第39話、公爵、憤慨す
「フメリアの町が陥落しただと!?」
ジャルジー・ケーニゲン・ヴェリラルド公爵は、部下からの報告に声を荒らげた。
二十代半ば。栗色の髪、獰猛な肉食獣を思わす好戦的な顔つきの男だ。
彼に率いられた公爵軍はおよそ3000。ルーガナ領領主町より北方、ヴェルペの森近郊に待機していた。
王都から派遣された討伐軍が壊滅した今、その代わりに反乱軍を撃滅すべく陣を張っていた。
メズーロ城に主力が出払っている間に、フメリアの町を攻略し、ルーガナ伯爵を捕縛。指導者を失った反乱軍は崩壊し、その討伐の戦功を手に王都に向かう――それがジャルジー公爵の企みだった。
ついでに邪魔者であるアーリィー王子を抹殺できれば言うことなしだったのだが……。
「どこで歯車が狂った!?」
王子を反乱軍と討伐軍の戦いの間に始末できなかったのは、百歩譲って仕方ない。だが一番の手柄であるルーガナ伯爵捕縛の戦功は、無抵抗なはずのフメリアの町で魔人機なる巨大兵器に阻まれ失敗した。
伯爵と裏で通じて、その身柄の確保と反乱軍本拠地の制圧という軍功を上げる簡単な仕事のはずだった。
だがどういう手違いからか、反乱軍が本気で迎撃してきたせいでジャルジー軍は撤退を余儀なくされてしまったのだ。
予定に違うぞ、と苛立ちを募らせていた公爵のもとに、更なる追い打ちの報告が寄せられた。
「アーリィー王子率いる討伐軍が、フメリアの町の守備隊を撃破し、同町を占領いたしました!」
「アーリィー王子……!」
討伐軍の残党と反撃の機を狙っていたようだ。一度は反乱軍が捕虜にしたと思われたが、確認に行ったら、王子はまさかの影武者。
結局、捜索を躱した王子とその手勢は、メズーロ城の反乱軍主力を無視し、ルーガナ伯爵を討ったのだ。
敗北から立て直して、決して多くない戦力でキングを奪いにきた。あのひ弱そうな王子に、そのような大胆な用兵ができるとは……!
「如何なさいますか、ジャルジー公?」
北方領に属するフェリート伯爵が問うた。今回の反乱軍討伐のためにジャルジーに従って参陣した貴族である。
「どうする、とは?」
「王子殿下と合流しますか?」
「合流!? 馬鹿な!」
叫びかけ、ジャルジーは口をつぐんだ。
参陣した者たちは、ジャルジーとルーガナ伯爵が裏で通じていることを知らない。故に下手なことは言えないのだ。
「……討伐軍は役目を果たしたのだ。悔しいが、あのアーリィーは反乱軍を我らより先に討ったのだ。我らが一度は攻略に失敗したフメリアの町を制圧して、だ!」
うっ、と貴族たちは痛いところを突かれたという顔になる。自分たちの軍が巨大なゴーレムじみた人型兵器の前に蹴散らされた記憶が甦る。
「我らが一度しくじったのを余所に、王子は成功させたのだ……!」
言っていてジャルジーは血を吐くような屈辱を感じていた。自分より格下と見ていた女顔の王子に負けたことを認めたくなかったのだ。
「どの面下げて、あの王子と顔を合わせろと言うのか! 貴様らにはプライドがないのか!」
「……」
貴族たちは沈黙する。貴族がプライドと言われてしまえば、それは何よりも優先されてしまう。
「では、これからどうされますか?」
「予定は完全に狂ってしまった」
ルーガナ伯爵が予定にない行動をとったがために。
そもそもこの反乱劇は、ヴェリラルド国王の弟の息子である自分が、王位につくために立てた壮大な計画――茶番だった。
迫る反乱軍に対し、王都にて編成された王国軍がこれを迎え撃つ。その軍にはヴェリラルド王国王子であるアーリィーが総大将として出陣することになっていた。
この一戦で、反乱軍は王国軍を撃破する。そして、事実、そうなった。
王国軍に潜り込んだ内通者を利用することで、王国軍の命令系統を寸断、誤情報を以って軍をズタズタにしたのだ。その結果、王国軍は全面崩壊を引き起こした。
敗退した王都の討伐軍に代わり、北方軍が反乱軍を撃滅する。
すべてが上手くいけば、王国の危機を華麗に救ったジャルジーが英雄として民の人気を得たうえで王位を継ぐ……そういう予定だった。
アーリィー王子が戦いで死ねば障害はなし。仮に生き残ったとしても、敗戦の将である王子と、功を立てたジャルジー、どちらを民が支持をするか。それによりジャルジーが王位を継承するに有利になる。……通常の手順では王位継承権第一位のアーリィーに勝てないが故の、裏工作である。
つまり自分が王になるための壮大な茶番であるのだが、その計画は水泡に帰した。
よりにもよって、一番手柄を与えてはいけない王子にそれを持っていかれたのだから。
これは、屈辱以外のなにものでもない。ジャルジーはギリリと歯を食いしばり、やがて、ため息とともにそれを吐き出した。
「陣を引き払う。領地へ戻る!」
臣下たちは、公爵の決定に頭を下げると、部下に指示を出すべく天幕を後にした。
「くそっ!」
ジャルジーは手近にあった兜を掴むと、床に荒々しく投げつけた。
・ ・ ・
フメリアの町の領主館。ルーガナ伯爵が使っていた応接室に俺とアーリィーはいた。
ディーシーがダンジョンコアとしての能力を使い、町全体をテリトリー化。反乱軍兵の捜索を行ったが、近衛騎士とシェイプシフター兵たちが向かえば、兵たちは武器を捨てて降伏した。
アーリィーは問うた。
「ブルト隊長、町の住人は?」
「概ね、こちらの指示に従っております」
ブルトは報告する。
「どうにも、伯爵の統治を快く思っていないのか、討伐した我々に敵意を向けてくる者はほとんどいません」
「……」
「嫌われ領主だったのかな?」
「最近、税金がやたら高くなって民の間にも不満が増えていたようですな。ルーガナ領はミスリルの採掘が活発だったのですが、ここ最近採れなくなってきていたようで」
この領地のことはよくしらないが、もし主産業がミスリル採掘だったなら、大問題である。ミスリルが採れなければ、働いても稼げない。稼げなければ生活できない。ルーガナ領は衰退の道を歩んでいることになる。
それで税金をたくさん取られれば、そりゃ領主を恨みたくなるよな。
俺は内装を眺める。高そうな家具や装飾品が散見される。貴族の見栄だとしても、金持ちのニオイがプンプンする。
「反乱軍がなくなった今、残っているのはヴェリラルド王国の民だ」
アーリィーは立ち上がった。
「戦闘で町はかなり被害が出ている。家を失った者もいると思う。復興作業を始めさせて。必要な資材や食料は、伯爵が軍を動かすためにため込んでいただろうから、それを使っていい」
「承知しました。……よろしいのですか? 戦利品として確保しないで」
「その戦利品を使おうって話だよ、ブルト隊長。ボクらが制圧している間は、住民はボクたちが面倒を見なければいけないからね」
それが占領政策である。まあ、侵略者は暴力で支配し、奪っていくものではあるけど。王族からしたら、ここも自分たちの土地、自分たちの国だからね。
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