第98話、ミスリルインゴット


 俺が持ち出したミスリルの大桶に、マルテロ氏が目を剥いた。


「なんじゃ、そのでかい桶は? まさかミスリルでできているのか?」

「そうですよ」


 俺はしれっと答えると、ミスリル桶の中に、岩や砂がついたミスリル鉱石を入れていく。


「ミスリルで桶なんぞ作る奴がおるとは……酔狂な」

「もったいないですね……」


 マルテロ氏たちのぼやきにも似た声をよそに、俺はストレージから防毒マスクを取り出す。昔ドワーフと付き合いがあった時に参考にさせてもらったドワーフマスクの改造版である。


 俺はマスクを付け、アーリィーにも予備を渡した。


「これから毒の魔法を使うから、つけて」

「う、うん。毒の魔法?」


 ますますわからないという表情を浮かべるアーリィー。マルテロ氏たちは――俺たちがマスクをしているのを見て、自分たちもマスクをし始めた。地下に潜ると聞いた時にガス対策で持っていたようだ。さすがドワーフ。


 準備が終わると、俺は大桶に手をかざした。


「ヴェノムⅢ」


 緑がかったドロリとした液体が具現化し、桶の中に流れ込む。鉱石付きの土砂に触れるとジュッと焼けるような音がしてモヤが上がった。


「あ……」

「そのモヤは毒性が強いから、マスクなしで吸わないようにな」


 注意しておく。


「こいつはヴェノム・タイプⅢと名付けた」


 猛毒Ⅲ号。それはあらゆる金属を溶かすと言われる架空の化物の血液の効果を再現しようとして作り出した俺の独自の魔法である。


「触れたモノを腐食させる超強力な酸は、さまざまなものを腐食、または溶かす」

「ミスリルが溶けちゃわない?」


 アーリィーが指摘した。中々鋭いね。


「そう、究極はそこだったんだけどね。その点ではこの魔法は失敗作になった」

「失敗作?」

「この猛毒魔法は、魔法武具――端的に言えばミスリルを腐食ないし破壊することができなかったんだ」


 ミスリルには攻撃性の魔法を弾く力がある。だから魔法武具として重宝され、また皆が求めた。


「ヴェノムⅢが魔法である以上、腐食させることができなかった」


 だが――


「物は考えようさ。ミスリルは破壊不可能だが、それ以外の物質なら効果を発揮する。そして当初の用途として考えていなかった『岩塊を溶かし、ミスリルを抽出する』ことにとても都合のよい魔法になったわけ」


 災い転じて福となす、だ。


 怪しげな蒸気が吹き上がり、ジュウジュウと焼けるような音が耳朶を打つ。


 音だけなら肉でも焼いているように思えなくもない。だが実際は強力な酸と共に毒成分が大気にも若干拡散しているのでドワーフマスクなどの防毒装備は欠かせない。


 ひたすらゴーレムが掘り、選別し、俺が魔法で余分な土砂や岩を溶かす。


 ファブロが覗き込む。


「これ、本当にミスリル溶けてないですよね?」


 蒸気を上げる岩とミスリル鉱石を見ながら聞いていた。


「大丈夫だよ」

「落ち着かんか」


 挙動不審の弟子をマルテロ氏は叱った。


「ドワーフにあるまじき小心よ」


 やがて不要物の除去が終わり、俺はヴェノムⅢを解体魔法で消去。すると桶の中はミスリル鉱石だけになった。かなりの岩塊を入れが残っているのは小さな塊だらけ。


 もうマスクはいらないので外す。


「じゃあ、仕上げと行こう」


 この小さな欠片みたいな鉱石を集めて固めてインゴット化するのである。


 本来は目的の金属を溶かして型に流すとか、専門設備がないと無理な話なのだが、魔法による合成ならさほど難しくない。


 何せ同じ金属を結びつけるだけだから、合成魔法でも簡単な部類だ。


「合成」


 適当な大きさに集めて固めて、ミスリルインゴットにする。……ふう、これ魔力をそこそこ使うから疲れるのよね。


「凄い……」


 アーリィーは感嘆の吐息をついた。一方で、マルテロ氏が驚愕していた。


「何なんじゃありゃぁっ!!?」


 あまりの大声に俺もアーリィーも思わず耳をふさいだ。


「ジン、おぬしは何者じゃあ!? 採掘から冶金までこの場でこなしおったぞ!」


 現場で採掘。岩の塊をある程度小さくしたのち、運び出してそこから細かな作業、加工とやっていくのが普通だ。


 ……普通じゃないね。知っているよ。俺はアーリィーの魔法を見せておきたかったし、そもそも――


「マルテロさんがミスリルを急ぎで欲しがっていたので、時間を省いたんですよ。これが必要でしょ?」


 わざわざルーガナ領にまできたのはどうしてもミスリルが必要だったからだろう。俺がミスリルインゴットを手にとって振って見せれば、マルテロ氏は硬直が解けて頷いた。


「欲しい! 注文の締め切りがあるのでな。いやしかし、その日のうちに手に入るとは思わなかったぞい」

「手間賃込みで請求しますけど、いいですね?」

「もちろんじゃ! 助かる!」


 マルテロ氏は俺からインゴットを受け取ると、恭しく頭を下げた。ファブロも「よかったですね」と頷いた。


 アーリィーは俺に小声で言った。


「これも、錬金術?」


 そういやアーリィーはルーガナ領の廃鉱山でのクズ石を鉄のインゴットに変えるところを見ていたんだったな。


「いや今回は同じもの同士を結びつけただけだ。合成魔法の中には違うものを合わせて別のものに変えるものもあるけど、今回は単純なやつだよ」

「ボクにもできる?」

「同じもの同士の合成は比較的簡単だ。練習すればできると思うよ」


 違うもの同士の合成だと一気に難度が跳ね上がるけどね。と言っても、この手の合成魔法って、普段の生活だと中々使いどころがないんだよねぇ……。せいぜい折れた武器を直すとか?


『ふん、我ならもっと容易くできるのだがな』


 ディーシーが念話で言った。ゴーレムたちが採掘しているのを見やり。


『我なら、ゴーレムどもに掘らせずとも岩からミスリルだけ取り出して、インゴットにしてやるものを』

『それを人前でやってみろ。お前、さらわれちまうぞ』


 俺のやったことも大概だけど、ディーシーができると言ったことは、その比じゃないからね。


 ダンジョンコアってだけで狙われるんだ。精霊で誤魔化せる範囲にも限度ってものがある。あんまり調子に乗っていると、精霊だって誘拐の対象になるんだからな。

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