第120話、獅子身中の虫2
ウェントゥス秘密基地にやってきたアーリィー。今日の付き添いはブルト隊長。
装甲車を作っていた俺は、ディーシーとシェイプシフターに任せて、早速アーリィーたちをテーブルに誘って例の話をすることにした。
「ザンドー隊長が、アーリィー様の命を!?」
ブルトが驚きのあまり大きな声を出した。狙われている当人よりもショックを受けているようだった。
無理もない。長年警護してきた王子様を狙う不届き者が近くにいたのだから。
「証拠はあるのですか、ジン殿?」
「いや、ありません」
きっぱりと告げておく。
「うちのシェイプシフター兵が立ち聞きした程度です。彼がでっち上げだと言えば、残念ながら追い詰めることはできません」
「ザンドーが、ボクの命を……」
アーリィーが俯いた。身内に狙われていると聞いて、心穏やかでいられるわけがない。
「どうして?」
「さあ。個人的に恨みがあるのか、あるいは彼の背後の何者かが命じたのかもしれない。……何かザンドーに恨みを買った覚えは?」
「ない……と思うけど」
アーリィーは首を横に振り、ふとブルトを見上げた。
「もしかして、彼らがここにきた時、叱ったから?」
「それはないと思いますが……」
近衛隊長は困った顔を浮かべる。
「もしそれで怨恨を抱くなど、人として器量がなさ過ぎますな」
「そもそも、あれはザンドーが悪い」
俺はアーリィーを擁護する。彼が雇った傭兵の不始末だ。暴れたクソ傭兵は罰せられたが、王子の警護をしようという人間が、そんな問題になるような輩を雇ったことは落ち度と言われても仕方がない。
「そうなりますと……ザンドーの背後にさらに何者かが?」
ブルトの言葉に俺は頷く。
「王位継承権絡みか、王子の存在を快く思っていない何者か」
「ブルト隊長」
アーリィーが再度、近衛隊長を見た。
「ザンドーを尋問できないかな?」
「はっ。しかし、まだ彼が暗殺を企てているという確たる証拠はございませんが……」
「ジンが報せてくれたんだ。間違いはないと思うけど」
「……それは」
ブルトは返答に困る。まあ、彼の立場ではそうなるだろうな。証拠もなしにザンドーを捕まえて尋問など、犯人であるなら問題ないが、もし違ったら、それこそ王子が彼から恨まれるような事になりかねない。
そこで俺は提案する。
「証拠はない。しかしザンドーは暗殺を企てている。であるなら、彼にとって絶好の暗殺の機会を作ってやればいい。彼が無害であるならば何もしないし、暗殺の機会を窺っているのであれば動くはずだ」
「動いたなら……そこを押さえるんだね?」
「そういうこと」
「確かに、それでしたら白黒はっきり致しますな」
ブルトも首肯した。だがすぐに表情を曇らせる。
「ジン殿、証拠はないと言いましたが、彼が暗殺を狙っているのならば、普段の警戒も強める必要があるのでは?」
「警戒は必要でしょうが、目に見えてマークするようなことは必要ないでしょう。少なくとも、領主屋敷や町中で仕掛けてくることはない」
「何故でしょうか?」
「今のところ、ザンドーはアーリィーがどこかに遠征している時などを狙っているようなんです」
「どういうこと?」
「ひと気のない場所や明らかな危険な場所で事故死などに見せかけたいってことさ」
俺はアーリィーの、いまは隠して平坦になっている胸を指さした。
「どうもザンドーは、君の性別の秘密を知っている可能性があるんだ」
「何だって!?」
「それは本当ですか!?」
アーリィーとブルトは驚愕した。作業していたディーシーたちが、それに気づいて一瞬手を止めたが、すぐに作業に戻った。
「まあ、これも確信はないけどね。近衛の警戒が厳重だから、どこか出掛けている時に、ってだけかもしれない」
ただ、アーリィーを暗殺した時に人が大勢いた場合、助けようと手当などの処置をした際、王子が実は女だったことが露見してしまう恐れがある。
そうなると、王族的にはアーリィーの性別バレはスキャンダルであり、何としても避けたいのではないだろうか。……あれ、つまり、そういうことか?
ザンドーの背後にいるのは、王族? 性別バレを回避したい人間。王族かあるいは秘密を共有するような信頼の厚い重臣か。
「ジン殿?」
「いや、まあ……今は、目の前の問題に集中しましょうか」
ザンドーの後ろにいる奴は、彼を取っ捕まえた後に吐かせればいい。
「それじゃあ、ザンドーを誘い出す罠について考えましょうか。一応、こんな手を考えたんですが――」
俺は、二人に策を披露した。ブルト隊長は、アーリィーを危険に晒すことを危惧したが、それはもちろん同感である。
・ ・ ・
フメリアの町の領主屋敷。昼食後、幹部が集められてブルト近衛隊長から連絡事項が伝達された。
「明後日、アーリィー殿下はジン殿らとボスケ大森林にある古代の森の探索に出掛けられる。現地にて野営をする予定だ。近衛隊から1個分隊を派遣する。……オリビア、貴様の分隊が担当だ。いいな?」
「はい、隊長」
オリビア近衛副隊長は頷いたが、すぐに顔をしかめた。
「しかし急ですね。しかもよりにもよって魔獣のいる森に一泊など……」
「不安はわかるが、ジン殿たちも同行される。これまで通り、問題はあるまい。……ただし現地に行くお前は気を抜くなよ?」
「はいっ、必ずや殿下をお守りいたします!」
副隊長は元気よく答えた。それから調理担当に野営用の食事の準備。
ザンドーは町の守備隊長としてここにいたが、特に指示はなかった。いつも通り、町を守っていればいいということだ。
――アーリィーが森に出掛ける。
フラッとお供を連れて町に出掛けたりはあったが、王子の行動については守備隊には中々伝えられなかった。
予定がわかっているというのは、実にありがたい。
いよいよ、密命が果たされる時がきたのだ。雇っていた傭兵――暗殺者たちもようやく仕事ができる。
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