって――


『ブルト隊長も死亡した』

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