第34話、全力全開でぶっ放した結果
ウェントゥス号は、メズーロ城が見える位置で待機する。高さがあるから、敵が飛空船でも持ち出さなければ攻撃できない。
反乱軍さんの装備がどんなものか知らないが、少なくとも射程外であろう。こっちの8センチ速射砲もぜんぜん届かない距離である。
そこで、反乱軍に潜り込ませていたシェイプシフターと合流した。スフェラを介して、メズーロ城の反乱軍について確認する。
反乱軍兵およそ1500。だが反乱の首謀者であるルーガナ伯爵は自分の領主町にいて不在らしい。
「じゃあ、サクッと終わらせてくるから。皆さんはここで待機を」
俺が操縦席を離れると、アーリィーとブルト隊長は顔を見合わせた。
「終わらせるって、何をするつもり?」
「城を吹き飛ばすのさ」
「まあ、見てなって」
ベルさんが俺の肩に飛び乗った。黒猫を乗せた俺と入れ代わる形でシェイプシフター兵が操縦席についた。コピーコアがコントロールしているから、別に席につく必要もないんだけどね。
俺は短距離転移魔法で地上に降りた。上空から見た地形を思い出し、メズーロ城の正面にさらに転移、距離を詰めた。
「ひとりで敵の城の前に立つと――」
「おいおい、オレも忘れるなよ」
ベルさんが肩からひょいと飛び降りた。
「訂正。俺たち二人で城の前に立つと――」
「立つと?」
「いや。何でもない」
ひとりで立つのはさすがに緊張する、と思ったんだけど、隣に猫の姿をした魔王様がいるとなると、途端にびびるのが馬鹿らしくなってきた。
俺はストレージから杖を取り出す。ベルさんが口元を笑みの形に歪めた。
「久しぶりだな」
「対城塞攻略用決戦兵器!」
その名もルプトゥラの杖。俺の使う極大魔法に魔力を提供するだけの使い捨ての杖である。
俺は杖をメズーロ城に向けた。城の監視塔からは、俺と黒猫の姿が見えているかもしれない。まあ、弓やそこらの魔法の射程外ではあるけどね。
「魔力集中」
俺は精神を集中する。頭の中でこれから使う魔法のイメージを脳裏に思い描く。
英雄魔術師時代、この魔法で幾度拠点を潰し、大軍を吹き飛ばしてきたか。ちょっと魔力の消費が激しいのが玉に瑕だが、それを補うのがこのルプトゥラの杖である。
真の力、その一端をお見せしよう。
「全力全開!」
杖が光り輝く。触媒となる魔石が魔力が収束する。俺の魔力を流し込んで、あとは放つだけだ。
せき止めたダムを解放し、怒濤の如く流れる水のように――! 魔力充電完了!
「行けっ! バニシング・レイ――!」
次の瞬間、光が溢れた。
眩いばかりの青白い閃光。そして凄まじく太い光がメズーロ城へと伸びる。
それはさながら土石流の如く! 暴れる膨大な光は、巨大で分厚い城壁に激突した。
石の壁が光に溶ける。俺は右から左へ杖を動かす。壁を失い、上部構造物が崩れ落ちる。城門を蒸発させ、中にいた兵士らも光へと消えていく。
線を描くように横に一本。そこにあったものは光に消え、城の上層が落下し地面に叩きつけられ粉々になった。
城の外にある無数の天幕――反乱軍キャンプも、そこにいた人間たちもあっという間に光に飲み込まれた。
彼らは悲鳴を上げる間すらなかっただろう。光は反乱軍兵をたちどころに蒸発させ、塵一つ残さず、跡形なく吹き飛ばした。
光が消えた時、残ったのは極大魔法、バニシング・レイの射線外だった城の上層が倒壊した瓦礫のみ。上層にいた人間も押しつぶされ、助からなかっただろう。
どっと疲れが押し寄せる。俺の手の中のルプトゥラの杖が、魔力を失い塵となった。使い捨てなのだから、こうなるわな。
杖の魔力を注ぎ込んでなお、俺自身の魔力を使っているから、ちょっと疲れたよ。杖なしなら、魔力切れでぶっ倒れていたかもな。
「やったな」
ベルさんは特に驚くでもなく淡々と言った。俺と一緒に戦ってきた彼には見慣れた光景である。
「おめでとう。おそらく反乱軍の主力は壊滅した」
「あとはルーガナ領に攻め込んで、領主町を制圧すれば終わりかな」
反乱軍に戦力を集めているから、地元に残っている守備戦力など高が知れているだろう。
「ルーガナ伯爵だっけ? あいつ前線にいないんだな」
「いいんじゃないか。捕まえて国王の前に引っ立てれば、アーリィーの手柄になるだろうし」
「……今のところ彼女は何もしていないがな」
「構わないさ。俺は手柄を主張するつもりはないよ」
お飾りの王子様で結構。勝利を献上しますよ、アーリィー様。
「彼女がしたいこと、やらねばならないことを実現させるために俺たちは雇われた。できないことをできる人に頼むのも大事なことだぜ?」
指揮官と部下の関係なんてそんなものだ。今回は総大将が、方法を部下に任せたというだけで、その部下である俺たちは自由にやらせてもらって目的を果たしてやる。
素晴らしい! 手柄ばかり主張し、やることなすこと口出しして部下を顧みない連合国の腐れ貴族どもも、彼女を見習え!
「城は攻略した。もうここにいる必要はないな」
「ああ、城がねえんじゃ、守る必要もないからな」
ベルさんは同意した。攻略した城の守り云々と、普通ならやらなきゃいけないんだろうけど、その城自体が瓦礫の山だ。無視していい。
「じゃあ、帰るか」
俺がウェントゥス号を見上げれば、ベルさんが足をつたって肩へと登ってきた。目視とイメージを併せた短距離転移。
次の瞬間、俺たちは飛空船の中にいた。操縦室へと行けば、アーリィーとブルトはメズーロ城跡地を見下ろしていた。
「ただいま戻りました」
「ジン……さっきのは、魔法?」
アーリィーが言い、ブルトも口を開いた。
「まさか城を一撃で破壊するとは……。確かに壊しても、とは言いましたが、まさかここまでやるとは」
「やっぱりな。意味が伝わってなかったぜ」
ベルさんが笑った。
俺は操縦席のシェイプシフター兵と交代する。
「見ての通り、極大魔法という拠点ないし集団撃退魔法を使いました。反乱軍は大半の戦力を喪失した」
「極大魔法……」
アーリィーはすっと席に腰を下ろした。
「ジンって、やっぱり凄い魔術師だ。凄い魔術師だよ……」
「味方でよかったですな」
ブルトがフォローするように言えば、アーリィーがコクリと頷いた。
「そうだね……」
……ちょっと怖がらせてしまったかな? 俺は動揺しているように見える王子様を見やり、心配になった。
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