第96話、大空洞ダンジョンの第十三階層


 王都冒険者ギルドに戻り、談話室でヴォード氏らと合流。


 暗黒騎士姿のベルさんは初めてのマルテロ氏とファブロは緊張した。俺は後ろの王子様らと共に紹介する。


「こちらはベルさん。そちらがアーリィー王子殿下。その後ろは近衛騎士のオリビア。一応、今回王族ではなく、見習い魔術師とそのお供ということになっているので、他言は無用でお願いいたします」


 マルテロ氏らに同意を取り付け、さらにギルド職員制服姿のラスィアさんを見やる。


「それじゃあ、俺たちが戻るまで、この部屋には誰も近づけないこと。あと他言無用で」

「はい?」


 何のことかわからずキョトンとするラスィアさん。俺は談話室の壁面にポータルを展開した。


「これで大空洞ダンジョンの十三階層へ直接行けます」

「え!?」

「なぁにぃっ?!」


 ヴォード氏はもちろん、マルテロ氏も驚愕した。静かに、と俺はジェスチャー。


「前回、俺たちは大空洞ダンジョンの十三階層まで行って、そこにポータルを置いてきたんですよ。だからミスリル鉱脈のある場所も、そこから行ったほうが近い」


 絶句するひとたちを余所に、俺はさっさとポータルを潜る。まさか前回の探索が役に立つとはなぁ。道中カットはでかいな、ほんと。


 冷気が肌を刺す。ストレージから防寒装備を出して、そそくさと重ね着。この白灰色のコートはセルキーという妖精族が使っているものだ。毛皮で中は温か、完全密閉状態にすれば、冷えた海水の中でも自在に泳ぐことができるという性能を持つ。


 アーリィーとベルさんがやってきて、オリビア、そしてヴォード氏たちが最後にやってきた。


「寒い……」

「アーリィー、それとオリビア副隊長。これ温暖の魔法薬」


 魔女エリサ特製のウォーマーを飲んでもらう。これで身体が温まるはずだ。


「……アルコールの味しかしない」


 アーリィーが渋い顔になった。オリビアもまた苦手そうな表情になっていた。


 まあ、俺はウォーマーを飲まないんでがっちり防寒しますけどね。手袋をして、対策は完璧。


「本当に十三階層か」


 ヴォード氏が感嘆の声を上げれば、マルテロ氏が携帯していた水筒を呷った。


「むぅ、話を聞いた通りの寒さじゃわい」

「それ何です?」


 俺が聞けば、マルテロ氏は答えた。


「わし用のウォーマーじゃ」

「ただの酒です、はい」


 ファブロがフォローを入れた。ダンジョンに酒を持ち込んだよ、この人。


「ふん、こんなもんでドワーフが酔うものかよ」


 さて進もう。


 氷漬けの氷結エリア。だだっ広いその空間は、大洞窟と言うに充分。ディーシーのマップによれば、この十三階層は東西南北、大きくわけて四つのエリアに分かれている。


 水晶の森を抜けて、西のエリアに、目指すミスリル鉱脈があるという。


「西エリア!」


 ヴォード氏は小さくうなった。


「特にこれといったものがなくて、魔物狩りでもしなければ近づかない場所だな。そうか、そんなところに鉱脈があったのか」

「まあ、よほど剥き出しでもない限り、普通はわからないですよね」


 俺たちは魔水晶の群生している一帯――通称、水晶の森に侵入する。


「綺麗だね」


 アーリィーがキラキラしている魔水晶を眺めた。王子様といっても中身は女の子。やっぱりキラキラしたものが好きなのかな。


「気をつけろよ」


 ベルさんがやんわり言った。


「見た目はいいが、水晶背負った虫とか、巨大な水晶サソリとかいるからな」


 クリスタルスコーピオン――水晶サソリというと、ジャイアントスコーピオンの一種で人間より遥かに大きい生き物だ。こういう水晶の多い場所に隠れて獲物を襲う。


 ヴォード氏が大剣を手に首をひねった。


「クリスタルスコーピオンは刃物に強い耐性がある」

「なあに、わしがハンマーで砕いてくれるわ」


 マルテロ氏が呵々を笑った。ディーシーがポツリと言った。


「さっそくおでました。三方向より、こちらの様子をうかがっている」


 彼女の索敵は、擬態している水晶サソリの位置を割り出した。


「どこじゃ!?」


 身構えるマルテロ氏やヴォード氏。しん、と辺りは静まり返っている。ファブロやオリビアが首をかしげる中、ヴォード氏は口を開いた。


「確かに、これは静か過ぎるな」


 罠に飛び込む寸前だったのを察して薄く笑う。


「それで、このまま進めば急に突っ込んでくるだろう。不意打ちさせずに済む方法はあるか?」

「まあ、見てろ」


 ベルさんがひとりツカツかと歩き出した。自ら待ち伏せゾーンへと踏み込んでいく。

 ……じゃあ、俺は左に隠れている奴をやるか。


「アーリィー、ちょっと」


 俺は向かって左に隠れているクリスタルスコーピオンを指さす。あそこにいるけど、わかる?


「……うーん」


 何とか隠れているのを判別しようと水晶の束を睨むアーリィー。


 その時、正面右手の水晶群が派手に砕けた。潜んでいたクリスタルスコーピオンがベルさんへと牙を剥いたのだ。


「っ!? 大きい!」

「アーリィー、こっち」


 ベルさんの方に気を取られた彼女に俺は呼びかける。


 すると左のクリスタルスコーピオンも周りの水晶を破砕して飛び出してきた。見るからに固そうな水晶を背中にびっしりはやした巨大サソリがシャカシャカと移動する。これがまた速い。手のハサミと尻尾が一際大きいな。人間を簡単に両断、または粉砕できそうな大きさだ。


「見た目はかなり堅そうに見える」


 実際、背中に背負った水晶やハサミのある腕はかなり強固なんだけどさ。


「でも、案外関節やその他の肉の部分は柔らかい」


 だから――まずは『浮遊』させて。


 俺の魔法で巨大なクリスタルスコーピオンの体が浮いた。そこからエアカッター!


 風の斬撃魔法で腕の関節、足を次々に引き裂き、たちまちダルマにして落とす。ジタバタするクリスタルスコーピオンだが、もはや動けない。


「さて、アーリィー。攻撃魔法の練習だ。この水晶サソリをやっつけてみよう」


 普通に攻撃するだけではその装甲に弾かれる。どこを攻撃するのが効果があるか、実地体験といこう。


 俺がアーリィーの面倒を見ている間、ベルさんが一頭をデスブリンガーで一刀両断に。最後の一頭も、その腕をヴォード氏が切り落としたところをマルテロ氏のハンマーで頭を砕いたのだった。……支援の必要はなかったな。

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