第95話、魔女のお店


 薬屋ディチーナにきた俺とベルさん。


 魔女の異名を持つ美魔女店主さんをよそに、中を見て回る。


 陳列棚には液体入り瓶が並べられている。ポーションやマジックポーション、毒消し、その他魔法薬と思しきものがずらり……。


 んー、ポーション150ゲルド? たかっ!? 普通の道具屋でもポーションは50ゲルドくらいで買えるぞ。


「あぁ、うちのポーション。実質ハイポーションだから、その値段なのよ」


 目敏く魔女さんが声をかけた。視線をやれば、彼女はベルさんの顎をつついて遊んでいた。ベルさん、美女とお戯れ中。満更でもない様子だ。……羨ましいな、この野郎。


 別の棚に移動する。こちらは塗り薬だろうか。小さな壺型の容器に入っているものが並んでいる。ちなみに天井からは、なにやら植物の根がぶらさがって……あ。


「マンドレイク」


 薬草であり、魔法や錬金術などに用いる素材として物語などで見かけるそれ。この世界にも存在していて、土から引き抜くと、警報さながらの悲鳴を上げることで有名だ。まともに聞くと発狂して死ぬ、というのは尾びれがついているが気絶くらいはする。


「それでお兄さん」


 魔女さんが、値踏みするような目になる。


「うちは薬屋だけど、何かお薬探しているのかしら?」

「ヒーター、あるいはウォーマーの魔法薬を」

「ウォーマーならあるわよ」


 カウンターを離れて、とある陳列棚へ移動する。


「大空洞ダンジョンの氷結エリア?」

「え? ああ、わかりますか?」

「この辺りで体を温める魔法薬なんて、そこくらいしか使い道がないでしょう」


 美魔女さんは目当ての瓶を取った。


「もちろん、他の使い方があるなら別でしょうけど」

「他の使い方?」

「イケナイ使い方」


 妖しく微笑む美魔女さん。これは警戒されますわ。……美しいけど。


「いくつ?」

「10本くらい」

「ごめんなさい。在庫7本しかないわ。作らないといけないけど、後日になるわね――」

「予備分も含めてなんで、じゃあ5本でいいです」


 最低でもアーリィー分があればいい。ふふ、と美魔女さんはカウンターに戻った。


「うちのはワタシ自ら調合しているから、質は保証するわ」

「それは頼もしい」


 俺はカウンターに行くと、代金を支払う。5本で1ゲルド金貨。


「えーと、魔女さん」

「エリサ。エリサ・ファンネージュよ」

「ジン・トキトモです」


 反射的に名乗った俺は、そこで相好を崩した。


「ちなみに、ここって薬草とか持ち込んだら買ってくれたりします?」

「何か珍しい薬草でも持っているのかしら?」


 エリサさんが悪戯っ子のように微笑んだ。


「今は特に。ただダンジョンに潜るので、何か面白いものがあったら買ってくれるかなって」

「いいわよ。薬草とか毒草とか、薬の素材になりそうなもの持ってきてくれたら買い取ってあげるわ」


 エリサと名乗った美魔女さんから、ウォーマーの魔法薬を受け取り革のカバン――ストレージにしまった。


「ちなみに冒険者ギルドにワタシも採集依頼出してる時があるから、よかったら受けてくれると嬉しいな、お・兄・さ・ん」



  ・  ・  ・



 薬屋ディチーナを出た後、俺とベルさんは、冒険者ギルドへ戻った。


 一階のフロアが騒がしかった。


 何事かと思えば、完全武装のヴォード氏がいて、周りの冒険者たちがその姿を見ようと集まっていた。


 Sランク冒険者が武装してどこかにお出かけ。これは冒険のニオイ――というわけだ。英雄の出陣を野次馬したいということだろう。

 ……このあいだのボスケ大森林調査の時も、こうだったのかな。


「よう、ジン。ベルさん」


 俺たちに気づいてヴォード氏が手を振った。周りの冒険者がざわついたが、まあ無視しておく。


「目当てのものは調達できたか?」


 ラスィアさんに聞いたんだろうね。俺が鞄から、ウォーマーの魔法薬を見せるとヴォード氏は頷いた。


「そっちは大丈夫ですか? 防寒対策は」

「インナーを重ね着している。多少の寒さを物ともしない魔法繊維でできている」

「多少どころじゃないぜ、あそこの寒さは」


 ベルさんがからかうと、黒猫が喋ったと周りが驚いた。いつもの反応だ。


「おお、早いな」


 マルテロ氏がやってきた。鎧を着込み、対モンスター用の巨大ハンマーを肩にかついでいる。こうしてみると、熟練の戦士に見える。


「マルテロ氏はBランクの冒険者でもある」


 ヴォード氏が説明してくれた。なるほど、ダンジョンの心得があるのか。それは頼もしい。


 そのマルテロ氏の後ろにもう独りのドワーフがいた。こちらは若そうだ。


「こいつはわしの弟子であるファブロじゃ。Cランクじゃが、まあ足をひっぱることはないじゃろ」


 マルテロ氏の紹介に、ファブロは頷いた。こちらも鎧と盾、そして片手用斧を持っている。背中にはツルハシとバックパック――現地で掘るつもりかもしれんな。


「揃ったのなら、出発じゃ――」

「まだ俺の弟子がきていないです」


 俺は苦笑した。


「呼んでくるので、談話室で待っていてください」

「わかった」

「早くしてくれよぉ。今日中に十三階層へ」

「いや、今日中はさすがに無理じゃないですかねぇ師匠――」


 などと話ながら、ヴォード氏とマルテロ氏、ファブロは奥へと移動した。俺とベルさんはルーガナ領へのポータルで移動。


 そこで装備を整えていたアーリィーと、護衛としての付き添いだろうオリビアがいた。……予備のウォーマーを買っておいて正解だったな。


「お待たせ。向こうは全員揃ったから、俺たちも行こうか」


 ディーシーも連れて、王都冒険者ギルドへ戻った。

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