第75話、ジン、魔法を教える


「魔法というのは、実は難しくない」


 俺は自分の頭に指を当てる。


「自分の中のイメージだ」


 指先を近くの木、その枝に向けて切るように宙をなぞる。


「鋭利な剣で切断するイメージ」


 枝が切れて地面に落ちた。おおっ、と見ていた近衛騎士らから声が上がる。


「な、簡単だろ?」


 アーリィーは口を開けたまま、落ちた枝と俺を見比べる。


「どうしてそんなに簡単にできちゃうの?」

「難しく考えてはいけない」


 俺は落ちた枝に『掴む』イメージを送り、こちらへ引き寄せた。


「ボクは家庭教師とか学校で魔法を使うには呪文が必要だって教わった」


 アーリィーは真剣な顔だった。


「でもあなたはこれまで無詠唱や短詠唱で魔法を使ってみせた。それだけ優れた魔術師だってことはわかる。だけど……」

「こういう魔法は初めて?」


 俺が引き寄せた枝がふわふわと浮かび、右に左にと往復する。


「うん。どんな呪文を使えば、こんな動きができるのか、まったく想像できない」

「さっきも言ったが、魔法はイメージが大事で、呪文とかはそのイメージを補完しているに過ぎない」


 最重要は呪文ではなく、イメージ。つまりそこから間違っているのだ。


「たぶん、学校や教師は呪文を暗記させたんだろうね。色々覚えさせて、その言葉のひとつひとつを組み合わせることでオリジナルの魔法がどうのって」


 連合国にいた頃にも見た。


「あとは……そうだな、選択したワードの組み合わせで魔法の効果や威力、強弱などをコントロールできるとか」

「その通り」

「どこでも同じなんだな」


 俺がベルさんを見ると、面貌を上げて素顔を見せている暗黒騎士はニヤリと笑った。人間の魔術師は非効率だと思ってるんだろうな。


「アーリィー。まずはその内容についてひとまず脇に置いておこう。俺が教えている間は忘れてもいい」

「わかった」

「よし。まずは魔力を操ろう。魔力……それこそどの魔法を使うにしても共通していることであり、それさえ支配できれば、大抵の魔法は使える」

「属性は?」


 アーリィーが聞いてきた。


 いわゆる火、水、風、土の四大属性と、そこからさらに雷や氷、光、闇など多数の魔法の属性がある。人には属性の得意不得意があり、魔術師を目指すなら得意属性を伸ばせ、とかよく言われる。


「属性はひとまず無視していい。どの属性の魔法だろうが、使うのは結局、魔力だから」


 俺は先ほど浮かせた枝を、近くへ投げた。


「まずは手に魔力をまとわす。集めるでもいい。そして集めた魔力をあの落ちている枝に伸ばす。イメージとしては見えない手で掴むイメージだ」


 ふわり、と枝が浮かぶ。


「いま、見えない手で枝を持ち上げた。握ったまま、自分のもとへ引き寄せる」


 浮かんだ枝が俺のもとへ戻ってきて、それを右手でとった。


「これも魔法だ。ほら、呪文もいらないだろう?」

「確かに、呪文は使っていないよね」


 アーリィーは俺から枝を受け取り、しげしげと見つめた。そんなに見たって、枝には何の仕掛けもないぜ。


「魔力収束」


 俺は左手を広げる。


「魔力に着色」


 俺の手の平に、青いもやのものが現れた。あっ、とアーリィーが目を見開いた。


「魔力は見えないが、こうやって色をつければわかるだろう。その魔力を伸ばして――」


 青いもやがするすると伸びていく。その先にはオリビアが立っていた。


「えっ?」


 オリビアが近づいてくるもやにビクリとする。


「悪いがオリビア、剣を貸してくれ」

「あ、は、はい」


 すっと鞘に収まっている剣を差し出した。青い魔力のもやが剣にまとわりつき、持ち上がった。


「おおっ!!」


 近衛騎士たちが驚愕する。もやに握られた剣は俺のもとへ来た。


「実は着色に魔力を使っているから、微妙に効果が落ちているんだけどね。そこは使う魔力を増やして解決すればいい」


 オリビアに剣を返し、俺は再び手の平に魔力を集める。着色しているので、その魔力の塊が周囲の者にも見えた。


「さて、この集めた魔法はどうしようか。何を使うか、それによって属性も効果も変わる。エアブラストか、ファイアボールか、はたまたライトニングか、アイスブラストか」


 俺の手の平の上で火の玉になったり電撃弾になったり、氷の塊になったりと変幻自在に形が変わる。


 手品に釘付けになる観客のように、アーリィーや近衛騎士、ヴォード氏も注目していた。


 そこへディーシーが口を開いた。


「主、講義中すまないが、こちらに急接近する飛行体――グリフォンを確認した」


 グリフォンという単語に、近衛騎士たちが一斉に武器を取った。


 鷲の頭と翼、獅子の胴体を持つ飛行型魔獣である。その大きさは馬の数倍と大きい。危険度も高く、並の騎士や冒険者でも単独で戦うのは厳しい強敵だ。


 何より空を飛んでくるから飛び道具や魔法などがなければ対応が難しい。


「よしよし、せっかく集めた魔力だ。これをぶつけよう」


 開けた場所ゆえ、グリフォンがグングンこちらへ迫っていた。俺からもお前さんの姿は丸見えだ。


「どうしようかなー。うん、一発でケリをつけたいから――」

「ジン!?」


 急速ダイブで突っ込んでくるグリフォンに、アーリィーが悲鳴じみた声をあげた。俺のほうに突っ込んでくるのはありがたい。


「サンダーボルト」


 電撃一閃。轟音、否、それは雷鳴。逃げる間もなかった。グリフォンの体毛が焦げ、翼や頭がもげ、焼けた胴体が地面に激突した。


「さて、諸君。これが魔法であるが――」


 振り返れば、皆が俺を呆然とした顔で見つめていた。


 この反応だよ。懐かしい。教員免許はないが、この世界では魔法の講義を少しやったことがある。


「少しは参考になったかな? 実物を見たほうがイメージはつきやすいからね」

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