第53話、コート鉱山集落とドワーフ


 坑道を進む。岩を掘り、外へ運ぶ都合上、人がすれ違うに充分な広さはあった。補強された通路だが、人がいなくなって久しく、寂れた感は拭えなかった。


 真っ暗な中を、照明魔法で照らしながら歩く。


「気をつけろ!」


 コブリン、もといコボルトがこちらを待ち伏せていた。


 ここは連中のホームグラウンドだ。しかし、その待ち伏せは、我らがディーシーによってすでに見抜かれている。


 待ち伏せと分かっているのだから奇襲にはなりえない。ベルさんや俺の敵にもならない。


「頭上、スライムだ」


 どろっ、と粘液が垂れてくる。俺は指をならして、着火の魔法を使う。途端、松明が燃えるが如く、スライムが炎上した。


 迷路のような坑道内。マップはわかっているが、徒歩移動だから中々歩かされる。


「もう、ボクには、どうやってここまで来たかわからないよ」


 アーリィーが周りを見渡せば、オリビアも同意した。


「分岐が多かったですからね。ジン殿たちがいなければ、もう迷子になってますよ」

「おいおい、しっかりしてくれよ、近衛副隊長」


 ベルさんがからかう。


「オレたちがいない時のための避難経路くらい覚えておけよ。そんなんで王子様を守れんのか?」

「……」


 オリビアさん、閉口。まあ、ベルさんの言うとおりではあるんだけどさ。


「おっと、行き止まりか」


 先頭のベルさんが立ち止まった。


「ディーシー、道を間違えたんじゃね?」

「いいや、この先だ」


 ディーシーは前に出ると、壁に手を触れる。すると岩の壁がふっと消滅した。


「魔力で解体しやがったな……」

「門のようなものだからな。邪魔だから消した」


 しれっと言うディーシーに、俺は口元が引きつった。


「おいおい、それってドワーフたちの集落へのゲートみたいなものじゃないか? いいのか、勝手に消して」

「必要なら我が、作り直せばいいだろう」


 まあ、そうなんだけどさ。


「そら、すぐそこだぞ」


 ディーシーが示し、俺たちは奥へと乗り込む。すると――


「何者だ!?」


 野太い声が降りかかった。


「人間だ! 人間が来たぞォォ!」


 声が響き、にわかに騒がしくなる。ドタドタとやってくるのは、ヒゲもじゃ低身長の男たち。

 間違いないドワーフだ。彼らはそれぞれ手にハンマーを持っていた。


「何しにきやがった、人間め!?」

「……どうにも友好的じゃなさそうだ」


 ベルさんが双剣を手にした。近衛騎士たちも攻撃に備えて盾と武器を構える。


「まあ、落ち着け」


 俺は騎士たちに手を振ってなだめる。


「ドワーフの方々、初めまして。俺はジン。冒険者だ」

「冒険者?」


 ドワーフたちが一瞬、顔を見合わせた。


「ここには、新しい領主の護衛としてきた! あなたたちと争うつもりはない」

「新しい領主だぁ?」

「ドワーフの皆さん!」


 アーリィーが進み出た。


「ボクはアーリィー・ヴェリラルド。この国の王子で、ルーガナ領の新しい領主に任命されました」

「王子!?」

「新しい領主って、王子様!?」


 ドワーフたちはざわめく。状況がまだ飲み込めていないようだった。オリビアがすっと背筋を伸ばした。


「全員! 王城殿下の前である! 控えろ!」


 おおおっ、と慌ただしく膝をつくドワーフたち。一国の王族を前にして、一応の礼をとった。……ドワーフたちにとって、自分たちの王ではないわけだけど。ま、俺だって他種族とはいえ王族なら控えるだろうけどね。



  ・  ・  ・



 かくて、ドワーフたちと会談となる。


 ここに住むドワーフたちは、前領主であるルーガナ伯爵に雇われた鉱夫だった。ミスリル鉱石を採掘し、その加工などをしていたという。


 しかし、ミスリルが枯渇したことで失業した。


「何で、ここに留まっているんだ?」


 ドワーフの故郷に帰るなりすればよかったのに。


「帰るところがある奴らはな」


 彼らがコート集落と呼ぶここに住むドワーフ、その代表者であるクラードは、その岩を削り出したような無骨な顔で言った。


「しかしルーガナ伯爵は、用済みのワシらを奴隷商人に売ろうとした」


 思いがけない奴隷商人という単語に、アーリィーが息を吞んだ。ちょっと俺も面食らった。


「何でも、どこぞの国が亜人の労働奴隷を買い漁っているらしくてな。それを聞いたワシらは先手を打って、坑道を崩して、生き埋めになったように見せかけたんだ」


 以後、ここに隠れ住んでいたというわけだった。


「最初に集められた時も、はぐれ者が多くてな。ここに残っている連中は皆そうだ。故郷のある奴は秘密の抜け道を通って出て行った」

「つまり、あなた方は帰る場所がない、と」

「そうなるな」


 クラードはたっぷりある髭を撫でた。


「それで、王子殿下。見つけられてしまった以上、もはや抵抗もクソもないがワシらをどうするおつもりかな?」

「……」


 アーリィーは少し考えるように視線を彷徨わせた。俺とも目があったが、決めるのは君だよ、と頷いてみせる。


「ボクは前の領主と違う。あなた方を売ったりはしない」

「……」

「それにここに住んでいるのだから、あなた方も守るべき領民ということになる」


 アーリィーは、はっきりと告げた。


「いまルーガナ領は大変な状況で、立て直しをしないといけない。あなた方も力を貸してほしい。そうしてくれたなら、領主としてあなた方を守るよ」

「寛大な王子様で」


 クラードは簡素な石の椅子を立つと、その脇で片膝をついた。


「殿下がワシらを領民として迎えてくださるなら、それに応える所存にございます」

「うん、よろしくお願いする」


 コート鉱山集落のドワーフ、人間と和解か。


 やったね、アーリィー。領民が増えたよ! あまりに人がいないからねぇ、この領地。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る